その68 奴隷とその主人

 その後は、トントン拍子で話が進んだ。

 《隷属》と《奴隷使役》スキルを受け取った”流浪の戦士”は、非常時におけるテレパシー通話用に、このコミュニティの門番を務めてくれている早苗という女性を”奴隷”にした後、例の人さらい集団のアジトへと向かっていったのだった。


 その際、念のため《治癒魔法》を受け取るように言ったのだが、


「その魔法、みんなの頼りにされているんでしょう?」


 とのことで、”戦士”は魔法を受け取らなかった。


(まったく、こんな世の中で、とんでもなくお人好しな娘だ)


 呆れつつも、彼女に好感を抱いている自分もいる。

 だが一方で、危険だとも考えていた。

 これから、世の中のルールは変わっていく。

 旧世界の倫理観を引きずっていると、必ずどこかで躓くことになるだろう。


 青年はため息をつく。


「……とりあえず、やれやれ、だ」


 すると、彼の後ろに控えていた綴里も、深く頷いた。


「ええ。紙一重でした」

「なんとか、”例の一件”はバレずにすんだな」

「まあ、分の良い賭けではありました。仮にバレたとして、こちらが傷つくことでもなし」


 たしかに。

 青年はにやりと笑う。


「この分なら、よっぽどのことがなけりゃ問題ないだろ。……今後もこの作戦で行こう」

「一時しのぎにしかならない気がしますが」

「そうだったらそうだったで、素直にごめんなさいすれば済む話さ。何せ、向こうには”従属”ってカードを渡してる。滅多なことじゃあ、信頼は揺らがないはずだ」

「”流浪の戦士”は信用できるでしょうか?」

「できると見たね。……どうやら彼女、とても優しい人のようだから」

「ふむ……」


 とりあえず、ここまでは順調にことが進んでいると言っていいだろう。

 ”転生者”を名乗る、あの奇妙な少女の予言通りだ。

 気味が悪いほどに。


「しかし。……これで良かったのですか? ご主人様」

「……ん?」

「思うに、ご主人様は少々手ぬるいお言葉でしか”連中”を形容いたしませんでした」


 すると、青年は渋い顔を作る。


「あれ以上、どう言えってんだよ」

「もっとはっきり言ってやるべきだったのでは。”奴らはクズだ。一人残らず殺せ”……と」

「彼女たちはおれたちを警戒していた。あんまり、そういう一方的な言葉は使いたくなかったんだ」

「それでも……優希ちゃんの話はしても良かったのでは?」


 すると青年は、ごつん、と、テーブルに額を置く。


――神園優希。


 世界がこんなになるまで、二人の親友でもあった少女。

 そして、連中のアジトの入り口で、今も”飾られ”ている娘。


「ご主人様?」

「……いいや。わざわざ情に訴えかける必要はない。あとは彼女たちに任せておけばいいさ」

「彼女たちは、“奴ら”にどういう判断を下すでしょう」

「人間の心があるなら、結論は決まってるさ」

「確かに」


 そこで、綴里は少し思案げに腕を組む。


「……どうした?」

「問題は、彼女たちにまだ人間の心が残っているか、です」

「どういう意味だ」

「これまで、ご主人様の命で、多くの”ゾンビ”を始末してきましたが。……自分でも、よくわからなくなることがあるのです。何が正しくて、何が間違っているのか」

「おれにはわからん領域の話だな」

「ご主人様は、それで良いのです」


 そこで綴里は、珍しく笑みを浮かべた。

 青年は内心、もっとこいつはこういう顔を人前でするべきなのに、と、考えている。


「それよりさ。ずっと聞きたかったんだが」

「なんでしょう?」

「なんだってお前、おれのことを”ご主人様”なんて呼ぶようになっちまったんだ?」

「それ、いまさら聞きます?」

「ああ。この一ヶ月、いろいろあったのもあって、ずっと聞きそびれてたけど」

「ご主人様に命を救われたから、です」

「……それ、どう考えても逆なんだけど」

「優希ちゃんがいなくなった今、あなたは、私がこの世界で生きる、たった一つの理由なのです」

「なんか照れるな」


 青年は鼻の頭を掻く。


「今晩あたり、一緒に寝るか?」


 すると綴里は、ぴくりとも表情を変えず、


「ご冗談を」


 と応えた。

 わかっている。このやり取りは、二人が中学生のころから、冗談半分に続いているのだ。


「まったく。お前が妙な噂を流したお陰で、おれの計画が台無しだ。……誰が床上手だって?」

「スキルがありますので。やはり、そこそこお上手なのでは? 試したことはないようですが」

「お前がそんなふうに言うから、みんな俺に近寄ってこなくなっちまって。くそ、冗談じゃない。本当なら、俺の隣には、きっと素敵な女の子が座っているはずなのに」

「自業自得でございます、ご主人様」

「けっ」


談笑する二人。

その姿は傍目にも、仲睦まじいカップルに見えるのだった。


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