その75 ボス
私はなるべく無害そうな好青年を演じつつ、探索を再開しました。
しかし、分校とはいえさすが大学、そこそこの広さです。
結局私は、誰が”精霊使い”なのか検討もつかないまま、沈んでいく夕日を眺める羽目になってしまいました。
ぐぬぬ。
調査の効率が良くなかったのは、《スキル鑑定》の仕様も無関係ではありません。
さきほど取得した《スキル鑑定》。
使うだけでその人が”プレイヤー”かどうか見分けられる優れものですが、使用している間、目が淡い水色に発光するみたいなんですよ。
”臆病者の眼鏡”越しでも「ん? 君いま、なんか発光してない?」ってわかるレベルで。
これには困りました。
どこに”精霊使い”が潜んでいるかわからない以上、こちらも身を隠しながら、《スキル鑑定》を行う必要があるのです。
そりゃ日も沈むわ、って話で。
「みんなァー! 飯だよー!」
辺りが暗くなり始めたころ、食堂にいる数人のおばさんが、わざわざこのために用意したと思われる大きめのベルをガランガランと鳴らしました。
……これ、下手すると柵の外の”ゾンビ”とかも集まってくると思うんですけど、いいんでしょうか。
ベルの音に導かれ、一部の歩哨を除いたこのコミュニティの人々がぞろぞろと集まってきます。
今日行える《スキル鑑定》としては、これが最後のチャンスですね。あんまり暗くなってからやると目立ちますし。
食堂の内部は、驚くべきことに電気が通っていました。
あるいはこれもスキルの力かと思いましたが、自家発電機から電源を持ってきているのだそうです。
考えてみれば、ここに来てからそういう”不思議な力”を扱う人の話を聞いたことがありません。
これはつまり、ここにいるはずの”プレイヤー”は、周囲に自分の力を隠している、ということになります。
そう考えると、”本来であれば目に見えぬもの“を使役する力に惹かれた理由にも納得がいきますし。
私は、なるべく食堂全体が見渡せる場所に陣取って、配られる食事を控えめに食べながら、隙を見て《スキル鑑定》を行いました。
「…………」
織田さん、赤井さん、佐嘉田さん、食堂のおばさんたち。
ななな、なにーっ! お、お前が犯人だったのかぁー!
……って展開を避けるためにも、その辺を念入りに調査。
結果、妙な反応が見られる人はいません。
やはり、ここの”ボス”が”精霊使い”ということでしょうか。
そうなると、どうにかして”ボス”と顔合わせしたいところ。
少なくとも、この場所にはいないようですが……、
などと考えていた、その時です。
「ボ、ボス!」
織田さんを始めとする幹部さんたちが、突如として席を立ちました。
素早く視線を向けると、その先には一人の男が立っています。
……歳は、三十半ばくらいでしょうか。
この終末世界においては、異常に思えるほどにキチッとしたサラリーマンスタイル。
整髪料で撫で付けられた髪。品のいい顔つき。
テレビCMの中だけに登場する、”理想的な営業マン”といった出で立ち。
とても、ならず者の親玉とは思えません。
もっとこう、葉巻とかくわえたデブの小男を想像してたんですけど(偏見)。
「ボス、……なんでまた……」
織田さんの声は、周囲の喧騒にかき消されました。
うーん、場所が良くなかった。距離が離れすぎています。
”ボス”は、洒落た眼鏡をくいっと抑えて、何事か部下に指示を出しているようでした。
なんにせよ、チャンスです。さっそく、《スキル鑑定》を……。
と、思いきや。
織田さんを始めとするみなさんが、一斉に私へ視線を向けました。
どうやら、ボスから何か指示を受けたようです。
……なんだろ。
なんか、すっごく嫌な予感するんですけど。
織田さんは神妙な顔つきで、こちらに向かって早足で歩きます。
これ、戦闘になるのかな。だったら嫌だな。
とりあえず、目の前のあった食事をムシャムシャムシャッと平らげます。
「おい、”グリグリメガネ”。ボスがお呼びだ」
「へっ、なんでですか?」
あくまで惚けつつ。
「知らん。なんか、お前に話があるんだと」
「そりゃまた、なぜ」
「……お前、自分がしたこと、もう忘れたのか」
視線を逸らします。
「ボスの元愛人をぶった斬ったろ」
呆れ顔で織田さんが言うと、私はようやく納得しました。
「しかし、お咎めは終わったはずでは?」
「安心しろ、そういうんじゃない。……むしろ、逆だ」
その口調には、ちょっとした嫉妬のようなものが混じっている気がしました。
「たぶん、面白がられたんだよ、お前は。一緒に酒でも飲まんかって話だ」
「お酒って……私、未成年ですけど」
「最近のガキは、酒も飲まんのか。お上品なことだ」
織田さんは苦く笑います。
「じゃあ、舐めるだけにしとけ。ボスの前で潰れるなよ」
「はあ」
どうやら、思ったほど悪い話ではなさそう。
むしろ、一対一になる好機です。
「わかりました。行きます」
「ちょっと待て」
「なんです?」
「その刀は置いていけよ」
「……ん?」
私は、ここにいる間、常に持ち歩いていた刀を見ます。
「嫌です」
「ここは安全だ。常に帯刀している必要はない」
「これは、私の命と同じです。これを手放す時は、私が死ぬ時です」
これは本音でした。最近の私は、刀を抱かなければ満足に眠ることもできないのです。
「……別に構わんが、失礼に当たるぞ」
「お守りみたいなものです。ボスを襲ったりするつもりはありませんよ」
もちろん、これは嘘でした。
「当たり前だ。そんなことしてみろ。……お前のことを殺してやる」
やれやれ。
立派な忠誠心をお持ちですこと。
▼
「初めまして。僕はこういう者です」
”ボス”だというその男性は、慣れた手つきでポケットから名刺入れを出し、長年の訓練の成果と思しき、優雅な所作で、私に名刺を差し出しました。
――池上商事 営業二部
課長 明智光夜 (AKECHI MITSUYA)
おお。歳に似合わぬキラキラネーム。
「明智さん……っていうか、営業? 課長?」
すると、明智さんは白く輝く歯をチラ見せして笑います。
「旧世界での身分ですよ。あまりお気になさらず」
ずいぶん腰の低い人ですねぇ。
こういうタイプって、何考えてるかわからないから、ちょっと怖いです。
……ん?
いま私、自虐ネタ言いました?
「では、こちらへ。……ええと、僕はなんと呼べば?」
「“グリグリメガネ”でいいですよ。あるいは”メガネ野郎”とか、そんなで」
明智さんは品良く笑って、
「では、こちらへ。メガネくん」
ウウム。
うまく言えませんけど、動作の一つ一つが堂に入っている感じがしますねぇ。
明智さん、織田さんに挟まれて、私は食堂を出ます。
明智さんの住処は、そこからそう離れていない建物の中にありました。
映画関係の授業を行っていたというその校舎には、クラシックなカメラや映写機の類、様々な映画の小道具と思しきものが安置されています。
「ほへー……」
ぼんやりした表情でそれを見ていると、
「面白いでしょう? 僕、この大学の卒業生なんです」
「そうなんですか?」
「ええ。映画監督を目指していたんですが、才能がなくてね」
それが、今ではここの代表を務めている訳ですから。
人生ってのはわからないものです。
と、このタイミングでチャンス到来。
織田さん、明智さんの視線が逸れているのをいいことに、素早く《スキル鑑定》を発動します。
………。
……………。
「あれ?」
思わず声に出していました。
「どうしました?」
慌ててスキルを消します。
「いえ、なんでも」
明智さんは少し不思議そうな表情をしていましたが、気にせず先を進みました。
私はというと、顔をしかめずにはいられません。
この、明智さんという人。
“精霊使い”じゃありません。っていうか、”プレイヤー”ですらありません。
普通の人です。
……と、なると、……ええと。
あれ?
これ、どうなるんだ?
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