第11話 世界の終わり(4/8)

 そのまま階段を下り、一階に辿り着く。

 出入り口まで真っ直ぐ向かえば良いだけなのだが、触手人間達が闊歩し強行突破も難しそうだ。

 俺と梅沢は物陰に隠れつつ、触手人間をやり過ごしながら新たな脱出口を探していた。

「……」

 何となくだが、梅沢もこの何度も壊れる悲惨な世界にウンザリしているのではないかと思った。

 これがいつまで続き、いつ終わるのか、梅沢達も分かっていないのではないだろうか。一年間体感し続けた大野が、あそこまで気が病んでしまったんだ。

 梅沢はもっと辛い思いをしていたのだろうか?

 今まで誰にも話すことなく、友達も作らずに、抱え込んでいたのかもしれない。梅沢もこの事象に関わる張本人の一人だが、同時に被害者なのかもしれない。

 そんなことを考えながら、階段を降りて行くと、突如電話の着信音が鳴る。

「な、なんだ?」

 触手人間に気づかれるのではないかと思い、すぐさま電話に出る。

「カツヤ……君……」

 カオルだった。

「もしもし、カオル? 今、無事か? 小倉は?」

「カツヤ君……もう、私、ダメみたい」

 カオルは息遣いが荒く、非常に苦しそうであった。

「ダメって……まさか、お前!」

「カオルちゃんですか?」

 前に居た梅沢も、俺が電話していることに気が付く。

「大丈夫、マキマキは死んでも守るから……ゴホッ」

 咳込むカオル。

 ダメだ、カオルもタイムリミットがきてしまったようだ。

「カオル、諦めるな! 必ず俺が何とかしてやる! だから耐えろ! 耐えるんだ!」

「カツヤ……君」

 カオルは息絶え絶えに伝えてくる。

「ごめんね……今まで、ずっと黙ってたことがあるんだ……」

「こんな時になんだ! そんなことよりお前……」

「私ね……高校生の時……虐められてたんだ……」

 俺の言葉を遮りカオルは話す。

「え……」

 その言葉に、俺は思わず絶句した。

「虐め……られてた?」

 驚いている場合じゃないことは分かっている。

 だが、聞き流すことなんて出来なかった。

「虐めって……何でカオルが!」

「私……空気読めなかったからさ……結構……嫌われ……てたんだ……」

 カオルは少し間を置き、続ける。

「カツヤ君と一緒の大学に通えなかったら……自殺してたかもしれない……」

「カオル……」

「さっきは……偉そうなこと言って……ごめんね……私……言えた……立場じゃ……」

 そこで、また咳込む。

「もう良い分かった! だから、もう無理するな! そこでじっと……」

「あ……あと……ね」

 苦しむカオルを休ませようと声を掛ける。

 だが、カオルはさらに俺の言葉を遮った。

「私……カツヤ君のこと……本当に好きみたい……」

「……え」

 す、好き?

 今のは聞き間違いか?

「小学生の時から……ずっと……好きだったよ……友達としてじゃ……なくて」

 間違えじゃない。

 カオルに告白されている。

「カ、カオル? こんな時に何を――」

「死ぬ前に……ちゃんと言えて……良かった……」

 カオルの安堵した様子が、電話越しでも伝わってくれる。

「……ごめんね……絶対……梅ちゃんを……救い出し……て」

 俺は何か、言いしれぬ不安を感じ取った。

「おい、カオル……お前、今何をしようとしてる?」

 とても不安を掻き立てられる。

「おい! カオル!」

「……」

 ピチャピチャと肉を潰したような音が聞こえた後に、何かを落とした音が聞こえてくる。

 そして、携帯の向こう側は無音となった。

「カオル! カオル!」

 呼び掛けるが応答がない。

「……」

 梅沢が心配そうにしているが、返答を返してやる余裕がなかった。

「……も、もしもし」

 急に電話の向こう側から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「小倉? 小倉なのか!」

「そ、そうっす……」

 破棄がないが、間違いなく小倉だった。

「カオル先輩……今、窓から飛び降りたっす……」

「……」

 アイツ……

 俺は息を詰まらせる。

 カオルにはいつも助けてやれず、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。俺は返事を返してやれなかったことに後悔するが、そう思うのも束の間、小倉が話を続ける。

「……そこから左に真っ直ぐ行ったら突き当たりがあるっす。そこをまた左に曲がると非常口があるっす……そこからなら、あのウジャウジャの奴等も居ないっすから、安全に出られるっすよ……」

 ……ありがたい。

 その指示に従って俺は梅沢の手招きをする。

 その間も、小さな地震が何度も続いていた。

「後ちょっとで、この建物から出れるぞ」

 梅沢は声を出さずに頷く。

「……うう」

 すると、電話の向こうの小倉から、啜り泣く声が聞こえてくる。

「小倉? どうした?」

 心配になり、声を掛ける。

「……やっぱり怖いっす……もう、どうすれば良いのか分からないっすよ……」

 声を震わせる小倉は、さらに続け、

「……一人って、こんなにも怖いものなんっすね。は、初めて感じたっす」

 心細そうに呟いた。

「……」

 そりゃそうだ、さっきまでカオルも居た。その前は中村も居て、外には学生もたくさん居た。

 でも今この世界は、怪物が闊歩する地獄となっている。そんな世界に一人きりなんて、怖いに決まっている。

「小倉……大丈夫だ。俺が居る」

「せ、先輩じゃ、役不足っす……」

 この期に及んで、まだ減らず口が叩けるかと呆れていると――

「せ、先輩に、い、言いたいことがあるっす……」

 言いたいこと……

 俺は今、何だかデジャビュみたいなものが沸き上ってくるのを感じた。

 小倉がこの後何を言いたいのか何となくだが分かり、先に言ってやる。

「ループものの主人公は最強なんだろ?」

「え?」

「どんな主人公補正よりも最強で、とにかく適当に頑張っていれば、だいたいなんとかなるチート性能だったか……」

 たぶん、また小倉はこれが言いたかったのではないかと思う。

 これで間違っていたら、かなり恥ずかしいが、小倉は黙ったままだ。

「あー……だから小倉、俺が何とかして来てやるし、これが終わった後も報告しに行ってやるから安心しろ」

 出来るだけ、優しく声を掛けたつもりだった。

 そもそも優しくするということが、いまいち感覚的に持ち合わせていないせいか、少しぎこちなかったかもしれない。

「……ふひひ」

 不意に小倉は笑い、

「こんな土壇場で、そんなループもの主人公みたいな台詞言っちゃって恥ずかしくないんすか? 後で、枕に顔を埋めて、バタ足の練習をすることになるっすよ」

 と、さっきまで恐怖に震えていた声色でなくなっていた。

「あのな……だからそれは、お前が……」

「DQN先輩」

 小倉は俺の言い訳を断ち切り、

「正直、本当に凄く怖いっす。このまま自分が死んじゃうって思うと、不安で……でも、ちょっとだけ期待してるっすよ……先輩!」

 その後、理由は分からないが電話が切れてしまった。

 すまないな、小倉……頼りない先輩で……

「……」

 電話を終え、ふと梅沢を見てみる。すると、彼女は俺のことを見つめていた。

「……何だよ?」

 物言いたげに見えたので、聞いてみるが、

「いえ……早く行きましょう」

 と、目を背けられてしまった。

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