第五季 二度目の冬 決心

一日目

「ほら、トマス! 早く起きてっ!」


 耳もとで大きなこえがして、ぼくはあわててベッドからおりる。つ、つめてーっ!


「そんな踊ってないで、早く顔洗ってきて。ご飯だよ」


 おどってなんかいないよう。ゆかがつめたかっただけだよう。でもおねえちゃんは、ぼくがぶつぶつ言うのをきいてくれない。言うだけ言って、さっさと行っちゃう。ちぇー。いずみのつめたい水でかおをあらうのはいやなんだけど、さぼったらすぐにばれちゃう。ぱちゃぱちゃと水をかけて、かおをタオルでふいた。これでいいや。


 ダイニングに行ったら、おねえちゃんしかいなかった。あれ?


「おねえちゃん、クーベはどこに行ったの?」

「昨日、海が大荒れだったでしょ」

「うん、すっごくかぜとなみの音がうるさかった」

「難破船が出たんじゃないかって。確かめに行ったの」

「ええと。なんぱせんてなんだっけ?」


 何回きいてもよくわかんない。見たことないんだもん。


「嵐で壊れちゃった船のことよ」

「ふうん……」


 ぼくは、なんとなくやなかんじがする。


「おねえちゃん、そのふねにのってた人はどうなるの?」

「さあ……」


 おねえちゃんはさびしそうなかおをして、まどの外を見た。


「分かんないわ」


 おねえちゃんがキッチンになべをとりに行ってるあいだに、クーベがかえってきた。


「お、トマス、おはよう」

「おはよー、クーベ」

「今日も、リファに起こされたんだろ」

「ぶー」

「図星か。あっはっは」


 クーベは早おきだもん。早すぎだもん。ぼくがねぼうしてるわけじゃないよう。おねえちゃんがキッチンから出てきて、クーベにきいた。


「どうだったの?」

「第一弾だな。難破したのは一艘じゃなさそうだ。今日は忙しいぞ」

「そうね。がんばらなきゃ」


 きょうは何かあるのかな?


「トマス。冬の間の生活が楽になるか、苦しくなるかは、僕らの頑張り次第だ。目一杯手伝ってくれよ」


 なんかわかんないけど。ぼくは、うんと言った。ごはんをたべたら、がっちりあつぎをした。ほんとうにさむいんだって。やだなー。


「食料は?」

「思った以上に流れ着いてる。また荒れてきそうだし、今日は無駄口なしでがんばろう」

「そうね」


◇ ◇ ◇


 ふくろとひもをもって。ぼくらははまべに行った。


「うわああああっ!!」


 こんなん、見たことないっ! すっごおいっ!


 木のはこがあっちこっちにころがってて。クーベがそれをてつのぼうでこじあけて、中みをしらべてる。


「よーし! これはいけるだろう。粉が出て来た。ほとんど水もついてなさそうだ」


 おねえちゃんが手をたたいてよろこんでる。そんなにおいしいものなんかなー。ぼくはどれがいいもので、どれがやくに立たないのかわかんないから、クーベにききながらふくろにいろんなものを入れた。たしかにいそがしいなあ。ぼくが見たいものや、おもしろそうなものをさがしてるひまなんかなさそうだなー。つまんないの。


 食べものをいっぱいひろったあとは、こんどはたきぎをあつめるんだって。これは、ぼくもがんばらないとだめって、よーくわかる。だって、火がきえちゃったらさむくてがまんできないよ。ぜったいがまんできない。すごく少なくなってた、たきぎの山がどんどんつみかさなって。ぼくはすっごくうれしくなった。これで、いっつもあたたかくすごせるなー。


「よーし。第一陣としては、こんなもんかな。午後は、拾い残しがないかどうかチェックするくらいにしておこう」

「ねえ、クーベ」


 ぼくは、きいてみる。


「おひるごはん食べたら、はまべにおちてるものであそんじゃだめ?」


 クーベは、ふつうのかおでへんじした。


「構わないよ。なんかおもしろいものが落ちてるかも知れないし。ただ、夕方からまた荒れ始めるだろうから、日がかげって来たらすぐに塔に戻れよ。風邪ひくぞ」

「わかったー」


 わーい。なんかいろいろさがして、たんけんしてみようっと。


「あ、トマス」

「なに、おねえちゃん?」

「いろいろ探して回るんだったら、紐とか、糸みたいなのが落ちてないか注意して見てくれる?」

「どして?」

「この島じゃ作れないの。服を繕ったり、寝具を直したりするのに絶対に必要なんだけど、なかなか手に入らないからね」


 そうかー。ぼくは糸とかそういうのって、どうやって作るかしらないからなー。


「うん、わかったー」


◇ ◇ ◇


 おひるごはんは、とってもごうかだった。ぼくのたべたことがないものが、いっぱい出てきた。


「ねえ、クーベ。これ、なに?」

「ああ、そりゃあチーズだ」

「ちーず? おいしいなあ。このしまじゃとれないの?」

「そりゃあ無理だよ。こういう難破船に荷として積まれてた時だけだな」

「そっかー。ざんねんだなー。あ、これは? あまずっぱくて、すごくおいしい」


 おねえちゃんが、目をさんかくにしておこってる。


「トマス! そればっか食べないのっ! わたしだって食べたいんだからっ!」

「はーい……」

「はっはっは。それは干した果物だな。イチジク、ブドウ、リンゴ。どれも、この島じゃ採れないからね」


 なんぱせんて、おいしいんだなー。でもふねにのってた人は、もうこれを食べられなくなっちゃうんだよね。きっと。それは……かなしい。とってもかなしい。


 ぼくは、ごちそうの前でかんがえてみる。だれかがいなくならないとおいしいものを食べられないなんて、いやだ。でも、だまっててもごはんは出てこない。どっかから、食べるものを見つけてこないとなんない。

 クーベも、おねえちゃんも、どうやってた食べものを見つけるかをぼくにおしえてくれる。でも、食べることのいみはおしえてくれない。そうだよね。ぼくだけじゃなくて、きっとクーベにもおねえちゃんにもそれはわかんないんだろなー。


 前にクーベに言われたこと。このしまのきまり。だれかがふえたら、だれかが出ていかないとならない。もし、ぼくが出ていくことになったら。ぼくは、なんぱせんにのってた人と同じになっちゃうのかなあ。そんなん、やだよう。でも、じゃあ、どうしたらいいのかってわかんない。いっつもおねえちゃんに言われてるみたいに、べんきょうしないとだめなのかなー。べんきょうきらいだけど、でもがんばっていろいろおぼえたら、方ほうがわかるのかなあ。


「こら、トマス! 考え事しながらご飯食べないの。ぽたぽたこぼして。全くぅ」

「あ、ごめんなさい」


 いけない、いけない。せっかくのおいしいごちそうなんだから、しっかり食べなきゃ。かんがえるのはあとにしようっと。ぼくは、おさらにのこっていたチーズとかおさかなを口いっぱいにつっこんだ。


「ははは、いくら早く遊びたいからって、そんなに慌てなくてもいいのに」


 ちぇー、クーベにまたわらわれちゃった。


「食べ終わったら、お皿をキッチンに下げてね」

「はあい」

「じゃあ、俺は倉庫の片付けをしてくるから、用があったら呼んでくれ」

「わかったー」


 クーベもおねえちゃんもいなくなって。ダイニングにぼくひとりがのこる。なんか、めっちゃさびしい。早くあそびに行ってこようっと。


◇ ◇ ◇


 うー、さぶぅ。でも、ほんとうにいろんなものがながれついてて、あきないなあ。あのあと、クーベにもたのまれたんだよね。ながれついてるはこの中に、くぎとか、のこぎりとか、ナイフとか、かなものが入ってたらおしえてほしいって。そうだよね。このしまには、そんなの作れる人はいなさそうだもん。あるものつかうしかないもんな。


 ぼくは、さっき三人でひろいに行ったとこじゃなくて、クーベが『わん』て言ってるとこに行ってみた。さっきのはまべは、だいたい見ちゃったから。クーベは、ぼくがわんに行くって言うと、あんまりいいかおしない。あそこはなみが高くて、なみにさらわれるきけんがあるからって言う。でも、ぜったい行っちゃだめとも言わない。


「どんな危ないことがあるかは知ってるんだから、用心していけばいいよ」


 うー。ぼくは、まだクーベがどんな人か分からない。しんせつなことはわかる。ぼくやおねえちゃんをよくからかう。おこったのを見たことがない。そして……ときどき、ぞっとするほどつめたい。だって。クーベはぼくがたのしかったりかなしかったりしても、あっさりながしちゃうんだもん。おねえちゃんは、いっしょにわらったり、ないたりしてくれるのに。ああ、いけない。クーベに言われてたんだ。かんがえごとしながらあるいちゃだめだよって。


 わんの一ばんはしっこまで行って見まわしてみた。そこがこわれちゃったボートみたいのが、岩のあいだに引っかかってる。ながいロープがそこらへんにいっぱいからまってて、小ものもいろいろおちてるみたいだ。ひもとか糸が少ないって言ってたよね。クーベにしらせてこよう。


◇ ◇ ◇


 ぼくがよびに言ったら。クーベだけでなくて、おねえちゃんもついてきた。あぶないのになー。三人で、わんのはしっこまで行って。クーベがぼくのゆびさした方を見た。クーベはそれを見て、すごくこうふんしてた。


「すごいぞ、トマス! こりゃあ、本当にすごい! おまえの発見は大したもんだ!」


 えへへ。なんか、うれしい。


 クーベは、なみや岩のごつごつをきにしないで、さっさと下におりた。そして、ロープやボートのようすをたしかめてた。それから、岩の上でまってたぼくらにむかって大きいこえを出した。


「リファ! トマス! 下からいろいろ引っ張り上げるのを手伝ってくれっ!」

「はあい」

「いいよー」


 ぼくがもてるかなーってくらい太いロープをもって、クーベが上がってきた。


「工具箱が流れ着いてる。中には糸や針もありそうだ。最高の拾いもんだよ」


 そう言って。ぼくのあたまをくしゃくしゃっとなでた。えへへ。やりぃ!


 三人で、ロープを引っぱる。こうぐばこはすっごくおもかったけど、ぼくはがんばった。はこを引き上げたら、クーベがはこをかたむけて、ざあっと水をすてた。


「これでいくらか軽くなるだろう。さて、もう一仕事だ」


 あれ? ぼくと同じように、おねえちゃんもくびをかしげた。


「ねえ、クーベ。これが目的じゃなかったの?」

「ああ、もちろんそいつは大事だけど、トマスの大発見は、下に転がってる方だ」


 下にころがってるって……。あとはこわれたボートだけだよ?


 でもクーベは、ぼくたちになにもせつめいしないで、また下におりた。こわれたボートの先っぽに、ロープをしっかりまきつけて。なみうちぎわの岩をつたいながら、はまべへもどっていった。そして、はまから大ごえでぼくらをよんだ。


「リファ、クーベ、これを引き上げるのを手伝ってくれ!」


 こうぐばこはどうするんだろう? でも、クーベはぼくらをいそがせてるように見える。ぼくとおねえちゃんがクーベのところにもどったとき。うみはまたあれはじめた。打ちよせられてたボートが、ぐらぐらゆれてる。


「さあ、力一杯引っ張ってくれよ。もしかしたら、これが最初で最後のチャンスかもしれないからね」


 なんのチャンスなんだろう? わかんないけど、クーベのかおはものすごくしんけんだった。岩に引っかかっていたボートが、大きななみでふわっとういた。


「引っ張れえっ! 絶対沖に持ってかれるなーっ!」


 すごいこえ。ぼくはがんばって引っぱったけど、ボートはぎゃくにうみの方に引っぱられてく。


「ちっ! ダグがいないのは、こういう時辛いな」


 クーベが少しいらいらしたみたいに言った。


「次の波が来た時に、全力で引いてくれっ」


 クーベが、ロープのはしっこをもってうしろむきになった。すごいこわいかおをしてる。ぼくも……ぜんりょくで引っぱろう。ぴんとはってたロープが、大きななみの音がしたときにゆるんだ。


「今だーっ!」


 力いっぱい引っぱった。おねえちゃんも、ぼくも。そして、クーベも。クーベがはしり出すくらい、いっぱいロープが引っぱれた。


「やったっ! よーし、もう少しがんばって岸まで上げちゃおう!」


 ときどき岩に引っかかったけど、ぼくらはボートを引っぱりあげた。ぼくはつかれちゃった。おねえちゃんも、ぜいぜい言いながら下をむいてる。おねえちゃんがクーベにたしかめた。


「ねえ、クーベ。この壊れたボートがなんの役に立つの?」


 クーベはそれにこたえないで、こうぐばこをとりに走っていっちゃった。


◇ ◇ ◇


 ばんごはんのとき、ぼくはねむくてねむくてしょうがなかった。なんどもスープにかおをつっこみそうになった。でも、クーベがなんであんなこわれたボートをほしがったのか、わけをききたかったんだ。だから、がんばっておきてた。おねえちゃんが、クーベにたしかめる。


「ねえ、クーベ。なんであのボートを引き上げたの? 今回は何艘か難破してるから薪はいっぱいあるし、あれにこだわる理由が分かんないんだけど……」


 クーベはおねえちゃんのかおを見ながら、さらっとこたえた。


「準備をしておかないとならないってことさ。選べる選択肢は一つでも多い方がいい。今日はトマスの大発見で、千載一遇のチャンスを得られたということ」


 おねえちゃんは、くびをひねってる。


「リファ。この島で手に入らないもの、そしてここから出る手段を考えてみて」


 えーと。このしまを出る。出られるの? ぼくはつかれてて、あたまがまわらない。えーとえーと。ぼくがうんうん言ってるあいだに、クーベがこたえを言った。


「ここでは糸もなければ、織物もない。布の代わりになるものは毛皮しかないんだ」

「ええ。それが?」

「あの、ボート。あれは避難用だけど、マストと帆を持ってるんだよ」

「あっ!」


 おねえちゃんが、がたんと立ち上がった。


「そっか……」

「しかも、曳航用のとても長いロープが付いてる。ここでは普段絶対に手に入らないものが、二つも同時に手に入ったんだ。しかも、工具まで、ね」


 おねえちゃんが、なにもしゃべらないでしずかにいすにすわりなおした。クーベが、かぜでがたがたさわいでるまどを見ながら、ぽつんと言った。


「あとは、明日話しよう。今日はみんな疲れただろうからね」


 うん。ぼく、もうだめ。ねむい。


「おやすみぃ、クーベ、おねえちゃん」

「はい、お休み」

「あったかくして寝ろよ」

「うん」


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