第31話 迷宮

「そろそろ撒いたやろ。導き手コンダクター、小詠の魔法はいったい何なんや?」


  追っ手がいなくなり、ひと段落したところで、みなとはディモに尋ねる。


「見ての通りさ。絶対切断。ありとあらゆるものを斬り裂く魔法。ただし7回しか使えない」


 ディモはとぼけたように答えるがみなとはそれでは納得しない。さっきの魔法はそれだけではなかった。小詠は7回を使い切って、変身が解除された。その後、何度か変身の呪文を唱えていたが変身できなかった。何度も唱えて変身したかと思えば、そのコスチュームはボロボロで明らかにちゃんとした変身ではない。あの短時間で使い切った魔力が回復するなんてこともありえないことをみなとは知っている。


「それだけじゃあらへんやろ? さっきのあれはなんや? 急にその7回が回復しとったやろ。あれも小詠の魔法なんか?」


「そうだよ。あれもコヨミの魔法。いいや、あれこそがコヨミの魔法だ」


「そっちが核か。確かにあの魔法と小詠は結びつかへんしな」


 ディモの答えで、みなとは自身が感じていた違和感に得心した。魔法はその人物から生まれたもの。その人の要素を切り取ったもの。だから、多少なりともその人物像と結びつく要素がある。日陰であればそれは正義。その正しさで悪しきものを焼き尽くす炎。せりであれば拒絶。全てを拒む絶対の盾。絶対切断であれば、その性質は大切なものや、仲間を斬り捨てると言ったものが考えられる。みなとが思うに小詠はそんな人間ではない。


「それはキミもだ。本当にキミの魔法は治す魔法なのかい?」


「……うちのことはほっとけ。そんで、小詠は自分の本当の魔法のこと、理解しとるんか?」


 ディモの言葉に、みなとは眉を顰める。それ以上の追及を逃れるように、自身の魔法のことから小詠のことへ話題を逸らす。


「いいや。あれは今のコヨミには使いこなせない。まだ早いんだ。まだ何も知らないし、受け入れられないだろうからね」


「なるほどなぁ。それで日陰があんな毛嫌いするわけか。確かに小詠はあの子の一番嫌いなタイプやわ」


 みなとは感じていた疑問の一つが腑に落ちる。日陰はあれで他人に敵意を剥き出しにすることは少ない。だから小詠に対してここまで露骨に嫌っていたのが少し不思議だった。

 カァカァと喧しい鳴き声。先行して偵察に出ていたゼブルベルルが戻って来たのでこの話は終わりにする。


「この先を見てきたがまさに迷宮だ。終わりが見えねえ」


 みなとたちは迷っていた。迷宮。ゼブルベルルがそう形容したここは、先ほどまでの森とは打って変わって怪しげな花々が咲き狂う庭園のようだった。花々は複雑に絡み合い、行手を阻んでいる。どういうわけか道を塞ぐ花は壊すことができず、魔物由来であるようで導き手コンダクターの二体も手出しができずにいた。


「どうやらとんでもない速度で再生しているようだ。壊れた先から元に戻っている」


 ディモはそう推察した。みなとも殴った感触からはそれほど頑丈には感じなかったが壊れることはなかったからその推察は正しいと思った。


「こんなとこに閉じ込めて、やなぎは何がしたいんや?」


 この迷宮に閉じ込められてから追っ手の朱雀が襲ってくる気配はない。いったいどうして。自分たちを殺したいのなら、朱雀をけしかけ続けるのが最善のはずだ。この迷宮にはトラップこそあるものの、今のところ命の危険を感じるほどのものではない。これでは時間稼ぎにしかならない。ここは向こう側が作り出した空間。やなぎたちが優位なはずなのにどうして時間稼ぎなんかを。


「まあええわ。時間を稼ぎたいのはこっちも同じやけん」


「そうだね。コヨミが回復するまでは本格的な戦闘は避けたい」


 とは言っても、立ち止まっているだけでは時間の無駄でもある。最後にはこの迷宮を出て、龍鳳院やなぎの元へたどり着かなければいけないのだ。少しずつ慎重に、進んでいこう。


「コヨミが目覚めるまでは協力しよう。だけど、ボクは根本的にキミを信用できない」


「もし、目覚めてからも協力しろって言うたらどうすんのや?」


「キミの背からコヨミを強奪する。魔法少女は導き手コンダクターに敵わない。そのこともその理由も、キミは知っているんだろう?」


 冗談や。と笑って見せるみなと。ディモはそんなみなとを見透かすように見つめる。本当に恐ろしい。いや、悍ましいというべきか。


「あんたは導き手コンダクターの中でも"特別"なんやな。それとも、小詠があんたにとって"特別"なんか?」


 みなとが使うその言葉には嫌悪が含まれていた。吐き捨てるようにその言葉を使う。


「そうだぜ。こうなってからお前、変だぞ」


 ゼブルベルルも続いて囃立てる。


「その質問はボクのプライベートに関わる。キミ達には答えたくないね」


 ディモは煩わしそうに言う。よほど癇に障ったのか、あるいは図星であったのか、そのどちらもか。みなとはここでディモの不興を買って、のちの小詠の協力が得られなくなることを危惧してこれ以上追求するのをやめておくことにした。


「やっぱり図星じゃねえかよ! 全く、人間らしくなったもんだな!」


「黙っときい」


 みなとの思惑とはお構いなしにディモを茶化すゼブルベルル。それを小突いて止める。


「さて、小詠が目覚めるまでの間、うちらは何をしとこか」


「とりあえずこの迷宮の仕組みを知りたい。もう一度ゼブルベルルは空から。ボクたちは地上から探っていこう」


「なんでおめぇが仕切ってんだよ!」


「キミが馬鹿だからだよ、ゼブルベルル」


「はぁ? 俺様が馬鹿だって?」


 姦しいゼブルベルルとそれを受け流すディモ。二匹の仲は険悪だ。ニャルラリリエルとディモ、ゼブルベルルと日陰の導き手コンダクターであるルシィラフェルトも同じだったように、導き手コンダクターは彼ら自身のパーソナリティの問題なのか、そういうものなのか仲が悪い。


「やかましいわ! 話が進まへん!」


「一緒にすんな!」


「一緒にしないでくれ」


 こういう時は息が合う。喧嘩するほどなんとやらなのか。みなとから見るとおおよそこの2匹は単純に相性がよくなさそうだと思うが。


「うちはディモの方針でええと思う。生憎とうちは簡単には死なん。探索するくらいなら余裕や」


「ちっ、ミナトが言うならしゃーねぇな。今回はてめぇに従ってやんよ」


 ゼブルベルルも納得し、行動に移る。小詠が目覚めるまでの間、目覚めたあと、迅速にここから脱出し、やなぎを討つための準備をする。みなとは何としてもやなぎをここで殺さないといけない。小詠とせりの協力が得られる今、倒すしかない。ドス黒い決意を微笑みの下に隠し、みなとは笑う。

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