その78 明智と織田

 明智さん、織田さん。

 有名な二人の戦国武将の苗字を持つ二人は、凍りついたように身動きせず、私の前に座っていました。


「……一つ、質問、いいかね」

「どうぞ」

「君が今、私達に行っていることは、何だね。催眠術の一種か?」


 値踏みするような表情の明智さん。

 どうやら、心の底からの疑問に思っているようでした。


「では、あなたたち二人とも、この手の不思議な力に出会ったことはない、と?」


(嘘を吐かず、正直に答えなさい)


 念のため命じると、


「もちろんだ」

「あ、ああ……」


 自動的に話す自分の口に驚きながら、二人は応えます。


 うーん。

 と、なると、”精霊使い”の存在がますます謎に包まれてきますねー。


 あるいは、《スキル鑑定》の見逃しがあったのでしょうか?

 ありえない話ではありません。まだ、ここにいる人全員を鑑定したわけではありませんから。


「航空公園にいる”メシア”の存在は?」

「妙な術を使うとは聞いたが、その程度だ」

「なるほど」


 本当に知らないみたいですね。


「お、……俺達を、殺すつもりか?」


 織田さんとしては、そのことが一番気がかりなご様子。

 まあ、無理もないです。

 可哀想なので、そこは安心させてあげることにしました。


「殺しはしません」

「そ、そうか……」

「ただ、あなた方は今後、私の命令に逆らうことができなくなりました。私が死ねと命じただけで、喜んで死ぬようになります。頭の中で念じるだけでことが済むので、逃げることはできません。なので、余計な行動はなるべく取らないよう、お願いします」


 淡々と、事実だけを説明します。

 それがいけなかったのかもしれません。


「……うっ……!」


 織田さんは、突如として口を抑えて、近場にあるゴミ箱に向かって晩ごはんを全部吐き出しました。


「おげぇ……げほっ、げほっ……」

「なんか、すいませんね。二人ともついてなかったと思って納得して下さい」

「なんでだよ! お、俺が、俺らが、何したってんだ!」


 大の男が半泣きになっているのを見て、さすがに少し良心が傷んできます。

 その時、


「織田。少し黙っていろ」


 明智さんが、鋭い視線を部下に向けました。


「……うう……」


 それだけで、織田さんは押し黙ります。


「君の言いたいことはわかった。……で? 何をすればいい? いつでも殺すことができるのに、まだ生かしているということは、何かやらせるべき仕事が残っているということだろう?」


 私は頷きました。


「今後、近隣の住民を脅かすのは止めにしてもらいます。それと、航空公園にいる人達と協力して、一人でも多くの人を助けるよう尽力すること。あと、あなたの愛人さんたちにも、相手を選ぶ権利をあげて下さい」

「……ふん」


 明智さんは、苦々しい表情で言います。


「くだらん。結局君も、取るに足りない人道主義者の一人だったということか」

「なんとでも言って下さい。ただ、言いつけを守らなかった時は……わかってますね?」

「ああ、もちろんだ。君の言葉に従おう。その結果、多くの人間がここに流れ込む。クズのような連中も。僕の制御を離れた出来事も数多く起こるだろう」

「そうなったらそうなったで、あなたとは別の指導者が、あなたが作ったものとは別の秩序をもたらすだけです。……だいたい、あなたがもっと良い指導者だったら、こんなことをせずに済んだのですよ」


 そこで、織田さんが叫ぶように言いました。


「ボスは……明智さんは、悪い指導者じゃねえ!」


 ここで言い負ける訳にはいきません。

 織田さんを睨み返して、


「誰かの自由を束縛する人は、――同じく、誰かに自由を束縛されてしかるべきではありませんか?」


 自然と言葉が出ていました。

 私が間違っているのか、彼らが間違っているのか。

 それはわかりませんけど。

 でも、今の私の気持ちには嘘を吐きたくありませんでした。


「あなた達が今後、人の道にもとるような真似を行ったと聞いた時は……いいですか、いつでも、私はあなたたちに命ずることができます。死ぬより辛い目に遭わせてあげることだってできるのですよ」

「どうやら、拒否権はないようだな」

「ものわかりがよくて助かります」


 明智さんは、そうすることだけが唯一の反撃法だとばかりに、反抗的な目で私を睨みます。


「……質問いいかな?」

「どうぞ」

「君は……何かね。天の使いか何かか?」

「天の……?」

「そう思うのも無理はないだろう? ほんの一月と少し前に、地獄の釜の蓋が開いて。怪物どもが世界を埋め尽くして。……そして、不思議な力を使う君が現れたのだから」

「いいえ。私はたまたま力を与えられただけの、単なる女子高生です」

「女子? ――”メガネ”くん、君は女の子なのか?」


 そーいや今、男の姿なんでしたね。


「実はそうです。今のこれは、仮の姿で」

「ほォー。姿も変えられるのか。……まるで魔法使いだな」

「まあ、そんなとこです」


 ジョブは”戦士”ですけどねー。


「最後に、一つだけ」

「はあ」

「君は……君たちは、我々人間を弄んでいるのか?」

「私も、あなた方と同じ人間です」

「とてもそうは思えんな。今のこの状況と、君たちが無関係とは」


 そこで明智さんは、ゆっくりと顔を近づけてきました。

 その時初めて、私はこの人のことを”怖い”と感じます。

 “理想的な営業マン”だなんて、冗談じゃありません。

 やはりこの人は、ギャングの親玉だったのです。


「いずれ、お前の喉元に喰らいついてやる。――必ず、だ」


 自分の命を握られてなお、こういう顔ができるのですから。

 やっぱこの人、ただものじゃありませんねぇ。


 皮肉を笑みで受け流しつつ、席を立ちます。


 これで十分。

 話し合いでことが済むなら、航空公園まで連れ帰ろうとも思いましたが、彼は聞かないでしょう。

 それに、もし足りないことがあるなら、また命じてやれば済む話です。


「待て」


 その背中に、明智さんが声をかけました。


「もう、何を見ても驚かんが。……は、どういうつもりだ?」

「――? それ、とは?」


 ふん、と、明智さんが鼻を鳴らしました。


「ふざけているのか? 窓の外のあれだ」

「は?」


 明智さんも、織田さんも、二人揃って妙な顔をそちらに向けています。


「何を、――」


 眉をひそめて、窓に向いて。

 そこに、青白い焔を、……ぎょろりとした目玉を見ました。


「なっ!」


 ”精霊使い”という言葉が頭の隅にちらつきます。


――カッ!


 刹那、視界を覆う灼熱が、部屋を撫でました。

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