その57 逃走経路
『グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
もうね。すごい。
威嚇の声だけで、ビリビリと地鳴りがするんです。
戦おうだなんて、思いもしませんでした。
「ねねねね、ねーちゃん、どどどど、どーすんの!?」
「とにかく狭い路地へ!」
私たちは、練馬駅近くにある商店街へと逃げ込みます。
虎の”怪獣”の身体はここの道幅より広いので、比較的安全なはずでした。
実際、商店街の手前で虎の“怪獣”は動きを止めます。
「よしっ、やった!」
一瞬、逃げ切れたと思ってガッツポーズ。
それがフラグだったのかもしれません。
安堵しかけた私達を、巨大で濃い影が覆いました。
見上げると、虎の”怪獣”がものすごい跳躍力で飛び上がり、商店街の建物の上を器用に乗り超えてこちらに近づいてきているではありませんか。
「くっ! こんにゃろ、――《爆裂・百裂拳》!」
彩葉ちゃんの拳が光を放ちます。
エネルギー波の雨が、虎の”怪獣”に突き刺さりました。
ですが、
『グルルゥ……』
あ、ダメですねぜんぜん効いてませんね。
「距離離れると、途端に威力減っちゃうんだよねー」
彩葉ちゃんが、わりと冷静に状況を分析します。
「接近できればなー。もっとイケる気がするんだけどなー」
「……それは、最後の手段に取っておきましょう」
やりとりの間も私は、どこに逃げ込むのが最善かを必死に考えていました。
近くの建物→NO。
たぶん、あの”怪獣”の攻撃に耐えうる設計の建物は、この商店街の中には存在していないでしょう。
どこかの頑丈な建物→NO。
とても、あの”怪獣”から長時間に渡って逃げ続けられるとは思えません。
練馬駅の地下→NO。
できればこれを採用したいところですが、そこに向かう道を”怪獣”に塞がれてしまっています。
と、なると。
考えられる逃走経路は……、
「彩葉ちゃん! こっちです!」
私は刀を抜き、マンホールのフタに穴に突っ込みます。
それを、テコの原理で持ち上げて。
一瞬の躊躇。
くさいんでしょうね。
くらいんでしょうね。
きたないんでしょうね。
……Gとか、平気でいるんでしょうね。
『ぐるぁあああああああああああああああああああ!』
獲物を逃がす危機感からか、虎の”怪獣”が一際大きな声で鳴きます。
「南無三!」
その声に後押しされて、私たちはマンホールの中へと飛び込みました。
▼
暗闇。
「――《エンチャント》。――《ファイア》」
そこに、火を灯します。
カサカサッと、視界の隅を黒いアレが逃げていった気がしましたが、断固として現実を受け入れないことに決定。
下水道は、少しクラクラするほどの腐臭に満ちていました。
無理もありません。ずいぶん前から、水の流れは止まっているのです。
たぶんこれ、我慢すればいいってレベルのやつじゃありません。あんまり長いことここにいると、酸欠になる可能性がありました。
「どーする?」
「とにかくここから離れましょう。地下を進めば、なんとか逃げきれるはずです」
「ダメだ」
すると、彩葉ちゃんは首を横に振りました。
「ダメって……なんでです?」
「やっつけなきゃ」
「そんな……」
さすがに仰天しました。
いくらなんでも、あんなものと戦うなんて考え事態、思いもよらないことだったのです。
「あんなのがうろついてたら、きっと街の人が犠牲になる。まだ生き残ってる人はたくさんいるはずだから。あーしが、やっつけなきゃ」
「しかし……」
「あーしらの力はきっと、こういう時のためにあるんだ。だから、あーしは行く。ねーちゃんはついてこなくてもいい」
意外でした。
正直に言うと、彩葉ちゃんのことを少し見くびっていたのです。
ただのアホの子かと思っていました。
でも、違います。そうじゃありません。
少なくとも、彼女の意志は本物でした。
彩葉ちゃんは、自分の命を投げ出す覚悟を、とうの昔に決めていたのです。
「あなたはとても誇り高い子ですね」
「えへへへー」
ふむ。
そうなると、ねーちゃんとしては捨て置けません。
「わかりました。一緒にやっつけましょう」
「ん。ありがと」
彩葉ちゃんが、照れくさそうに鼻をこすります。
「少し作戦を練ります。そのためにも一度安全地帯に出ましょう。……こんな臭いところじゃなくて」
「だなっ」
私たちは、下水道の中を歩き始めました。
『ゴォオオオオオオオオオオオ! ゴオオオオオオオオオオオオオ!』
地上では、獲物を逃がした悔しさからか、”怪獣”が吠えています。
その大音声たるや、下水道の水が反響して、ぱちゃぱちゃと跳ねるレベル。
うわぁ。
……食べるなら、せめて優しく……な?
頼みますよ、ほんと。
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