その79 奇妙な男
――“残酷な精霊使い”が敵対行動を取っています。
――彼を殺すか、降伏させてください。
光に呑み込まれ、……次に周囲を見回した時には、室内は惨憺たる有様に成り果てていました。
視界が戻ると同時に刀を握りますが、例の焔の姿はどこにも見えず。
一撃喰らわせばそれで十分とばかりに、その場から消え去ったようで。
「……くそっ!」
「なにがどうなってやがる……」
織田さん、明智さんも身を起こします。
彼らは”奴隷”となったことにより《皮膚強化》のスキルを得ているため、大した怪我ではない様子。
それより酷いのは……。
「……乃里!」
叫びつつ、彼女の元へ駆け寄ったのは明智さん。
「う、……うう……」
下の名前は乃里さんと言うらしい、小学三、四年生くらいの彼女は、窓際に立っていたこともあってか、酷い怪我を負っていました。
慌てて早苗さんにテレパシーを送ります。
(早苗さん!)
――はいはいのはー……。
(”メシア”に、《治癒魔法》を借りる、とだけ!)
――ほえ? あ、うん。
アマミヤくんからスキルを受け取り、乃里さんの身体に向けて素早く両手をかざします。
「――《治癒魔法Ⅲ》」
同時に、私の両腕を、緑色の輝きが包み込みました。
うん、なんかよくわかんないけど、回復っぽい。
それを乃里ちゃんの身体に当てると、傷が見る見る癒えていきます。
「なんだこれ……すげえ」
織田さんが感嘆の声を上げました。
「乃里は助かるのか?」
「助けます」
と、そこで、
――はいはいのはーい! 早苗お姉さんだぞ!
元気のいい声。
(あ、ちょっと空気読んでもらっていいですか?)
――うん、だから返事しなくていいよ。さっきの感じだと、誰かが大怪我した感じなんだよね? 《治癒魔法Ⅲ》じゃおっつかない可能性もあるから、
(グッジョブ! とお伝え下さい)
――はーい、りょーかい!
ありがたく使わせてもらいましょう。
「――《治癒魔法Ⅳ》」
すると、私の両腕の輝きがさらに強くなり、私を含め、その場に居た織田さん、明智さんの身体も包み込みました。
「……な、なんだ……」
二人とも不安そうにしますが、
「大丈夫。怪我を癒やしているだけです」
その言葉に、一応納得してくれたご様子。
吉田さんの全身から火傷の痕が消えたのを確認して、私は立ち上がりました。
「念のため、もう一度聞きます。あの青白い焔を見たのは二人とも、これが初めてですね?」
「始めてもくそも……あれ、お前の仲間じゃなかったのか?」
織田さんがびっくりした表情でこちらを見てきます。
「
明智さんが苦い顔を作りました。
なるほど。
つまり、――あの”精霊使い”は、ここの人間ではなかった、と。
その時、ものすごい爆発音が大地を震わせました。
「――む」
明智さんが、窓から外を覗き込みます。
「まずい。あれは武器を保管している建物だ」
続けざまに、大学の敷地内のあちこちから火が上がっていきます。
次いで、人々の悲鳴も。
見上げると、夜空を大きく回りながら、青白い焔があちこちに火を放っていました。
「なんという……」
自身の王国が焼けていくのをなすすべもなく見つめながら、明智さんは歯噛みします。
「お二人は、みんなを安全なところへ」
「それはいいが、君はどうする?」
「私は……」
顔をしかめながら、応えます。
「この状況を作り出した者を見つけ出し、――決着をつけます」
明智さん、織田さんが顔を見合わせて、頷きました。
黒焦げたドアを蹴破って、私たちは部屋を飛び出します。
▼
「みんな落ち着け! いちど中央の広場に! 荷物は最小限でいい! 武器を持っている者は出入り口を固めろ!」
明智さんの主導で、混乱する人々を取りまとめます。
尻に火がついたように駆ける人たちをかきわけて、
「ねーちゃん! なにがどーなってんだ、いったい!」
彩葉ちゃんが、ぴょんぴょん跳ねながら近寄ってきました。
「わかりません。けど、”精霊使い”はここの人じゃなかったみたいですね」
「ここの人じゃないって。それ、どういう意味だ?」
「誰か。……この場所を攻撃する理由がある誰かでしょう」
「誰かって、誰だ?」
「それがわかれば苦労はしませんよ。……心当たりあります?」
「ふーむむむむ……」
いつになく真剣な表情の彩葉ちゃん。
「ない!」
……ですよね。
「でも、名案があるぞ!」
「聞きましょう」
「がんばって探すんだ!」
「ああ……」
そうですね。名案です。
その時、たたた、たたたたたん、という自動小銃の銃声が聞こえてきました。
そして、例の閃光が、続けざまに三度。
「あっちだ!」
言うが早いか、私などでは到底追いつけない速度で駆けていく彩葉ちゃん。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
慌てて彼女の背を追います。
先ほど、私が名も知れぬ少女の”ゾンビ”を始末した場所。
”壱本芸大学”の正門付近に、その男はいました。
遠目にも常人でないことがわかる、血塗れの姿で。
一見、少年のように見える男でした。
そう思えるほど彼の背は低く、目にはある種の純粋な輝きが宿っているように見えます。
ただ、少年と言うにはあまりにも多く髪の毛に白いものが混じっており、顔は妙に老けて見えました。
十代のようにも、二十代のようにも、――四十代のようにすら見える、奇妙な男です。
彼は、歩哨に立っていた海賊みたいな髭を生やしたおじさんに、一心にナイフを突き立てていました。
ぶつぶつと、小さく何か言っているように見えます。
耳を澄ませば、彼のつぶやきが聞こえてきました。
「わるものめ、わるものめ、わるものめ、わるものめ、わるものめ、わるものめ」
確かに、そう言っているように聞こえます。
歩哨のおじさんは、胴体はもちろん、顔、手足に到るまでめった刺しにされ、完全にこと切れているのがわかりました。
彩葉ちゃんは、赤ん坊の作り方を初めて知らされた少女のように狼狽えて、
「な……なにやってんだ、あいつ……?」
声を震わせています。
そこでその男は、ナイフを突き立てる手を止め、立ち上がり、儀式めいた雰囲気で、奇妙な真似を始めました。
めった刺しにしたおじさんの死体に、おしっこをかけ始めたのです。
そりゃもう、盛大な勢いで。
じょじょじょじょ~っと。
「あーあ、……あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ……」
なんて、恍惚の声を上げながら。
うわぁ。友達になれなさそう。
誰得だよこの絵面。
こういう世の中だから、少しおかしくなっちゃったりするのもわかりますけど。
どういう経験したらここまでイカレちゃうんですかねぇ。
とりあえず、今のうちに《スキル鑑定》。
ジョブ:精霊使い
レベル:29
スキル:《狂気(中)》《自然治癒(強)》《皮膚強化》《骨強化》《飢餓耐性(強)》《火系魔法Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ・Ⅴ》《治癒魔法Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ・Ⅴ》《精霊使役Ⅴ》《精霊の気配Ⅰ》《ウィル・オ・ウィスプ》《フェアリー》《ゴースト》
うげ。
結構強い。
ってかこの人、マジでどっから来た人?
自己紹介ぷりーず。
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