第6話 ループものの主人公(3/3)
「とりあえず、一からアンタの友人が作ったシナリオのタイムチャートを軽く確認していくわよ。一番最初は、講義中に
「あ、ああ……」
「その
時間帯?
居眠りから目が覚めた後だったから、授業の終わり際だったはずだ。
「確か講義終了の十四五分前位だったはず。十一時四十五分頃か」
そう言うと、中村はまた考える素振りを見せる。
「……それじゃあ、世界が終わって周りが何事もなかった状態に戻ったのは何時?」
と、問われる。
何故そんなことを聞くのだろうか?
細かな時間は覚えていないが……
「授業が終わった頃だから、たぶん十二時位で……あ」
ここまでいって、今更気づいた。
「時間が進んでる……」
俺の思わず出た言葉に「なんで驚いてるのよ! 普通分かるでしょ!」と中村が突っ込んできた。
「それと、その後も
「ああ、その後食堂で周りの人達が共食いをし始めて……気が付いたら空もまた赤くなってたんだ」
「それじゃあ、また似たようなことを聞くけど、世界の終わりが始まる前に
「世界の終わりの前? えっと……確か食堂で飯を食っていた……確か、エビフライ定食だった……」
ここまでで脳内のシナプスが結合され、俺はまた中村に気づかされる。今までの出来事に、今更ながら更に共通点があった。
「そうだ! 俺がエビフライ定食を食べている最中に、また世界の終わりが来たんだ! 世界が終わった後、また元の日常に戻ったんだが、その時エビフライ定食は食い終わっていることになっていた!」
つまり共通点として、二つの世界の終わりの前後を見ても時間が進んでおり、世界の終わりを体感している最中の時間が抜き取られているのだ。
「お、俺?」
小倉が横で茶々を入れてきたが、気にしない。
中村は哀れんだ表情で俺を見つめ、
「……アンタ、本当にそんなんでちゃんと評価してあげられてるの?」
本気で心配される。
とりあえず、彼女は続ける。
「とにかく! ここからは私の予想なんだけど、
中村言った後半の部分が何を言っているの理解出来なかったので、
「……と、言いますと?」
答えを求めた。すると、何処となく楽しげな表情浮かべながら中村は一言申す。
「ずばりSF! パラレルワールドってところかしら!」
パラレルワールド……ねぇ……
「まさか、これも知らないとか言わないでしょうね?」
見下した顔で中村に聞かれるが、残念なことにこれ位なら俺でも聞き覚えがある。簡単に言うと、今この世界とは違うけど似たような世界があるかもしれないという仮説だ。
例えば、俺は小倉に頼まれて中村と話す為にここへ来たのだが、断って家に帰っている世界もあるかもという話だ。
もしもの世界と言うと分かりやすいだろうか。
そんな感じの認識だが、確認がてら説明すると、期待外れだったのか、面白くなさそうな表情をする中村。
「ま、そういうことよ。平行世界って奴ね」
彼女は続ける。
「まず、何で平行世界の可能性を出したかと言うと、ポイントは三つ」
中村は俺の目の前で人差し指を立て、
「一つ目は話を聞く限り、時間の流れが一方通行に進んでるってところ。これは確定じゃないけど、とりあえず前提ってことにするわ。そうしないと話が進まないしね。それを踏まえて……」
続けて中指を立てる、
「二つ目、世界の終わりを迎えたその後、周りの人間は何事もなかったみたいに日常を過ごしてるってこと。これは、世界の終わりが[来た世界]と[来なかった世界]の二つがあるってことにしちゃえば整合性が取れて無理なく説明出来そうじゃない?」
「……そうなのか?」
「そうよ! とりあえず最後まで聞きなさい!」
最後に、薬指を突き出す。
「そして重要な三つ目、主人公が世界の終わりの前に感じた前兆」
「前兆?」
「あれよ、何か
ああ、そう言えばそうだった。気にしてはいたが、深く考えている余裕がなかった。
「その前兆が複線だとするなら、読者に平行世界かもって思わせるように出来ていると思うわ。友人の声がダブって聞こえたシーンの台詞をもう一度聞かせてくれない?」
「えっと……確か……」
頑張って思い出してみる。
「そう言えばさ……今日の……」
「そう言えばさ……え?」
確かカオルはこんな感じで、声がダブっていたと思う。そのことを中村に伝える。
「うーん……文章にしてくれないと分かり辛いけど、このダブった友人の台詞って片方が普段の日常が続いている世界で、もう片方が異変の起こった世界の台詞に思えない?」
当て付けにも思えるが、言われてみればそうだな……
俺は顎に手を当て、
「……この世界が平行世界っていうことにすれば、片方は平和な日常が送られている世界と、もう片方が終わっちまった世界で、分岐したってことか?」
言われたことをまとめる為、自分の言葉で言い直す。
中村が続けて、
「
腕を組み、
「今の話を聞いて予想出来るのは、この位かな。まあ、私の結論を言うとアンタの友達が作ったシナリオはやっぱり典型的で時代遅れの平行世界移動系のループものってところね」
ドヤ顔を見せつける中村に、俺は腹が立つよりも少し感心する。感心しつつ、ちょっと踏み込んだ話をしてみる。
「……どうやったら、解決出来ると思います?」
また、何か言われるのではないかと、恐る恐る尋ねてみが、中村は怒ってくることもなく、一つ咳払いをする。
「そうね……ループものって考えると、今回の話は、
「
中村が何を言いたいのか分からず、彼女の話しを聞く。
「ループもののテンプレは、そのシナリオ内で何かがループの根元みたいな物になっていて、それを止めることがシナリオクリアの条件っていうのがほとんど。かなりベタな展開だけどね」
「……それでループの根元って言うと?」
中村は考える仕草を取る。
「二つぐらい候補があるわ。第一候補は今の所
「……梅沢か」
独り言で俺は呟く。
確かに、梅沢が何かの鍵を握っているのは確かだよな。彼女から全てを聞き出した訳じゃないし、頑なに何かを隠し通そうとしている。
「彼女がとりあえずヒロインポジションで間違いないと思うわ。強引にでも
「A?」
Aって、大野のことか?
饒舌だった中村は口が止まる。中村は腕を組み、目線を逸らす。
「……第二の候補は、
急に中村の表情が険しくなる。
「
「本当……だったら?」
雰囲気が変わった中村の様子を伺いながら聞くと、
「正直、最初から詰みよ」
吐き捨てるように、中村は言い放つ。
「詰み……」
一番聞きたくない答えが出てきた。
「詰みって……何で分かるんだよ?」
「まだ、詰みって分かった訳じゃないわ。あくまで可能性よ。例の壁の正体が完璧には分からないと、まだ何とも言えない。その壁の先に世界が続いているのかどうか確認出来れば良いんだけど……」
壁の先が続いているかどうか?
「悪い、どういう意味なんだ? 壁の先って要は外ってことだろ? そんなの見れば続いているって分かるだろ……透明な壁なんだから」
そう聞くと、中村は睨みつける。
「アンタ……本気で言ってるの?」
「……え?」
俺は中村の剣幕に圧倒されていると、彼女はふと溜め息を吐く。
「ふぅ……もうこれ以上は言わないわ、作家とアンタの成長の為にもね」
中村は方を竦めた。
「いやいや! 教えてくれって! 割と真剣な相談なんだ!」
「五月蠅いわね? これ以上ピーピー騒ぐなら殺すわよ」
指を鳴らし始める中村に、俺は後退りしながら、
「……はい、分かりました」
頷いた。
その様子を見た中村は、俺をさらに睨みつけ、
「いい?
探索と言っても何処を探せば良いのか……それにあの強情な梅沢と話すって、どうしろと?
「まあ、ざっとこんな感じかしら? 考えるって言われても、未完成過ぎて評価に値しなかったけど」
中村が話し終わり、俺達もとりあえず一息吐く。あの見えない壁のショックで、頭の中が真っ白になっていたが、まだ考えることや、やれることがあった。
まだ考えが整理出来ていないが、頭の中には中村から教えて貰った情報が敷き詰められている。
「よく俺が今話したことで、そこまで考えられるよな。中村先輩、アンタ純粋にすげぇよ、何者だ?」
そう言うと中村はきょとんとした顔をするが、しばらくして少し顔を俯きつつ自分の髪をイジりだす。
「べ、別に、こんなの凄くもなんともないわ! アタシが今言ったのはタダのメタ推理よ! メタ推理!」
「メタ推理?」
中村は、徐に自分のノートパソコンに向き直る。
「そのシナリオがどういう傾向なのかとか考えて、作者がどういうことをやりたいのかなぁっていうのを、私が今まで見てきたいろんな本とか漫画とかの内容を比較しながら、結果予想をしただけ。主人公の視点からじゃ分かり辛い部分から推測したズルよ。さすがにその過程や、今後の展開とかは予想出来ないけど」
何を言っているのか半分以上分からなかったが、俺は中村に話して良かったと思えた。小倉はと言うと、俺達の話に飽きたのか、部屋の一角にある自分のパソコンの前に座り、エロゲーを始めていた。
「そ、それで……」
小倉の様子を見ていると、急に中村から声を掛けてくる。彼女は続けて、顔を赤らめながら自身の髪をいじる。
「ア、アンタも私達の今作ってるゲームのシナリオ見たんでしょ?」
……あ。
「あれ、私が書いた奴なんだけど……どうだったの?」
中村が書いたゲームのシナリオとは、まさにあのつまらないテキストである。
「今回のシナリオは、ちょっとだけ自信があるんだけど……部員の奴ら、まともな意見を言ってくれないのよ。アンタなら、ちょっとはまともな感想が言えるでしょ?」
どうする。
確かに言えるよ、つまらなかったって……
でも、正直に言って良いのか? なんだかんだ、この人には恩のような感情も芽生えていない訳ではない。あまり悲しい反応されたくない。
ただ、あのゲームに自信があるっていうのは問題だ。あれを公衆の面前に出すのであれば、それこそ中村トモミの名誉を踏みにじることになるに違いない。
「ちょ、ちょっと! 黙ってないでなんとか言いなさいよ!」
助け船が欲しいと小倉を見るが、
「ふひひ……堪らないっすわこれ……ふひひ」
奴はヘッドフォンを装着し、完全に我々を無視してパソコン画面を見てヘラヘラしていた。
後でアイツは泣かそう。
「さあ! 正直に言いなさい! どうだったの!」
俺は目を閉じ考える。
俺の話を曲がりなりにも、まともに考えてくれた人だ。俺自身も包み隠さず正々堂々彼女と向き合うべきなのだ。
腹を括り、俺は開眼する。
「中村先輩! アンタのシナリオ! めっちゃ、つまらなかったよ!」
「むぎょおおおおおおおおおおおおおおお!」
突如、中村は奇声を発しながら俺に襲い掛かり、泣きじゃくりながらマウントポジションを取りつつ俺の顔に殴る。爪で引っ掻き回され、全身傷だらけになりながら、俺は部屋中を一時間ぐらい逃げ回った。
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