その84 一件落着?

 織田さんが去ると、部屋に残されたのは私とメイド服の少女だけになりました。


 てっきり、彼女から何か話があるかとおもいきや。


「…………………」

「…………………」

「…………………」

「…………………」

「…………………」

「…………………」


 特別、積極的に話を振ってくれる訳ではない様子。

 気まずい。


「ええと。……なんか、食べ物持ってません?」


 すると彼女は、カロリーの高そうなチョコレート菓子を差し出してくれました。


「今後は、なるべく非常用の菓子類を持ち歩くことをオススメします。”プレイヤー”にとって、魔力切れほど危険な状況はありません」


 なるほど、たしかに。


「えーっと……」


 次に何を話そうか考えていると、


「一つ、個人的なお願いがあるのですが」


 淡々とした感じの彼女にしては、少し気負った口調で。


「なんです?」

「あの、明智という男。……私の好きにさせてもらえませんか」

「好きにって……」


 それ、エロい意味でってことじゃありませんよね。


「具体的に、どうしたいんです?」

「殺します」


 彼女は、平然と言い放ちました。


「なぜ?」

「仇だからです」


 ほほう。

 少し、これまでのやり取りを反芻して、答えを出します。


「ええと。……その。”カミゾノ”って名前の娘ですか?」


 ここに来た時、最初にぶった斬った”ゾンビ”が、たしかそんな名前だったはず。


「はい。……神園優希。私が、唯一愛した人です」


 LOVEと来ましたか。

 私は、深くため息を吐きました。


「結局、あなたの目的は、個人的な恨みを晴らすことだった、と」

「ええ、まあ」


 綴里さんは、これっぽっちも悪びれずに言います。


「それで。……返答は」

「ダメです」

「何故ですか」

「彼にはまだ、利用価値があるからです」


 うわ。

 私、”利用価値”なんて言っちゃいましたよ。

 まるで悪の親玉みたいですね。


「世界がこうなってしまったからには。……どういう形であれ、価値あるものは生き、価値なきものには死んでもらいます。そして彼にはまだ、“価値がある”」


 あの”精霊使い”の男には”価値がなかった”。


「あなたの個人的感情は置いておいても、彼には生きてもらう必要があるのです」

「では……もし、あの男になんの価値もなくなったら?」

「その時は、どうぞ好きにしてもらって結構」

「なるほど」


 メイド服の少女は、まるでその言葉が朗報とばかりに微笑み、


「復讐のスープは、冷めるほどに甘い……」


 と、独り言。


 うわーい。

 こわーい。


「……ちゃんと協力しあってくださいね」


 すると綴里さんは、スカートの両端をつまんで、優雅な仕草でお辞儀をしてみせます。


「お任せあれ」



 綴里さんも去り、誰もいなくなった部屋で、私は一人、呟きました。


「……って感じでフォローしといたんで、あとはあなた次第ですよ」


 すると、


――なんだ、バレていたのか。


 明智さんから、予想通りの返答が。


(盗聴とか、やることが狡いんですよ)

――ちょっとした実験でもあった。ひょっとすると、ビスケット一欠片ほども自由意志が残っていないのかと思ってね。

(次に妙な真似をした場合、みんなの前で裸踊りをさせます)

――それは勘弁してくれ。一応僕は、周囲から畏怖されるよう努力してきたんだ。


 はあ。

 誰もいない部屋で、一人嘆息します。


(言っときますけど、綴里さんは手強いですよ)

――その件に関しては貸しを作ったな。一応、感謝しておこう。

(気色悪いこと言わないで下さい。私は篭絡されませんよ?)

――僕がこの場所を“正しい生き方の会”と呼ばせているのには理由がある。いずれ、理解し合える日が来ると信じている。

(自分を”正しい”と思い込んでる人間ほど、時として残酷な真似をするものです)

――これまで、多くの点で僕が誤っていたことは認めよう。


 なんと言いますか。

 反省の色が見られないんですよね、この男。


(とりあえず今のうちに言っておきますけど、吉田さんには土下座して謝れよ)

――そこも、僕達の間に数多く横たわっている”誤解”のうちの一つだと断じておく。吉田乃里は虐待を受けて死にかけていたのだ。

(言葉なら、なんとでも言えます)

――もちろん、あのメイド娘にも、誤解をとくための機会を作るつもりだ。我々は、神園優希を決して手荒く扱ったつもりはなかった。

(それでも、自ら命を断ったという事実には変わりありません)

――セックスの問題はね、……時として、そういった事象を引き起こすものさ。君はまだ子供だからわからないかもしれないが。

(そーいう考えを改めない限り、いずれ背中を刺されることでしょう)

――肝に銘じておくよ。

(常に彼女の監視があることを、ゆめゆめお忘れなきよう)

――了解だ。


 それきり、明智さんとのテレパシーを打ち切ります。


 ベッドに横になり。


 ふぅーーーーーー、っと、長いため息を吐きました。


 一件落着、ですよね?


 この世界に存在するみんなを救う術があるなら、喜んでそうするのですが。

 今はこれが手一杯。


 ここから先のことは、彼らの物語です。

 彼らなりに問題に向き合って、彼らなりに対処していくでしょう。


 明日は、……どうしようかな。

 残った用事を済ませたら、その日のうちに、”雅ヶ丘高校”に戻ることにしましょう。

 うん、それがいい。


 ここは私の家じゃありません。

 ベッドはふかふかで、寝心地はいい感じですけど。


 心の底から、そう思うのでした。

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