第2話「そして季節は巡るのさ。壱」

佐々木朝。

それが転校生である彼女の名前だった。

朝、と言う名詞を名前に使うとは随分珍しいと思う。

だが嫌いではない。

寧ろ好きだ。

佐々木朝は太陽の様に煌めいていると言う。

笑うとキラキラ輝くのだと言う。

僕は話した事が無いから分からないけれど、挨拶されたと言う男子生徒が泣きながら喋っていた。

「……俺ッ、もう死んでもいい……ッ!」

それは大袈裟ではないだろうか。

僕は一応「死ぬべきではないぞ」と言っておいた。

それ程までに、我がクラスに転校してきた佐々木朝という女子は影響力が凄かった。


秋田から此処に来たと言っていた佐々木朝は言うだけあって肌が白い。

いや、クラスの女子が黒いとかそういう事ではなくて、断じて無くて。

白の度合いが違うのだ。

スカートから伸びる足であったり、制服の袖から少しだけ出ている指であったり、佐々木朝の頬であったり、とにかく白い。

それはもう病気ではないのかと言う程に白いのだ。

まぁそれが何だと言いたくなるだろう。

僕だって女子が白だろうと黒だろうとどちらでも構わない。

だけど、女子はそういうのを気にする生き物だ。

「なんかさぁ、佐々木さんの隣に立ちたくないね」

「ね。ウチら黒くないのに黒っぽいって言われちゃうしね」

ヒソヒソと話していても聞こえるのだ。

僕は成程と思いながら読書に勤しむのだけれど。

「ねぇ、佐々木さん」

僕が読書に集中している時、耳に馴染んだ声がした。

井伊賢人よ、遂に来たか。

僕はある程度の予測をしていた。

あんなに可愛いと騒がれている佐々木朝だ。

賢人くんが目を付けない訳が無い。

僕は活字を追いながら耳は賢人くんの声を拾おうとしていた。

「えっと……?」

「俺は井伊賢人。好きに呼んで」

「……あ、よろしくお願いします」

「あはは、そんな畏まらないで。気軽に話そうよ」

背中が痒くなる程、僕は賢人くんの言葉に鳥肌が立った。

あんな言葉、彼ぐらいしか使わないだろう。

恥ずかしく思わないのか。

井伊賢人はそういう人間だから恥ずかしくないのである。

僕は赤面してしまいそうになる。

「それで、私に何か御用ですか?」

「いや、折角同じクラスなんだから仲良くなりたいと思ってさ」

「はぁ……」

何ともまぁ気のない返事を返したものだ。

しかし僕にはそれが好印象であった。

佐々木朝は顔で人間を選ばないようだ。

「そうだな、この後少し……」

賢人くんの言葉を遮る様に授業開始の合図が鳴る。

良いぞ、ナイスタイミングだ。

僕は心の中で親指を立てた。

本を閉じて机の中に仕舞う時、ふと背中に視線を感じた。

「……」

そろそろと横目で確認すると視線の先には佐々木朝が居た。

どうして僕を見ているのだろうか。

クラスのモブキャラである僕には転校生と関わるイベントは存在しない。

ひっそりと生きていくから、君も邪魔をしないでくれよ。

そう思いながら僕は黒板に視線を戻した。



佐々木朝が転校してきて一ヶ月程経った。

まだ慣れないのか、一定の友達は出来ていない様だ。

休み時間中はずっと一人で過ごしている。

たまに話しかけられる事はあっても自分からは話に行かないらしい。

「さて諸君。明日はいよいよ新入生歓迎球技大会、略して新歓の日である」

いつもはやる気の無さそうに目を開かない先生が、最大限まで開けている。

「種目はバレーボール……いいか、バレーを舐めるなよ、お前ら」

担任は男子バレーボール部の顧問である。

こんなやる気の無い先生でも高校生の時はバレーでそこそこの活躍をしていたらしい。

だから、バレーにかける情熱だけは常日頃から持っている。

「しかし俺達の最大の敵は、北村先生のクラスだ」

北村先生と言うのは、三年生の担任を受け持っている先生の高校の頃の先輩だと言う。

その先輩にはお世話になったが、バレーでは負けたくないのだと先生は語る。

いや、先生が幾ら熱く情熱を燃やそうとも俺達のクラスが一致団結して盛り上がらない事には始まらないのだと僕は思う。

「よっしゃ!先生の為に俺達頑張るぜ!」

「おう!」

男子が思いの外盛り上がっている。

僕の心配は杞憂に終わってしまった。

女子は呆れた様に盛り上がる男子を見ている。

先生と男子諸君はいまいち盛り上がっていない女子を置いて、作戦をどうするかと言う話し合いを始めている。

嗚呼、こういう時彼が発言をするのだ。

「最初で点を取っておいた方が良いと思うんだ」

井伊賢人、お前はサッカー部エースだろう。

何故出しゃばっているのだ。

言葉にはしないが、僕の胸の内は穏やかではない。

別に僕は彼の事が嫌いではないが、かと言って好きでもない。

賢人くんが僕を利用しているように、僕は僕で彼を利用している。

お互い様の関係なのである。

彼は気付いていないだろうけれど、僕は気付かれても構わない。

僕は我関せずと新歓のバレーの話し合いには参加せず、一人文庫本を開いた。

「おい、柳。お前も話し合いに参加しろよ」

読みかけのページを探している時クラスメイトの一人に声をかけられた。

他にも参加していない男子はいるのに何故僕に声をかけたのか。

答えは至って簡単だ。

井伊賢人の近くに居るからだ。

とりあえず声はかけておこうぜという心理が手に取って分かる。

「ありがとう。でも僕はいいや。そういうのはよく分からないし、適当に決めてくれて構わないよ」

「そうか?分かった。適当に決めとくわ」

「うん、ありがとう」

人当たりが良い様に、相手を不愉快にさせない様に、僕はいつも神経を尖らせている。

僕は一人で居たいけれど、それはクラスメイトに嫌われても良いと言う事とイコールでは無い。

これから先、社会で生きて行く為にはこういう所で躓いてはいけないと僕は思う。

そして、先生も話し合いに参加し、女子はおしゃべりをして、この時間の授業は終わりを告げた。


「柳一成(やなぎいっせい)は気付かない」

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