第六季 春再び 旅立ち

一日目

「ようし! 少し帆を緩めろ! テールを回せ!」


 クーベが、きしから大きな声でぼくらにめいれいを出す。ぼくはかじを、おねえちゃんはほをひっしにうごかしてる。


 いかだって、どんなのかそうぞうできなかったけど、おもったよりもずっと大きかった。ほがいっぱいに風をうけたら、すっごい早くはしる。でも、おきに出るちょっと手まえで、いつもかぜがなくなっちゃう。そして、なみにのせられてもどっちゃう。でもクーベは、今はそれでいいって。いかだを回して、きしにもどす。


「うん、もうほとんど完璧だな。あとは風だ」

「そうなんだけど、なんでいつもあそこんとこで風がなくなるわけ?」

「さあね。ダグはあの空飛ぶ船で裏をかいたけど、普通は出られないんじゃないかな」

「出られないって、島から?」

「そう。これだけの住人が、今まで最終日が来るまでみんなじっとしてたわけないと思う」

「あ、そっか。なるほどね」

「泳げば波に押し戻され、船を作っても風を受けられず、カヤックも潮に戻された。本当に閉じ込められてきたんじゃないかな」

「……わたしたち、出られるの?」

「多分だけど。入れ替えがある時が、警戒が緩む唯一のチャンスなんだよ」

「そっかあ……」


 クーベとおねえちゃんのはなしは、むずかしくてよくわからない。ぼくは、ふつうにはなしてるクーベのかおを見て、とってもかなしくなった。さいしょ、クーベがこのしまを出るってきいたときは、しんじられなかった。まだ、次の人はきてないのに。おねえちゃんに、クーベにはなにかじじょうがあるってきかされたけど、おねえちゃんもそれがなにか知らないんだって。やさしくて、ものしりのクーベがいないなんてかんがえられなかった。だから、いっぱい、いっぱい、ないた。


 でも。ぼくにも、なんとなくクーベがかわってくのがわかった。かみがのびて、長くなって、まっ白になっちゃった。それと、からだはそんなにかわらないのに、かおがすっごくほそくなった。まるで、クーベじゃなくてべつの人みたいだ。それに。ぼくやおねえちゃんといっしょに、いずみで体をあらわなくなった。見ちゃだめって。おねえちゃんは、そんなクーベを見るのがつらそうだった。クーベはいつもどおりだったけど。


「さて。昼飯前に少し草を摘もうか」

「干し菜は?」

「もう作んないよ。僕も、リファたちも出発直前だからね」

「そっか……」


 クーベやおねえちゃんが見ているしゃめん。ぼくがはじめて見る、花ばたけ。きれいなだけでなくて、食べられるんだって。ぼくは、もうちょっとこのしまにいたかったなーって思う。きっと、ぼくの知らないおもしろいことが、もっといっぱいあったんじゃないかなあって。でもそう言ったら、おねえちゃんにわらわれた。


「島を出たら、ここなんかとは比べものにならないくらい、いっぱいおもしろいものがあるわよ」


 そっかあ。ぼくは見てないからわからないだけかも。そうかんがえたら、わくわくするなあ。クーベとわかれるのはかなしいけど。でも、わくわくするなあ。ぼくがしゃめんをだだーっとかけ上がるのを、下でクーベとおねえちゃんがわらいながら見てる。


 てっぺんまで上がって、ぐるっと見回す。うみもそらも、きょうはほんとうにきれいだ。うみはうすみどり色。そらはうすい水色。そして、ぽっかんぽっかんと白いわたぐもがういてる。あれにのっていけたら、らくちんでいいのになー。


 ぼくは足もとを見まわす。ぼくの足は、いろんな色のお花でうまってる。こんなきれいなの、見たことない。クーベは、花ばたけは、ほんの少しのあいだしか見られないよって言った。ぼくはここを出るまえに見れて、うんがよかったかもしれない。


 てっぺんのはんたいがわは、岩がごつごつしてて、きゅうで、すっごくくさい。そっちがわは、とりたちがたまごを生んで、ひなをそだてるところなんだって。おねえちゃんは、たまごはおいしいって言ったけど、ぼくはしおづけたまごはすきじゃないなー。はんたいがわもおもしろそうだけど、またもどるのがおそくなって、おねえちゃんをおこらせちゃう。きょうは、やめとこう。


 ぼくはしゃめんをおりようと思って、足もとを見た。


 どっきーーーーーん!! な、な、なにかいるっ! くさの中に……女の子? ぼくはすっごくびっくりして、しゃめんをかけおりながら、大ごえでクーベとおねえちゃんをよんだ。


「クーベ! おねえちゃん! ちょっときてーっ!」


 くさをつんでたクーベとおねえちゃんが、ゆっくりぼくの方にちかづいてきた。


「トマス、どうしたー? なんか変わったもんでもあったかい?」


 ぼくは、だまって女の子をゆびさした。


「お、新しい住人か……」


 そう言ったクーベが、ねむってるその子をだき上げた。さいしょびっくりしてたおねえちゃんも、ゆっくりとほほえんだ。


「ねえ、クーベ。これでスケジュールが決まったってことね」

「ああ、僕の立てた予定表と、ほとんど狂いがない。ダグの時はトマスが後で来たけど、今度は先だってことだね」

「……そうね」

「リファ。これも初めてだよ。次の住人が着いて、たった二日で島を出るなんてね」

「ふふふ、そういうことになるのね」

「違うの?」

「いえ、そうよ」


 クーベがその子をだいて、ゆっくりしゃめんをおりてく。


「さあ、昼飯にしよう。恒例の儀式もあるし。この子の名前も聞かないとね」

「そうね。準備します。トマス、ぼーっとしてないで、昼ご飯の支度を手伝ってね」


 あ。


「は、はあい」


◇ ◇ ◇


 ぼくらがおひるごはんのしたくをしてるあいだ、その子はだんろのまえにねかされてて、よーくねむってた。ぼくはずーっと気になってたけど、おこすわけにいかないし。五、六さいくらいなのかなー。ちゃいろいかみ。白いはだ。手や足に、いっぱいあざがある。だれかにたたかれたのかなあ。いたそう。かわいそうに。


「トマス、よそ見してないで、お皿運んでー」


 おねえちゃんに言われて、しぶしぶおさらをとりにいく。もうちょっと見させてくれたっていいのに。


「なに、トマス。あの子が気になるの?」

「うん」

「そんなの、これからいくらでも知ることが出来るわよ」

「えー?」

「ここから出る時には、あの子も連れていくから」

「ええーっ!?」


 ぼくは、すっごくびっくりして大ごえを出した。そしたら、その子がおきちゃった。


「お、目が覚めたか?」


 目をあけたその子は、ゆっくりとへやの中を見まわして、それからぼくらのかおをひとりずつじっと見た。クーベが、しゃがんでその子にはなしかけた。


「君の名前は?」


 その子はきょとんとしたかおで、じっとクーベを見てたけど、下をむいて小さなこえでこたえた。


「……メイオ」


「メイオ、か。いい名前だね。お腹がすいただろう? ご飯にしよう」


 ぼくのときもそうだったけど、クーベのこえはおだやかで、とってもやさしい。あん心できる。メイオも、ほっとしたのかな。いすにちょこんとすわった。ぼくらがつかってるフォークとスプーンは、メイオには大きすぎたみたいで、つかいにくそう。おねえちゃんが、おさかなやおやさいを小さくきって、メイオのスプーンにのせてあげてる。メイオは、おいしそうにぱくぱく食べてる。おなかすいてたんだね。


 ごはんがおわったら、クーベとリファがテーブルの上をかたづけた。それから、もういちどみんなでいすにすわった。クーベがメイオにはなしかけた。


「メイオ。お父さんやお母さんのこと、自分がどこから来たか、覚えてる?」


 メイオがくびをふりながらこたえた。


「……ううん」


「そうか」


 クーベがにこにこわらう。


「メイオ、僕はクーベ」

「わたしはリファよ」


 えと。


「ぼ、ぼくはトマス!」


 メイオはもういっかい、ぼくらをゆっくり見回した。クーベがまたメイオにはなしかける。


「ここは変な島でね。誰かが来ると、誰かが出ないとならない。そんなの寂しいじゃないか。だからあさって、みんなで旅に出ちゃおうって話してたところさ。分かる?」


 しばらーく、じっと下むいてたメイオが、うんとうなずいた。おねえちゃんがこえをかけた。


「一緒に行こう?」


 おねえちゃんのやさしいえがおに、すいこまれるように。メイオはうなずいた。


「うん」


 わーい。いっしょに行く子がふえたー。たのしくなりそー。


「ちょっとトマス!」


 おねえちゃんがぼくをにらむ。


「浮かれてるけど、ちゃんとメイオの面倒見てよ。これで未来が一人分増えたんだから」


 ええと。みらい、ってなんだろう? わかんないけど、ぼくはメイオのおにいちゃんていうことになるんだよね。うん。しっかりしなきゃ。


「わかったっ!」

「ほんと、返事だけはいいんだから」


 ぶつぶつ言うおねえちゃん。でも、ほんとにぼくがんばるよ。わがまま言わない。にこにこしながらぼくらを見てたクーベが、ポケットからごそごそとなんか出した。


「ああ、こんな気楽なコイントスは初めてだよ」


 そう言ったクーベが、きらきら光るまるいものを、テーブルのまん中にぽんとほうり出した。ちん! からからから……。それはころがって。クーベのところにもどっていった。


「……やっぱりね。じゃあ、僕がカギになるな。タイミングを合わせないと」

「タイミング?」


 おねえちゃんが、ききかえした。


「そう。僕がここを出るぴったり同じタイミングでリファたちも出ないと、すぐ閉じ込められちゃう可能性が高い」

「そっか……」

「最後の最後まで、僕らは死に物狂いでがんばらないとだめだってことさ」


 クーベは。そう言ってまじめなかおになった。えーと。


「ねえ、クーベ。そのきらきら光るのはなに?」


 クーベが、それをぼくにむけてかざした。


「コインだよ。ここじゃあ、ほとんど役に立たない残酷なコイン」

「もうつかわないの?」

「使わないね。でも、これをおもちゃには出来ないよ。これには、いろいろな住人の悲しみが染み付いてる」


 クーベは、それをだんろの中にぽーんとなげこんだ。


「あっ!」


 もったいないなー。きれいだったのに。でもクーベは、おこったようにかおをそむけた。


「もう、たくさんだよ……」


◇ ◇ ◇


 ばんごはんまでのあいだ、おねえちゃんはとってもいそがしそうだった。メイオがきるふくや、もたせるにもつをそろえないとならないって。ぼくもてつだおうとおもったけど、言われちゃった。


「トマス。あなたがここに来た時、ものすごく寂しかったでしょ?」

「うん」

「だから、メイオが寂しくならないように、いっぱい遊んであげて。外はぽかぽかあったかいし、海も花畑もきれいよ」


 そうだね。ぼくらはしまを出ないとなんない。今のうちに、いっぱいあそんどかなきゃ。ぼくはメイオの手を引っぱって、しまのあちこちにつれてった。花をつんだり。小ざかなをとったり。かにをつかまえたり。きれいな石をひろったり。


 さいしょのうちはわらわなかったメイオが、だんだんはしゃぐようになってきた。ぼくは、とってもうれしかった。ああ、ぼくはひとりじゃない。だからメイオもひとりにしちゃいけない。ぼくがメイオをまもってあげないとね。ぼくも、おねえちゃんやクーベにまもってもらったんだから。


 おとなになる。クーベに言われたこと。ぼくがメイオをまもってあげるには、ぼくはもっとつよくならないと。もっとおべんきょうしないと。もっとやさしくならないと。それが、おとなになるってことなのかもしれない。


 ぼくらは、くらくなるまでいっぱいあそんだ。おねえちゃんがとうから出てきて、大ごえでぼくらをよんだ。


「トマス! メイオ! ごはんよーっ!」


 夕やけを見てたメイオがぱたぱたはしってきて、ぼくのうでにぶら下がった。


「おにいちゃん。いこうよ」


 ぼくは。なきそうになるくらい、うれしかった。


◇ ◇ ◇


 ばんごはんのとき。メイオはいっぱい食べた。ぼくが花ばたけで見つけたときよりも、ずっとげんきであかるくなってた。でも、なにかはなしをするときに。かならず下をむいちゃう。ぼくらの目を見てはなさない。それって、とってもへん。ごはんがおわって少ししたら、おねえちゃんに言われた。


「トマス。今日はトマスのベッドにメイオも寝かせてあげて」

「いいの?」

「もちろんよ。メイオ、それでいい?」


 下をむいてたメイオが、ぱっとかおを上げて大きなこえで言った。


「うんっ! おにいちゃんといっしょにねるっ!」


 おねえちゃんがうれしそうに、メイオのあたまに手をおいてはなしかけた。


「ねえ、メイオ。トマスといっぱいおしゃべりしなさいね。黙っていたら、気持ちが分からないの。伝わらないの。わたしたちが旅に出るまでほとんど時間がないけど、それまでの間に、いっぱいおしゃべりできるようになってね」


 メイオは。あたまにあったおねえちゃんの手をむねにだくようにして、なきながらなんどもうなずいた。


「うん……うん……」


◇ ◇ ◇


 なんだよう。ぼくのベッドでおしゃべりしようとおもったら、メイオってば、あっというまにねちゃった。でも、しょうがないよね。ぼくもここにきたばかりのときは、おねえちゃんといっしょにねてもらって。あっというまにねむっちゃったから。


 いいんだ。きょうでなくても。ぼくらは、これからずうっといっしょだ。いっしょにたびをするんだ。これからはずうっとメイオとあそべる。おしゃべりできる。うれしいなあ。


 でも、まずしまを出ないとならない。ぼくは自分のできることは、自分でしないとならない。もう、少し。もう、少しがんばろう。がん……ばるぞ。がんば……るんだ。


 すう……すう……すう。


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