第32話 ほんとのわたし

 暗い。目を閉じているときよりも。一切の光が断たれたようで、ただただ、真っ暗だった。ここはどこなのだろう。さっきまでわたしは何をしていたんだったっけ。


 思い出せない。


 早く戻らないといけないような気がするけれど、戻らなくてはいけない場所がわからない。いったいどうしてこうなったんだっけ。


 思考を巡らせるために瞳を閉じる。真っ暗なのでそもそも閉じていたかもしれないし、今も閉じれているのか分からないけれど、考えるぞって気持ちにするために今閉じたことにする。そうすると少しずつ記憶が戻ってくる。そうだ、わたしは戦ってたんだった。7回の魔法を使い果たして、ピンチになって、それで……。


――どうやって勝ったの?


 思い出せない。どうやってあの敵を、トレントを倒すことができたのか。わたしの魔法は使い果たした。みなとさんの攻撃力では、あの再生力を超えることができなかった。でも、勝った。倒せたことだけは確かに覚えている。


――それが、わたしの本当の魔法


 声が響く。どこから? いいや違う。この声はわたしの頭の中からだ。


――わたしの本質。魔法の根源


 本質? 魔法の根源? どういうことなの? わたしの魔法は、7回限りの何でも斬れる刀じゃなかったの? 分からない。頭の中で響く声に問いかける。すると、目の前に何かが現れる。相も変わらず、視界は真っ暗で何も見えていないのだけど、何かが目の前にいるとはっきり感じる。それの形は、わたし自身だ。


――まだ分からない?


 分からない。あなたは誰なの? わたしと同じ姿、形、声。全く同じ。鏡の中の存在のよう。


――わたしはあなたわたしあなたわたしが目を背け続けているわたし


 わたしが目を背けているわたし自身? どういうこと? わたしが、何から目を背けているっていうの?


――本当に傲慢だね。わたし


 額を小突かれる。抵抗できずに後ろに倒される。もともとあったのかも分からないけれど、地面がなくなって下に落ちていく。どこまでも下へ、落ちて、沈んでいく。闇の中へ飲み込まれていく。


***


 ゆらゆらと揺れる。誰かに体重を預けている感覚。


「ん、んうぅ……」


「お、起きたんか」


 目を開くと、みなとさんの横顔が映る。どうやらみなとさんにおんぶされていたようだった。下ろしてもらうと、近くにディモがよってくる。


「おはよう、コヨミ」


「えっと、おはよう。わたし、どれくらい眠ってた?」


「1時間くらいだね。今の状況、説明するかい?」


「うん、お願い」


 ディモは語り出す。あの後、どうなったのか。トレントを倒したあと、朱雀に追われ、この迷宮まで逃げ延びてきたこと。この迷宮がどういったものなのか。抜け出すために、わたしの魔法が必要で待っていたことも。


「……じゃあ、やっぱりトレントは倒せたんだね」


「やっぱりってなんや? 覚えておらへんのか?」


「はい、記憶が曖昧で」


 7回の魔法を切らしてから、そのあとしばらくは変身してない状態で、みなとさんが戦っているのを指を咥えて見ていることしか出来なくて。それで、そのあとは必死でどうにかしようとした。それでどうなったのかは覚えていない。


「急に変身できるようになったのも?」


「変身できたんですか?」


 確かにそうしようとしていた。けれど出来なかった。魔力不足。短時間で回復することはなく、あの時点では決して魔法少女に変身することはできなかった。しかし、みなとさん曰くわたしは変身出来たらしい。ディモも、みなとさんの証言を保証する。さっきの夢で聞いたことを思い出す。わたしの本当の魔法のこと。あれがただの夢ではなくて、わたしの深層心理なのであればきっとそれは真実なのだろう。急に魔力が回復したこととわたしの本当の魔法。何か関係があるはずだ。

「ねえ、ディモ。わたしの本質って。魔法の根源ってなんなの?」


「それはキミ自身で知っていかなくちゃいけないことだ。ボクから言えることはないよ」


 今までは聞けば大抵のことは答えてくれたディモが珍しく答えてくれない。それに少しの苛立ちと不安を覚える。


「ま、ともあれ助かったで。あん時、小詠が変身して戦ってくれへんかったら、うちは死んどった」


 そう言いながら、わたしの方へゆっくりと近づく。


「もう一度、手え貸しとくれ。この迷宮から抜け出すにはあんたの力が必要や」


 みなとさんは手を差し出す。真っ直ぐな瞳で、頼りにされていることが分かる。


「はい。もちろんです」


 その手を握った時、ほんの少し、悪寒が背筋を走る。どうして? みなとさんに対して? いいやそんなはずはない。みなとさんはわたしを助けてくれたし、わたしのことを頼りにしてくれている。悪寒を感じることなんてない。だからきっと気のせいだ。


 どうしてか、さっきの夢で聞いた言葉を思い出す。本当に傲慢だね、わたし。あれはどういう意味だったのだろう。どうして今思い出したのだろう。ううん、今はそんなこといい。とにかくこの迷宮を出て、せりちゃん達と合流。そして、龍鳳院 やなぎを捕まえないと。そう改め直し、迷宮から出るために変身をする。


願う、祝福をデザイア・ブレス――」

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