第30話 ティータイム

死の庭師デッド・オブ・ガーデナー、困ったことになったわ」


「どうしたの、ヤナギ」


 小詠らが閉じ込められている空間。彼女達が庭園と呼ぶ空間の中心に彼女達は居た。


「玄武と青龍が倒されたみたい。合流したのかしら」


「そうみたい。ワタシのトレントもやられたようね」


「あら」


「でも痛み分けね。一人は戦闘不能。一人は片腕を失ってる。もう一人は元から戦力外。でも片腕と合流されると厄介ね」


 戦力外。水無月みなと。二人にとって彼女は戦力外だった。だから想獣召喚イマジネーション・コールの割いたリソースが最も少ない玄武をぶつけたのだ。彼女の魔法は回復魔法。一人では大したことはできない。身体能力を限界まで引き出したところでなんでも斬り裂く刀や、全てを焼き尽くす炎に遠く及ばない。同じ理由で白虎にもあまりリソースを割いていない。せりの魔法は強力ではあるものの攻撃力と速度に欠ける。速度以外にこれといった能力のない白虎でも十分に抑え込めるという判断だ。


「少し後手に回ってますわね」


 やなぎは状況を整理する。魔法で呼び出せる4体のうち2体が倒されてしまった。しばらくは新たに呼び出せない。時間を稼ぐ必要がある。


「とはいえここはあなたの空間。この中にいる限り、私たちに敗北はないわ。そうですわね、死の庭師デッド・オブ・ガーデナー


 やなぎの問いに死の庭師は口に含んだ紅茶を飲み下してから答える。


「ええ。もちろんよ。ただ一つ気がかりなのはこれがナイトメア・アクターの脚本ってことかしら」


 この状況を仕組んだ存在。本来であれば小詠たちが先手を取るはずであったのが後手に回り、魔法の情報が漏れている理由。そして、眠っていたというのにこの場所に運ばれただけであったということ。


「彼女たちのことを教え、ここに運ぶ代わりに目を覚ますまで手を出してはいけない。彼も魔物……、いえ、悪魔なのでしょう? いったい何を考えているのかしら」


 魔物にとって、魔法少女はやなぎのように魔物と手を組んでいないのなら一刻も早く排除した方がいい存在だ。それを排除できる最大の好機を見逃すのは不自然だった。何か企んでいるのは間違いない。


「ワタシにも彼の考えは分からないわ。どうせよからぬことを考えてるのでしょうけど」


 やなぎと死の庭師の考えは一致していた。この空間の中で戦う限り、彼女たちの優位は揺るがない。しかし、ナイトメア・アクターという不確定因子がある。いつ足をすくわれるか分からない。油断はせずに、全力をもって対処しよう。


「とにかくは時間稼ぎをしましょう。彼女たちの位置は分かるかしら?」


「ええ、白と赤はまだ森林の中ね。白虎を警戒しながら進んでるみたい。黒と黄色は迷宮の前ね」


 迷宮。この空間のリソースを大きく割いた侵入者迎撃用のトラップだらけのエリア。一度はいれば出ることは容易ではない。絶対切断の魔法を持つ小詠が戦闘不能である今、みなとだけであそこから出るのは不可能に近い。さらに魔物由来の力であるから導き手コンダクターでも対処は難しい。


「迷宮のレベルを上げられるかしら」


「もちろん。代わりに森が薄くなるけどいい?」


「構わないわ」


 やなぎは小詠が回復する前にみなとをやるつもりだ。現状のトラップでも十分みなとを殺しうるとは思うが、念には念を入れてだ。みなとを落としておけば日陰も片腕を失ったままにできる。


「朱雀は一旦戻しましょう。合流されることを前提の能力にしますわ」


 朱雀は最も幻獣召喚のリソースを割いている。現状のままでも4人中3人とは有利に戦える。しかし一人だけ、刻時 せりとだけは相性が悪い。彼女の魔法は朱雀を閉じ込め、無力化することができる。その場合も一度戻せばいいのだが、再度召喚するのに若干の時間がかかる。それならば迷宮では朱雀はむしろ邪魔となってしまうため今のうちに戻し、さらにリソースを注いで全員に対処できるようにしようとやなぎは考えた。


「では、ワタシの腕の見せ所ですわね」


「頼りにしてますわ。死の庭師デッド・オブ・ガーデナー


 死の庭師は紅茶を飲み干すと、地面から生えてきた蔦に絡め取られ、地面に消えていく。


「では、私は私にできることをしましょうか」


 4人全員を相手にできる幻獣の作成には時間がかかる。死の庭師が稼いでくれる時間を無駄にはできない。ナイトメア・アクターが企てたことである以上、やなぎ達に有意にことは運ばないだろう。何かしらここへ来る抜け道が用意されている可能性が高い。だからやなぎは万全を期す。もし仮にそうなったとしても勝利できるように備える。その前に、一人の魔法少女のことを思い出し、遠くを見据える。その視線には静かながら激情が込められていた。


「水無月 みなと。あなたは何度も何度も私の前に現れるのね。でも、あなたに私達の庭園は壊させないわ。何度だって、絶対に守ってみせる」

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