エピローグ

エピローグ

「中野隊長、なんとか上陸できてよかったですね」

「全くだ。九死に一生だよ。よくこんな岩礁だらけのところを、ぼろボートで乗り切れたもんだ」

「海図もコンパスも電子装備も全部流されちゃったから、ここの場所が特定出来ないですね」

「まあ、おいおい脱出手段を考えるさ。加藤、ボートは岸に上げておこう。傷みがひどいから、海が荒れた時にどっかにぶつかると壊れちまう」

「いえっさー」


◇ ◇ ◇


「塔みたいのが一つあるだけで、無人みたいだな」

「どうします? 入ってみますか?」

「選択肢は他にないよ。俺たちには水も食料も何もない。とりあえず今は命があるってだけで、このままなら飢え死にだ」

「ううー、考えたくないけど、確かにそうだ」


 ぎいっ!


「隊長、気のせいか、さっきまで人が住んでたような気配がするんですが……」

「前田、俺もそう思う。建物自体が暖かい。ここがダイニングかなあ」


 きいっ。


「うおっ! 暖炉に火が入ってるよ」

「あったけー」

「ちゃんと薪が用意してあるよ。すげー」

「ふう。この分だと水や食料もありそうだな」

「でも、誰が住んでる、もしくは住んでたんですかね」

「さあ、それは分からん」

「あ、隊長。テーブルの上になんかありますよ?」

「ラジオ……。またクラシックなデザインだなあ。生きてるんかな?」


 ぱちっ。


「生きてるみたいだな。音は小さいが聞き取れる。でも、この放送は……」

「うん、僕も全然聞いたことがない言葉です」

「音楽も何もなしで、ナレーションだけかあ。意味分かんないしなあ」

「ん?」

「どうしたんですか? 隊長?」

「何か、書き置きがあるな」

「は?」


 ラジオをウエイト代わりにして置いてある薄い木片に、小さな文字が書き並べられている。三人が顔を寄せ集めた。


 『次のお三方へ


 ここにはあなたの過去はありません。あなたの未来はここにはありません。この島にあるのは、ただ『今』だけです。あなた方三人がどのような未来を選ぶのか、わたしたちには分かりません。ですが、わたしたちはわたしたちの手で未来を選びました。どうか、それが本当に未来につながるものであることを祈ってください。そしてわたしたちもまた、この島で暮らすことになる三人の方の未来に幸多からんことを心から祈りたいと思います。


 最後に。この島のルールを書き残します。この島の定員は三名です。欠ければ補充され、増えれば誰かがいなくなります。それだけです。どうか、悔いを残さぬようにお過ごしください。


 先に旅立ったクーベ、ダグ、リロイにいっぱいの感謝と惜別を込めて。

 旅立ちの日。リファ、トマス、メイオ記す』


 読み終えた三人は、互いに顔を見合わせた。


「おい、これって」

「過去がない? 変なこと言うなあ」

「む……」

「隊長、どうしたんですか?」

「加藤、前田。考えろ。俺たちはどこから来た? 何のために来た?」

「えっ? そりゃあ……あ、あれ?」

「なんか思い出せなくなってる」

「隊長は?」

「俺もだ。ここへ上陸してから先の記憶しか辿れないんだ」

「……」

「……」

「まあ。先に水と食料を確保しよう。まず、俺たちが生きること。そうしないと何も考えられん」

「そうですね」

「いえっさー」


◇ ◇ ◇


 島はどこもかしこも花に覆い尽くされていた。それは『今』。繰り返される生命の営みは変わることなく、過去も未来もひたすら置き去りにして。


 ただ無心に春を謳歌している。



【 了 】


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