その96 はろー、強盗さん

 ギュルル、ギュルルルル!


 という、耳をつんざく嫌な音が前方からして、


「――全員、車から降りろ!」


 紀夫さんが叫びます。


 何が、どうなって……?


 自身の《防御力》を過信しすぎていたと言わざるを得ませんでした。

 その場にいた誰よりも、”それ”に対する反応が遅れたのです。


 下り坂を真っ直ぐ、こちらに向かって突っ込んでくるトラック。


 それを視線の端に捉えて。


「ありゃ?」


 ぐるん! っと地面が頭の上にあることに気づきます。

 あ、これまずい……。


 次の瞬間には、なすすべなく横転するトラックに押しつぶされてしまいました。


「おい、……大丈夫か!」

「センパイ!」

「ねーちゃん!」


 頭の上では、どうやら難を逃れたらしい、日比谷紀夫さん、康介くん、彩葉ちゃんの声が。


 映画とかだったら間違いなく即死している画ですが、もちろん傷一つありません。

 ただ厄介なことに、……ほとんど身動きが取れなくなってしまっていました。

 どうやら、突っ込んできたトラックを含めて、二台分の重量が背中にのしかかっているようで。

 私、防御力は人並み外れてる自信はあるんですけど、筋力の方は常人の域を出てないんですよねー。

 さてどーしたものかと思っていると、外から声が聞こえてきました。


「はい、君たち動かないィー!」


 隙間からかろうじて外を覗きこむと、数人の武装した男たちが、軽機関銃を構えてこちらを取り囲んでいるご様子。


 あちゃー。


 自分の迂闊さに頭が痛くなります。

 どうやら私たち、どっかの誰かさんの襲撃を受けてしまったようでした。


 まあ、そーいう人も中にはいるだろーな、とは思ってましたけど。

 学校の近くにいた人って、みんな基本的に礼儀正しい感じだったので、すっかり油断してました。


「はーい、子羊ちゃーん! 狼の襲撃でェーす!」


 という、なかなか興味深い自己紹介の後、


「全員一箇所に集まってェー! んで、持ってるものを地面に並べてェー!」


 どうやら、襲撃者は全部で四人。

 男たちは皆、煤を被り、あちこちボロボロの服を身にまとっていて、ずいぶんひどい身なりをしていました。


「なんだとおめー!」


 彩葉ちゃんが手をぶんぶん振り回すと、


「うっせえ! ガキを黙らせろ! 殺すぞ!」


 と、襲撃者の一人が怒鳴りつけます。


「撃たせんなよ? ”ゾンビ”集まってくるの、君らも困るでしョー? なあ?」


 いやむしろ、それはあんまり困らないんですけど。

 でもまあ、さすがに銃撃戦になるのは危険でした。こっちには《隷属》スキルによって強化されていない、麻田剛三さんみたいな人もいる訳ですし。

 ここは、素直に言うことを聞く場面でしょう。


「わかった! 指示に従う!」


 紀夫さんが、みんなを代表して応えます。


「おー! おぉー! オッサンタフだねえ! ってか、良く避けたなァ、いまの! サーカス団かぁ?」

「そういう舞台も手がけたことがある」


 不敵に笑う紀夫さん。


「まあいいや! でな、俺らやさしーから、女と食いもんだけもらえりゃな、殺したりしねーから、な!」

「もちろん、食べ物は分け与えよう。しかし、仲間は渡せんな」

「ダメェー!」


 言いながら、襲撃者の一人が、紀夫さんにローキック。


「親父!」


 瞬間、康介くんの目に殺意が湧き上がります。


「よしなさい、康介」


 まだ・・その時じゃない。と、父親の視線が語っていました。


「……っつっても、ちんちくりんにいられても困るし……うん、連れてくのは二人だけでいいや! ……おい、そこの!」


 襲撃者が指名したのは、理津子さんと、明日香さん。


 仲間はずれにされた彩葉ちゃんが、


「なあ、おっちゃん、ちんちくりんってどういう意味だ?」


 紀夫さんに小声で訊ねます。


「……ちっこくて可愛らしいという意味だ」

「ふむ。……良い意味?」

「今は黙ってなさい」


 この二人、しばらく一緒に行動していたせいか、いつの間にか仲良くなっていたみたいですねー。


「おら、さっさと来い!」


 いまいち緊張感に欠けている我々が気に入らないのでしょう。

 襲撃者の男が苛立たしげに怒鳴りつつ、明日香さんの肩を掴みました。


「いやーん。おたすけー」


 声優志望とは思えない棒読み。

 麻田剛三さんが苦笑しながら、その男に語りかけます。


「まあまあ、暴力はそのへんにしたまえよ」

「ああァ?」

「私も男だから、そういう感情に振り回される気持ちもわかるがね。ここは大人同士、話し合いで解決しようじゃないか」

「俺たち、永遠の十代ですからァ! 残念~!!」


 うげ。

 いまどき波田陽区のネタやっちゃう?

 なんかこの人たちとは、ユーモアセンスを含む、ありとあらゆる点でわかりあえない気がするんですけど。


「しかしね。君たちだって、いつまでもこういう暮らしを続ける訳にもいくまい。良ければ、君たちも仲間にならんか?」

「……ナカマニナランカァ?」


 男の一人が、麻田さんの口調を滑稽な仕草で真似します。


「はい無理ィー!」


 襲撃者が、一斉にげらげらと笑いました。


「俺ら、結構楽しんでますんで。あとは食いもんだけ貰えりゃ、もっと楽しくなるんで」


 そこで、襲撃者の一人が明日香さんのゴムまりのような胸を掴みます。


 う、うおお。

 すげー。

 おっぱいってああいう形になるんだ。

 ハンパねぇ。


「うわっ、さすがにちょっと嫌(素)」


 すると、ビキィ! と、麻田剛三さんの額に青い血管が浮き上がりました。

 同じ年頃の娘がいる身として、何か思うところがあったのかもしれません。


「やめなさい。……私は、君たちの良心に語りかけているのだ」

「あっ? アホかお前」


 聞く耳持たず、ですか。

 明日香さんの方も、「そろそろ反撃していい?」と、目で訴えかけています。


「あー、……くそ。やむを得ないか」


 麻田さんの深い溜息。

 この期に及んで彼らを仲間に加えようというのですから、その平和的な思考が伺えます。

 ですが、彼の我慢も限界のようでした。


「……私はこう見えて、元警官でね」

「ああッ? 今更、警察がなんだってんだよ!」

「一応、国内で手に入る銃器はだいたい頭の中に入ってるんだが。……?」

「んな……ッ!」


 これは、メッセージでした。

 襲撃者の男たちに対するものではなく。

 私たち、全員に向けた。


「あ、なーんだ」


 明日香さんが男の手を握りつぶします。

 パキッ、という、小気味いい音が辺りに響きました。


「――!?!?!?!?!?」


 襲撃者全員の顔色が変わります。


 次の瞬間、康介くんの正拳突き、理津子さんのハイキック、紀夫さんの手刀がそれぞれ、男たちを昏倒させていきました。


 意識を保っている襲撃者は、明日香さんのおっぱいを掴んだ、けしからん男一人だけになります。


「なっ、なんなんだ、おめーら……!」

「君らの言うとおり。迷える子羊だよ」


 麻田さんが、苦笑混じりに応えました。


「他に、仲間は?」

「い、いねーよ! 俺らだけだ!」

「明日香さん、頼む」


 すると、その手を握りつぶしている明日香さんが、容赦なく力を込めます。

 ぎりぎりぎりぎり、と、ものすごい握力で男の手が軋みました。


「い、いでででででで! ほんとだ! マジで! 俺らだけ!」

「では、他に生きている人、知らないか?」

「し、しるか!」

「……明日香さん?」


 ぎりぎりぎりぎり。


「いでええええええええ! わかった! わかった! ここを真っすぐ行った先の高架下に、けっこういる! 自転車置き場だったとこだ! 俺ら、そっから追い出されてきたんだ!」

「人数は?」

「五十人……いや、もっとかも」

「そのグループに所属していたと言ったね。では、リーダーは?」

「沖田ってオッサンだよ。元自転車屋だとか言ってた」

「なるほど。嘘は吐いていないようだな」


 麻田さんは、総務課だったとは思えないほどに慣れた口調で、情報を引き出していきます。


「では、最後に警告しておこう。もし今後、君らが悪事を働いていると我々が耳にしたら。……いいかい。どこまで逃げても追い詰めて、生きながら”ゾンビ”どもに食わせる。わかったね?」

「わ……わかった……」


 男は、精も根も尽き果てたように、その場でうなだれました。

 麻田剛三さんは、苦い表情を彼に向けたまま、呟きます。



「では、良い終末を」







 と、まあ。

 ……状況が落ち着いたところで。


 …………あのー。そろそろ、助けてもらえません?

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