第28話 代償の先へ
「っ……! やあっ!」
痛みはとうに忘れた。砕けた足で地面を踏み砕く。足の感覚が消えた。朱雀とみなとさんの間。残った足でそこに着地する。迫るトレントの枝を一薙ぎで斬り落とす。1回。続いて迫る朱雀を一刀で斬り伏せる。2回。朱雀は真っ二つになって墜落する。その纏っていた炎がトレントに燃え移る。まだ動く方の足で地面を蹴って、トレントをの根元から斬り落とす。3回。だが、これだけでは足りない。枝が残っている限りトレントは再生してしまう。
「っ……! はぁ、はぁ。ごめんなさい! 遅くなりました!」
トレントと朱雀の様子に注意しながら、みなとさんに話しかける。
「危ないところやった。ほんまに助かったで」
みなとさんは体勢を立て直し、自身の身体を治療する。続いてわたしの怪我を治そうとするが、すぐにその手を離す。
「なんやこれ……、途中でそれ以上治らんくなる。あんた、いったい何をしたんや」
やっぱり。とわたしは納得する。理由は分からないけど、多分そうなんだろうなって思った。そんな簡単にこの痛みを消せるはずがない。だって、これは本来ならあり得ない力。魔力が尽きて変身できないはずでこの力がどこから湧いてきたのかも分からない。相応の代償は覚悟しておかないと。
「説明は後です。今は、どうやってトレントを倒すかです」
「せやな。で、どないする? もうトレントは再生を始めとるし、朱雀も蘇ろうとしている。トレントはあの枝をどうにかしない限り再生し続けるで」
「考えがあります。朱雀の炎を利用するんです」
朱雀の炎を利用してトレントの枝を燃やす。その隙に幹を切り倒せば、倒すことができるはずだ。
「なるほどな。確かにそれなら何とかなるな」
「はい、なのでみなとさんには朱雀を投げ飛ばすのをお願いします」
最初の時、みなとさんは自傷覚悟で朱雀を投げ飛ばしていた。それと同じことをしてもらう。
「分かった。トレントの止めは頼むで」
作戦の共有が終わり、いざ実行というときにちょうど朱雀が蘇る。朱雀は先ほど斬られた怒りだろうか、わたしを睨みつけ、滑空しながら突撃を始める。
「いけッ! 小詠!」
わたしと朱雀の間にみなとさんが割り込む。みなとさんは朱雀に飛び掛かり、頭部を殴って叩き落す。そのまま首を肘で押さえつけ、両足は翼を踏みつけて飛ぶのを抑止する。
「早めに頼むで!」
焦げる臭い。弾けるような音を立ててみなとさんの身体が焼かれる。特に触れている部分はすさまじい速さで黒く焦げていく。それに対抗して焼けた瞬間に治していく。何とか拮抗しているが、苦痛がなくなるわけではない。急がないと。
トレントの前に立つ。既にさっき斬った部分は繋ぎ直されている。枝を伸ばし、わたしに攻撃を仕掛ける。体が痛い。正直言って躱す余裕はない。それでも躱さないと。踏み込んだ足が滑り、体勢を崩してしまう。まずい。
「くっ……!」
もう限界だった。痛い、痛い、痛い。全身の骨が砕けているような痛み。実際に砕けているのかは分からないけど、それと同じくらい痛いのは確実だ。でも、わたしのせいでみなとさんが死んでしまうことの方がもっと痛いから。だから、まだ、諦めない。まだ、戦える。痛みがなんだ、まだ体は動くんだ。
「う、らぁ!」
刀を振るって向かってくる枝を斬り落とす。4回。すぐさま身体を起こし、反撃のため、トレントへ駆け出す。それに怯むトレントではない。次の枝を伸ばし、わたしに向けてくる。が、それは遅い。もう一度地面を蹴って加速し、懐に近づく。トレントは枝を網のようにしてわたしの道を塞ぐ。
「邪魔!」
5回。その足止めは最大の悪手だ。だってわたしの魔法はなんだって斬るんだから。懐に潜り込む。刀が幹に届く距離。もう外さない。防がれない。防御不能の一刀。勢いのまま、薙ぎ払う。
「これで!」
6回。幹は根元から切断されて倒れていく。トレントは早急に斬られた幹を繋ぎ直そうと枝を伸ばす。これを防がないとトレントは倒しきれない。
「みなとさん! お願いします!」
倒れようとする幹を蹴り飛ばして、みなとさんの方へ飛ばす。すぐさまみなとさんは反応して、朱雀を投げ飛ばす体勢に入る。
「おっしゃ! 任せときぃ!」
みなとさんは朱雀の頭を掴んで、ぐるぐると回転しながら勢いをつけて投げ飛ばす。投げ飛ばされて朱雀は体勢を立て直そうと藻掻くが、抵抗もむなしく、トレントと激突する。朱雀の炎がトレントに燃え移って広がる。あっという間に枝全体に広がって焼き焦がす。
「やった……!」
「まだだよ! 気を抜かないで!」
安心して力が抜ける。そのまま倒れそうになるところでディモの声で踏みとどまる。トレントは切株から新たな芽を生やし、幹と繋ごうとする。それを防ぐため、切株を地面から斬って掘り起こす。変身が解ける。――でも、まだだ。まだ足りない。切株は地面にも根を伸ばそうとする。ダメだ。このままじゃまた繰り返す。どうすれば。そうだ。枝と同じことをすればいいんだ。最後の力を振り絞る。もう全身に力はいらない。ただ、腕だけに残っていればいい。抜けそうになる力をかき集め、右腕に集中させる。
「いっっけぇぇぇぇぇぇぇえ!!!」
投げ飛ばされた切株は僅かに届かない。直前で勢いがなくなって、地面に落ちようとする。これでは本体と近づけて再生を助けたようなものじゃないか。もう力が入らない。今度こそ本当におしまいだ。
「よくやった! あとは任せときや!」
地面に落ちる直前、みなとさんが切株を蹴り飛ばし、火の中に投げ入れる。切株はあっという間に炎によって焼かれて黒焦げになった。でも、トレントはそれでもまだ生存を諦めていなかった。幹の方から根を伸ばして、地面と繋ごうとする。
「みなとさん! 幹の方が!」
「抵抗できない状況なら、うちでもなんとかなる! これでしまいや!」
みなとさんの拳がトレントの幹に振るわれる。攻撃を凌ぎながらの攻撃とは違う。しっかりと構えて振るわれる、腰の入った一撃。その一撃はみなとさんの拳もろともトレントを砕いた。それでようやくトレントは絶命したようで黒い塵になって消える。
「やっと、終わったな。小詠、大丈夫か」
「はい、何とか……」
トレントを倒して僅かに緊張が緩んだその瞬間、ぐにゃりと視界が歪む。意識が保てない。まだ、朱雀が残っているのに。朱雀が蘇る雄たけびが遠く聞こえる。起き上がらないと。まだ戦いは終わってないのだから。意識を保とうと抵抗するものの、そんな抵抗むなしく、わたしの意識は落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます