第18話 漫画研究会(2/3)
部室を出て廊下に出る。向かいにある他の部室の扉を見ながら、二つ隣の扉の前まで行く。目の前の扉が漫研であった。
「こんなに近いのか」
「そうだよ! 便利だよね!」
他の研究会をまるで近所のコンビニ感覚で便利というのはどうかと思うが、確かに毎回ペンタブを借りているなら便利な立地だ。
「それじゃあ失礼しまーす!」
物怖じせずに中へ入っていくカオルの後に俺も続く。
部屋の中は別世界のようだった。
まずは部屋が広く部員も多い。
次に部員達のほとんどは、俗に言うコスプレを行っていることだった。一瞬演劇サークルかと勘違いしそうな程だ。
男装した女子や、女装した男子。
俺はハロウィンのイベント会場となっている漫研の部室(暫定)を変な汗を額に滲ませながら一望した。
「お疲れ様でーす!」
臆しないカオルが部員達と軽快に挨拶を交わしていく。
馴れた光景なのだろう。部員達は挨拶と共に「また、ペンタブでしょ? そこにあるよ」や「その後ろの男は彼氏か!?」など、親しげな様子が窺える。
だが、部室の後ろ側で漫画を描いているのであろう部員の一部は、俺やカオル……主にカオルを睨み付けたように見えた。
「……」
その部員と俺は目が合うと、気付いたのか彼らは自分の作業に戻った。いろいろここでも人間関係が面倒くさそうだなと、溜め息が漏れてしまった。
カオルの後を着いていくと、俺の視界にこの部屋のヘッドである男の顔が見え、目が合った。
「お? カオルちゃん。そして、松本君じゃないか」
「お疲れです東先輩!」
「……」
俺は思わず一歩引いた。
それは目の前の男、東サクマの姿に嫌悪を抱いてしまったのだ。
東は細く鋭い目つきに、鼻がすっと通った鼻筋と簡潔に言ってしまうと顔が整った俗言うイケメンだ。
しかし、彼が身に纏っているのは胸元が開いたヒラヒラフリフリのドレスの様な衣装。頭にはハートマークの付いたカチューシャ、縞々のハイソックスを履いていた。
たぶんだ。
たぶんこれはもしかしてもしかすると、マルチ制作研究部御用達アニメ、チュチュなんとかのコスプレではないだろうか?
東に微かに残った魔法少女らしき痕跡から察してしまった。俺もこういうのが分かるようになったのだなと残念な気持ちに思う。
俺の引きつった口元を無視するように、何も起きていないかの如く二人は会話を進める。
「で、今日は二人でどうしたの? もしかして入部希望?」
「あはは、違いますよー。ちょっとプリンターを借りたいんです!」
「いいよ!」
軽い。
まあ、ここでクドく何か言われても困るし寧ろ二つ返事はありがたいのか?
しかし、東の台詞は続いた。
「ただねぇ……ちょっとこっちも、今プリンターを使っている所なんだ。夏のイベントの為にね」
「夏のイベント?」
「同人即売会。俗に言うコミケさ! その為に漫研の総力を尽くして同人誌をいくつか制作中なんだよね! まあ、再販の物がほとんどだけどね!」
コミケは有名だから聞いたことぐらいはある。
東の言った同人誌を販売し合う大きなイベントだ。漫研はちゃんと人様に物を売るような活動をしているのだな少し感心する。 それに比べてウチの部活は……
部室に木霊す奇声の数々に思いふけっていると、東が話を続ける。
「もし良かったら、倉庫にプリンターが余ってたと思うから、それを持って行っても良いよ!」
「お! さすが東さん、やっぱり気前が良いね!」
「ははは、照れるなー。いいよいいよ。もっと褒めてくれても!」
二人のやりとりを横目に見ながら俺が黙って待っていると、東は鋭く不敵な笑みをこちらに向けてきた。
「どうしたんだい松本君? 何か僕に聞きたいことがありそうな顔をしているよ?」
「ああそうだな……いろいろあるが、まず何だその格好は?」
「これ? 知らないのかい? 今年話題沸騰の作品チュチュリナチュッチュリーの……」
当たってしまった……
「いや、何でそんな格好しているんだと聞いているんだが……」
「え? 何でってコスプレしているのに理由はいるのかい?」
「い、いや……部活の方針とかあるのかもしれないが、そういう意味じゃ無い。その魔法少女みたいな服装をしているんだって聞きたいんだ」
東は「ははは」と爽やかに笑う。
「いいじゃないか。可愛いだもの」
「い、いや……何て言うか……」
「分かるよ、松本君の言いたいことはね。何で僕みたいな男がこの胸元の開いたフリフリ衣装を着ているのか? ってことだよね」
得意げに彼は、自身の胸元も見せつけてくる。
俺はまた一歩引く。
「それはね松本君! 原作が男の娘だからなんだよ!」
「……は?」
「チュチュリナの男の娘設定は、ただの規制回避設定の為だけではないんだ。原作者は男の人でも魔法少女になっても良いのではないかというジェンダー問題を題材にした非常に興味深く面白い挑戦をした作品なんだ。世間一般では、男装する女性は許されても、女装する男性は許されない。それに着目した作者は女装する男子の葛藤を描くことで、世間の認識を覆す挑戦をしたんだ! つまり、僕達ファンは、このチュチュリナ衣装が女性の衣装だとは思っていないんだよ!」
綺麗で鋭い視線に、がたいの良い魔法少女は立ち上がった。
「これは男装だ! 魔法少女は男装なんだ! 僕達は何も間違っていない! 女装も男装なんだよ!」
もう、何もかも間違い過ぎていてどうでも良くなった。
俺が頭を抱えていると、カオルが手を上げる。
「はい東先輩!」
「何かねカオルちゃん?」
「女性がチュチュリナにコスプレしても男装と言って良いんですか!」
「良い質問だね! チュチュリナを女性レイヤーがコスプレしてはいけない問題が最近話題だよね。男性が着なければその意味を示さない衣装なんだって主張はもっともだと言える」
突然、東は机を叩く。
「でもね! 僕はそれを間違っていると否定する! チュチュリナは男性だけの物でなく皆の希望の光なんだ! 年齢や性別、国境を跨いでも! どんな人の心の中にも男の娘が存在する! 皆がチュチュリナなんだ! 全員がチュチュリナ・チュッチュリーになれるんだ!」
俺の頭痛がヤバい。
「あー……わかった。とりあえずその倉庫の場所を教えてください」
「あ、そうだったね。僕も捜し物あったから一緒に行こうよ」
というわけで、カオルと東、そして俺の三人で倉庫に向かった。
コスプレをした東を先頭に部室練の脇にある倉庫へと俺達は向かう。
着くと夕焼けで辺りは黒と橙のコントラストに塗られた白い倉庫のシャッターを東が開ける。
「よいっしょっと!」
俺も手伝おうかと訪ねるが、大丈夫と東は断り、そのまま開かれた。
中には文化祭で使われたであろう看板やら雑貨類やらが雑に置かれていた。
「ケホッケホッ! うわ~ほこり臭いね~」
俺達も中に入ると、東は倉庫の奥を指さした。
「確かあそこら辺だったかな? ちょっと探してくるから待っててくれるかな?」
「それなら、俺も手伝います」
「私も私も!」
俺は東と話したいことがあるのだが、カオルもしゃしゃり出てくる。
そんなやる気のある後輩二人に東はハハハと笑った。
「ありがとう。でも、狭いから一人だけ手伝ってくれるかな? そうだね……本当は女の子と二人きりの方が良いけど、力仕事だし松本君に来てもらおうか」
引っかかるご指名だったが丁度良い。
カオルは倉庫の門番をしてもらい、俺は中へと入っていく。
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