その58 モンスターハント

 下水からの脱出は、思いの外、簡単に成功しました。

 彩葉ちゃんの根城にしていた安全地帯のすぐ近くにマンホールがあって、そこから這い出た私たちは、一度、練馬駅へ潜伏します。

 駅構内にあった売店のお菓子で魔力を補給しつつ、作戦会議。


 そこで私たちは、お互いのスキルをぶっちゃけ合うことにしました。

 その時に判明した彩葉ちゃんのスキルをまとめると、


○基本スキル(と呼んで良いのかわかりませんが……。暫定)

《格闘技術(上級)》《必殺技Ⅰ~Ⅲ》

《自然治癒(強)》《皮膚強化》《骨強化》

《飢餓耐性(強)》

○魔法系スキル

《火系魔法Ⅰ》《雷系魔法Ⅰ~Ⅲ》

○ジョブ系スキル

《縮地Ⅰ》

《鉄拳》


 こんな感じ(下位互換のスキルは省略しています)。

 ちなみに、私の現在のスキルは、


○基本スキル

《剣技(上級)》《パーフェクトメンテナンス》

《自然治癒(強)》《皮膚強化》《骨強化》

《飢餓耐性(強)》

○魔法系スキル

《火系魔法Ⅲ》

○ジョブ系スキル

《防御力Ⅳ》《鋼鉄の服》

《魔法抵抗Ⅰ》


 以上。


「と、なると、彩葉さんのレベルは20、私のレベルは23ってことですね」


 すると、彩葉さんはこめかみの辺りを指でぐにぐにして、


「んー? いや? 確か、あーしのレベルは19だよ?」

「は? でも、数えたらスキルは20個ありますし……」

「んんん? 《格闘技術(初級)》って、最初から持ってなかった?」

「えっ。持ってませんけど……」

「それにあーし、ねーちゃんのその、《剣技》ってスキル、知らないぞ」

「へ? 知らないって、選択肢にもないってことですか?」

「うん」


 ふむむ?

 今はゆっくり考えている暇がありませんが、どうやら取得できるスキルには個人差があるようですね。

 考えてみれば、みんながみんな刀を手に入れられる訳でもないのに《剣技》なんてスキルがあるのは、あまりにも都合が良すぎると思ってたんですよ。


 まあいいや。

 とにかく今は、虎の”怪獣”退治について考えるのが先決です。


「そういえば私もこの、……《縮地Ⅰ》ってスキル、知らないですねぇ」

「ああ、これ?」


 すると、彩葉さんが、軽く地面を蹴ります。

 同時に、


 ひゅっと、彼女の姿が消え、五メートルほど後方で再出現しました。


「こんなん。ちょーかっこいいって思ったから取ったけど、よく考えたらこれ、”ゾンビ”相手に使う必要ないんだよねー」

「へー。壁もすり抜けられるんですか?」

「それは無理。なんか堅いものに遮られると、その手前で止まるっぽい」


 なるほどなるほど。


「で? どういう作戦でいくー?」


 腕を組み、しばしの黙考。


「……三つほど、案があります」

「おおっ、すげー。三つも?」

「そのうち一つは、リスクが高いけどかっこ良く勝てる作戦で、もう一つは、ひたすらリスクが高いだけの作戦。最後に、面白みのない、堅実で地味な作戦です」

「せっかくなら、かっこ良く勝とう!」

「ちなみに最初のやつは、いったん虎の”怪獣”に丸呑みにされた後、腹の中から魔法を連発するとか、そういう感じのやつなんですけど」

「うん! やっぱり堅実が一番だな!」

「ですね」


 で、そうなりました。


「そんじゃ、モンスターハントと洒落こみましょうか」



 まあ、結局。

 急に“怪獣”退治しろとか言われても、大したことは思い浮かびませんよね。


 不意打ちくらいしか。


 私と彩葉ちゃんは二手に別れて、商店街を進んでいきます。

 作戦は単純。挟み撃ちです。

 私が“怪獣”に見つかった場合、彩葉ちゃんが背後から攻撃し、彩葉ちゃんが見つかった場合は私が”怪獣”を仕留める、と。

 もしどうしてもまずくなった場合は、事前に半開きにしておいたマンホールの穴から逃走する。

 そんな感じです。


 襲撃の時間は、少し間を置くことにしました。

 これで少しは油断してくれてるといいんですけども……。


 人気のない商店街。

 時折遭遇する”ゾンビ”を音もなく仕留めつつ、進んでいきます。

 すでに“怪獣”の位置は把握済みでした。駅に隣接していたマンションから、その姿を確認できたためです。


 ”怪獣”は、私たちの追跡をとうの昔に諦めたらしく、少し開けた三叉路で、退屈そうに寝転がっていました。


 私たちは、とにかく狭い道のみにルートを絞って、”怪獣”を追い詰めることにします。

 野生の動物というのは勘が鋭いと聞きますが、これだけ視界が限られている上、あちこちを”ゾンビ”がふらついている訳ですから、そう簡単には見つからないでしょう。多分。


 特に何ごともなく、予定通りのルートを進んでいくと、……見えました。

 虎の”怪獣”です。

 どうやら運がいいことに、眠ってくれているようでした。


 私は、なるべく足音を殺しながら接近していきます。


 狙うのは……頭部。

 《エンチャント》した刀であれば、一撃必殺を狙うことも不可能ではないはず。


『ぐるるるるるる………ぐるるるるるる…………』


 しっかし、アレですねぇ。

 寝ている動物というのは、総じて可愛らしいものだという印象がありますが。

 あの”怪獣”に限って言えば、これっぽっちも可愛くない。むしろ、なんか殺気みたいなの放ってる。寝てるのに。

 怖。


 なんにせよ、このまま接近できれば、初撃で仕留められる気がしました。


 そう思った、次の瞬間です。


 目にも留まらぬ速度で現れた人影が。

 彩葉ちゃんでした。

 彼女は、虎の頭の上に立ち、叫びます。


「もらったぁ! ――《爆裂・ひゃくれ》……」


 その拳が、金色の光を放ち……、


 次の瞬間、ぎん、と、虎の”怪獣”が目を見開きました。


『ぐるるるるッ!』


 “怪獣”は、首を持ち上げる動作だけで、彩葉ちゃんを空高く放り上げます。


「ありゃぁっ!?」


 あっ。

 まずい。


 中途半端に発動した彼女の《必殺技Ⅲ》が、五月雨のように辺りに降り注ぎます。

 周囲が、崩落の渦に飲み込まれていきました。


 身をかがめ、土煙を躱す私。

 顔を上げると、上空に吹き飛ばした彩葉ちゃんの着地点に回り込んでいる“怪獣”の姿が見えました。

 爪で仕留めるか、牙で仕留めるか。

 あとはこちらの気分次第だと言わんばかりです。


「うわうわうわうわやっべー!」


 死を目の前にしてなお、ぎゃーぎゃーと叫び続ける彩葉ちゃん。

 これで、このまま彼女が命を落とせば、悲劇以外の何ものでもありませんが。


 もちろん、そうはさせません。

 《エンチャント》した剣を構え、私は真っ直ぐに”怪獣”へ駆けました。


『――ぐるッ! ぐぐぐぐ!』


 同時に二つの獲物が現れて、さすがの”怪獣”も混乱を隠し切れない様子。

 しかも、私の手には火を纏った剣。

 動物は本能的に火を恐れると聞きますが、豚の“怪獣”然り、こいつも例外ではないようです。


 上空からは彩葉ちゃん。

 地上からは私。


 くっくっく。この攻撃、見切れるかぁ――!?(雑魚キャラ感)


 次の瞬間に起こったことは、一瞬、私の理解を超えていました。


 単純に起こったことだけをまとめて言うと、不意に”怪獣”が跳ねて、空中にいる彩葉ちゃんを叩き落としたのです。ハエのように。

 そして、彩葉ちゃんが叩き落とされた先には、私がいました。


「うぎゃあごめんねーちゃぁーんッ!」

「――っ!」


 ごつ、と。

 私たちの頭と頭が激突し、視界が歪みます。


 コンマ数秒。


 意識を失っていたのは、その程度の時間だったと思います。

 でもないと、私たち二人とも“怪獣”の胃の中にいるはずですからね。


「……うぐっ……」


 唸りながら、なんとか刀を杖にして立ち上がります。


「はらほれひれはれ……」


 傍らには、完全に意識を失っている彩葉ちゃんがいました。

 私の方は《防御力Ⅳ》がある分、ダメージが少ないのでしょう。


 さて。

 少し困ってしまいました。


 ずん、と、音を立てて着地する虎の”怪獣”。


 それを見上げている私。


 意識を失っている彩葉ちゃん。


『ぐる……ぐるるるるるるるるるッ!』


 やっこさん、なんだか笑っているように見えます。


 さて。

 もちろん、彩葉ちゃんを抱えて逃げるような余裕はありません。


 となると、……ええ。

 私が考えた中でも、もっともリスクが高い作戦を選ぶ時が来たようでした。


 真っ向勝負です。

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