第3話「そして季節は巡るのさ。弐」
学校が終わって、皆教室を出て行く。
部活、委員会、友達と帰る、一人で家に帰る、様々な人がいる。
そんな中で僕は家に帰る人では無い。
「じゃ、また明日」
「また明日。賢人くんは部活頑張ってね」
「あぁ、ありがとう」
わざわざ僕に挨拶をしてから賢人くんは友達と部活に向かった。
鞄に必要な物を詰め込んで僕は教室を後にする。
擦れ違うクラスメイトに「お、柳!明日な!」と声をかけられ「うん、また明日」と返していく。
僕が真っ直ぐ向かう先は校門ではなく、図書室だ。
明日は新歓だけれど僕には関係無い。
毎日、暇を潰す為に放課後は図書室に通っている。
一年の頃から通っているので図書館司書の人とは顔馴染みである。
「お、来たね。柳」
「そりゃ来ますよ、保志さん」
カウンターでニヤニヤと笑みを浮かべて座る司書の保志和真(ほしかずま)。
僕が来ると保志さんは相変わらずにやけてくる。
だけど僕としては一番話しやすい人ではある。
この人も弄(ひねく)れているのだ。
「お前が来ると話し相手になってくれるから、良い暇潰し相手になるんだよ」
「隠しもせずに本音を言ったなアンタ」
保志さんはどちらかと言うと強面な方だ。
しかしそれは生まれつき目付きが悪いからなのだ。
吊り目である。
そのせいであまり青春時代に良い思い出が無いらしい。
可哀想に。
「保志さんってバレーとか、運動出来る人ですか?」
「まぁ一応は出来るぞ」
「……ハァ」
「なんだその見損なった、みたいな目は」
僕の仲間だと思っていたのに、保志さんは運動が出来る様だ。
羨ましい限りだ。
「去年も同じ事聞いてきたじゃねぇかよ」
「今年もあの行事がやって来た」
「……嗚呼、新歓な」
保志さんは顎に手を当て考えた。
そこだけ切り取って見ればなかなか格好良かった。
本人に言ってしまえば調子に乗るので絶対に言わないけれど。
「そう言えば、去年は散々だったって言ってたな」
保志さんが笑うから僕は去年の新歓の事を思い出してしまった。
人並みに動けはするが上手いと形容される程、僕のバレーセンスは凄くない。
遅刻して行こうかと思ったが、流石に遅刻はマズいだろうと考えて普通に行った。
あの時遅刻をしていれば、と過ぎた事を考える。
「顔面レシーブする奴なんていたんだな」
初めてのバレーの試合。
僕の目の前にボールが迫っていた。
そして僕の視界は真っ黒に覆われた。
迫り来る青と黄色のバレーボールを良く覚えている。
僕は顔面でバレーボールを受けたのだ。
コートの中で尻餅を付いて顔を抑えた。
鼻がヒリヒリと痛み、只でさえ低い鼻が更に低くなっていないかと心配していたが問題無かった。
「……今年はやりたくないな」
クラスの人には笑いながら心配され、僕は随分と惨めな思いをした。
それを思えば僕の気持ちは当たり前だ。
「何言ってるんだ。行けよ。参加しろよ」
しかし保志さんはそんな僕の思いを分かっていない。
運動が出来るからそんな事が言えるのだ。
しかも僕の隣にはサッカー部の井伊賢人くんが居るのだ。
「賢人くんの近くにいるから運動出来る奴だと思われてるんだよ……」
「ご愁傷様だな」
項垂れる僕を保志さんは慰めてくれる。
保志さんの優しさが胸に沁みる。
でもバレーを頑張りたいとかは思えなかった。
「皆でワイワイなんて、今しか出来ないんだから、今の内に楽しんでおけよ」
「……ん」
保志さんはカウンターに肘を付いて何処か懐かしむ様に微笑んだ。
その笑顔が切なげで僕は保志さんから目を逸らす。
僕は保志さんのたまに見せる大人の表情が苦手だ。
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