その67 TS展開

「今……なんと?」

「”戦士”さんには、男になってもらいます」


 アマミヤくんは、もう一度繰り返しました。


「男になってもらいます」

「えっ」

「男に……」


 いや、それはもうわかりましたけども。


「男って……その。えーっと、おちんちんとか生やすってことで?」

「ええ。この”バケネコのつえ”を使えば一瞬っす。後遺症もありません。自分でも試したことがあります。あの時はかなりウケました」


 えっ、なにそれ。こっちはこれっぽっちも面白くないんですけど。

 っていうか、男体化って。

 同人誌でも珍しいジャンルのアレですよ、それ。


「さっそく試してみますか?」


 ずいっと、私の前に突き出される”バケネコのつえ”。


「ええと……その。ちょっとだけ、心の準備を……」

「――”戦士”さん。無理を言ってるのは、おれだって重々承知してます。……それを承知のうえで、あえて言わせてもらいます。向こうでは、今でも女たちが玩具扱いされてるかもしれないんす。昨日誘拐された女の中には、そこにいる“格闘家”さんよりも幼い子もいたそうです」

「うう……」

「あんまり汚い言葉は使いたくないっすけど……、連中は、ケダモノです。そんな奴らに、良い人たちが汚されるのなんて、許されないと思うっす。……”戦士”さんが躊躇すればするほど、悲劇が広がっていくんす」


 ぐぐぐ。

 ずいずい来ますね、こいつ。


「ねーちゃん。悪いやつがいるなら、さっさとやっつけに行こう」


 彩葉ちゃんまで急かす始末。

 雰囲気に押されて、私は”バケネコのつえ”を手に取りました。


「どう使うんです?」

「なりたいイメージを頭に浮かべて下さい。そして、杖を掲げるんす。そんだけっす」


 うーん。


「わ……わかりました……」


 渋々ながらも、了承します。

 そして言われたとおり、頭の中で念じました。


 ちちんぷいぷい。

 男にな~れ。


 ぼすんっ、と、傍目にも魔法の力が働いたとわかる、ステレオタイプな煙が私を包み込みます。

 そして……。


「――おおっ。……お?」


 彩葉ちゃんが声を上げました。


「なんか、あんまり変わってないな。女みたいな男だ」

「確かに。……でも、十分す。体つきはがっしりしてるし、ちゃんと男に見えますよ」


 私は、恐る恐る顔を触ります。

 違和感、あんまりなし。


 次に、肩。

 ちょっと骨ばってる。


 胸。

 硬い胸板が。


 そして……股間。


 …………。

 ……………………。


 わ。

 わた。

 わたしの股に……だ、

 男根が。


 その時、私の全身を、ぞわぞわと得体のしれない生理的恐怖が走りぬけました。


「ん? ねーちゃん? ……おい、ねーちゃん!?」


 これまで、何百匹と”ゾンビ”を殺してきましたが。

 こんな経験は初めてでした。

 私は、その場にひっくり返って、気を失ってしまったのです。



「ぉい……おい! 大丈夫か、ねーちゃん!」


 彩葉ちゃんの声で、目が覚めました。


「ぐぐぐ……」


 ぐるぐるする頭を抱えて、ペットボトルの水を一気飲みします。


「おお……のどぼとけが見える……」


 私の喉元を見た、彩葉ちゃんの感想。

 そこで私は、自分の首周りに手を当てました。

 そして、


「あー、あー……」


 うわーい。

 キャラ同じなのに声優変わってる。『サ○エさん』かな?


「うう……どうしてこんなことに」

「……”戦士”さんって、あんがいナイーブっすね」

「やかましい」

「杖はしばらく預けます。もし長丁場になった時は、自分で重ねがけしてください」


 私は、”バケネコのつえ”を杖本来の用途として使って、なんとか立ち上がります。


「それでは……細かい作戦を詰めましょう」

「フォローは俺達に任せて下さい。連中を皆殺しにするにしろ、生かすにしろ、生存者の受け入れはこっちがやります」

「捕まった人たちはともかく……悪党どもはどうするつもりです?」

「あんまり気は進みませんが、武器を全部取り上げて、航空公園内のコミュニティでバラバラに分けて管理しようかと。どうしても更生の見込みがない感じなら、……公平に、裁判をすることになります」

「裁判?」

「一応、このコミュニティにもルールがあるんで。差別とかはしないつもりっす。……まあ、こればっかりは確約できませんけど」


 まあ、いいでしょう、その辺は。

 あんまり先のことばかり考えても、とらぬ狸の皮算用ってやつです。


「では……ええと。他に決めとくことは……」


 少し考えて、隣の彩葉ちゃんに視線を移しました。


「どうします?」

「あーしに、いい考えがあるぞ」


 そして、両手を私の前に突き出します。


「きつく縛ってくれ」

「……?」

「あーしは、ねーちゃ……いや、にーちゃんに捕まった。にーちゃんは、あーしを手土産に連中の仲間になる。……どうだ?」

「うーん。危なくないですか? それ」


 私はともかく、わざと捕まる彩葉ちゃんのリスクが高すぎる気がします。


「だいじょーぶ。レベル上がったって言ったろ」


 そして彩葉ちゃんは、笑顔のまま、テーブルの端っこを持ちました。

 その次の瞬間、びぢッ! という、今まで聞いたこともない類の音がします。


「じゃーん。《怪力》スキルだ」


 見ると、掴んだテーブルの一部が、彩葉ちゃんの親指の形にくり抜かれていました。

 それが、派手にテーブルを破壊してみせるより、よっぽど難しい芸当だということはわかります。


「……すげーな、”格闘家”って……。た、戦わなくて良かったぁ……」


 アマミヤくんが、しみじみと言いました。


「強くなったのはいいですけど、訳もなく力を振るってはいけませんよ」

「わかってるってー」


 へらへらと笑いながら言う彩葉ちゃん。


 ……本当に大丈夫なら、それでいいんですけどね。


 さすがに、虐殺行為に加担するのは嫌ですよ?

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