その80 悪いやつ

「……な。なにやってンだテメエ!」


 そんな奇妙な男に対して怒鳴りつけたのは、私でも、彩葉ちゃんでもなく。

 明智さんの指示で駆けつけたと思しき、赤井さんでした。

 彼は、怒りに染まった表情で小銃を”精霊使い”に向けます。


 いけない!


 制止する間もなく、”精霊使い”が片手を上げました。


「――《すごく熱い火》」


 ごうッ!


 赤井さんの足元から、数メートルの火柱が上がります。


「ぎぇああああああああああああああああ……!」


 彼の全身が、一瞬にして黒焦げに成り果てました。

 《治癒魔法》を……!

 そう思った時には、もはや手遅れだとわかります。

 火柱越しに見える、赤井さんの人影。

 その、頭部と思しき部分が、壊れかけた人形のように、ぼろりと崩れ落ちたからです。


 数秒後、火柱が消えた時。


 赤井さんは、完全に消し炭と化していました。


「うわ……あ……」


 怖いもの知らずの彩葉ちゃんも、さすがにドン引き。


「おいおいおい!」

「な、なんだ、どうなってる!」

「赤井は! 赤井はどうした?」

「あの男がやったのか!?」


 異変に気づいた人たちが、続々と駆けつけてきます。

 まずいですね。混乱が広がるようでは、これ以上の被害が出かねません。


 ひー、ふー。

 深呼吸。

 精一杯、声を張り上げて、


「みなさん! 手出ししてはいけません!」


 しん、と、当たりが静まり返りました。

 新入りの若造に忠告されたからではありません。

 恐らく、彼らも本能的に理解したのでしょう。


 あの、血塗れの男は危険だと。


「あなたの目的を教えて下さい」

「も、も、目的……?」


 問われた”精霊使い”は、質問を投げかけられることなど想像の外にあったとばかりに困惑しています。


「なぜ、このコミュニティを攻撃するのか聞いているのです」

「えっ?」


 男は、しきりに首を傾げました。


「こみゅに……?」

「ここのグループ。……ええと、ここにいる人たちを攻撃する理由です」


 噛み砕いて説明すると、


「だって、ここの人って、みんな悪いやつばっかなんだろ?」

「そうですね。一部、そういう人もいるかもしれません」

「いじめっこみたいなやつがいっぱいいるって聞いたから」


 いじめっこ。

 言い得て妙というか。確かにそういう感じはしますね。


「だったら、みんな殺したほうがいいじゃん」


 あまりの極論に、私は顔をしかめました。


「……悪党だからといって、何をしても許されるという訳ではありません」

「はあ!?」


 “精霊使い”は、少し怒ったように地団駄を踏んで、


「なんでだよ!?」


 まるで、玩具を取り上げられた子供のよう。


「悪いやつは、バツを受けるんだろ!? それが正しいことだろ!?」


 あ、これアカン。選択肢ミスった。

 この方向性で議論するのは止めときましょう。


「誰かに頼まれたんですか?」

「あー。……誰か忘れたけど、誰か、人に。悪いやつがいるって」

「この辺の人?」

「まあな」

「噂を聞きつけて、義憤に駆られた、と」

「ぎふ……?」

「ええと、良いことをしようと思って、ここに来た訳ですね?」

「まあな」

「でも、無差別に攻撃するのは良くないと思いませんか? 事実、あなたが攻撃した人の中には……まだ小学生の女の子だっていたのですよ?」


 どうだ。

 これなら、きっと納得してもらえるでしょう。

 そう思っていたら、”精霊使い”の男は、しばらくぼんやりした表情を見せた後、


「べつにいいんじゃね?」


 なんとも雑な返答。


「悪いやつのとこにいる子供も悪いやつだろ? 死んだほうがいいんじゃね?」


 うわ。

 なんだろうこの、背中がぞわぞわする感じ。


 とにかく、話題を途切れさえてはいけない。

 よくわかりませんが、それだけははっきりとわかりました。


「ここには、良い人もいます」

「――そんなの嘘だ!」


 もういやだこの人。

 急に癇癪起こすんですもの。

 泣きそう。


「だいたい! お前だって! 悪いやつの一人だろ!」

「私はここに来たばかりです」

「嘘だ嘘だ嘘だ!」


 そう言われてしまうと、……なんとも、証明のしようがなく。

 年齢不詳のその男は、苛立ちを全身で表現しつつ、悲鳴のような声で叫びます。


「来い! ――《ウィル・オ・ウィスプ》!」


 瞬間、私のすぐ手前に、浮遊する青白い焔が顕現しました。

 敵意を露わにした二つの眼球と目が合います。


「ねーちゃん……」


 素早く、彩葉ちゃんがこちらに視線を向けました。

――どうする? 戦うのか?

 首を横に振ります。


 一度始まってしまえば、どちらか片方が死ぬまで終わらないでしょう。

 戦闘による物事の解決は、常に最終手段でなければいけません。


「俺、悪いやつをいっぱいやっつけて、いっぱい褒められることすんだよ……邪魔すんなよ……」


 言葉が通じる限り。

 きっとわかりあえるはず……。


「だったら、その気持ちをもっと別のことに……」


 その時でした。

 カチリ! という音と共に、私のポケットに重みが。

 見ると、ズボン付近に、羽根の生えた人形のようなものが張り付いていました。


「――わっ」


 虫かと思って、思わず払いのけます。

 すると、その人形のような生き物は、ぷんすか怒ったように両手を振り上げ、空へと飛んでいきました。


「あ、なんかすいません……」


 言いながら、ポケットの中に手を突っ込みます。

 取り出したのは、小型のパイナップルのような何か。

 映画の中でしか見たことのない形。

 私、これが何か知ってます。


 ……手榴弾。


「――ひゃっ!」


 慌ててそれを投げた次の瞬間には、熱風が私の全身を焼いていました。


 鼓膜が破られたためでしょう。耳に聞こえた音は、ほとんどありません。

 ただ、爆風による痛みは凄まじいものがありました。

 通常の人間なら、即死するレベルの衝撃を受けたはずです。


 耳がきかなくなっているため、何が起こっているかはわかりません。

 ただ、仰向けに倒れて、夜空を見上げています。


 ……このまま死んだふりしてたら、どうなりますかね?

 結構魅惑的な案だと思うのですが。


 ま、いいや。

 とりあえず、痛いのだけでもなんとかしないと。


「――《治癒魔法Ⅳ》」


 暖かな緑色の光が周囲に満ちます。

 刺すような痛みは、嘘のように引いていきました。

 同時に、声が聞こえてきます。

 ”精霊使い”の声が。

 笑っていました。


「ひひひひひひひ、あははははッ! 見たいまの! へへ! 『――ひゃっ』っつって! マヌケな顔! くひひ! カッコ悪い!」


 咳をしながら、ゆっくりと起き上がります。


「きゃは! はは! サイコー!」


 うーん。

 ここまで救いようがないと……さすがに。


「彩葉ちゃん」


 周囲を見回しながら、か細く言います。

 祖父の形見でもある日本刀が、爆風で吹き飛んでボロボロになっていました。


「なんだ?」


 彩葉ちゃんの方は、私が無事であったことなど想定の範囲内とばかりに応えます。


「数分ほど、時間を稼いでもらっていいですか? 刀を修復します」

「ほい」


 彩葉ちゃんの表情には、もうとっくの昔から、決意に満ちたものが浮かんでいました。


「でも、殺しちゃうかもしれないけど、いい?」

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