第17話 失って手に入れたもの

 ナイトメア・アクターが去ったあと、有希の亡骸を抱えて元の部屋に戻る。


「本当にすまなかった。せり」


「もういいわよ……、父さん」


「はは、お前からそう呼ばれる日が来るなんてな……」


 せりちゃんは父親のことを許した。父親は涙を流し、せりちゃんのことを抱きしめる。それをせりちゃんは鬱陶しそうにしていたけれど拒むことはなかった。


「父さん、そろそろ離して」


「ずっとこうしてやりたかった。もう少しくらいいいだろう」


「そういうのはまた今度にして。今は他にやることがあるから」


 そう言われ父親も納得したようでせりちゃんを抱きしめていた腕を離す。


「小詠……」


 父親から離れたせりちゃんはわたしに向かって申し訳なさそうに言った。


「せりちゃんのせいじゃないよ……」


 関わらなければよかったと。そう思っていないと言えば嘘になる。けれどせりちゃんに関わると決めたのはわたしだ。責めるのは間違っている。


「私に関わらなければこんなことにはならなかったわ」


「それでも、決めたのはわたしだから」


 有希の亡骸を抱き寄せる。わたしの魔法で真っ二つに斬ってしまい、下半身は落下してしまったため、ここにあるのは上半身だけだ。


「有希……」


 有希。わたしの一番の友達。小学校の頃から、わたしの隣にはいつも彼女がいた。有希はみんなの人気者で、人付き合いがあまり得意ではなかったわたしとは釣り合わないとよく嫌味を言われたけれど、有希はいつだってわたしのそばにいてくれた。最近は魔法少女のことでわたしから少し距離を置いていたけれど、だからと言って有希はいつでもわたしのことを気にかけてくれていた。


「ナイトメア・アクター……、絶対に許さない……!」


 怒りの矛先は当然ナイトメア・アクターに対して向かった。絶対に許さない。今度会った時には絶対に殺す。殺してやる。有希の仇を取るんだ。

 せりちゃんが心配そうにこちらを見つめているのに気づく。


「大丈夫だよ、わたしの願いは魔物が最初からいなかったことにすることだから。そうすれば、有希は生き返る」


 精一杯の強がりだ。大丈夫なわけがない。例え生き返るとしても、ここで有希は死んだんだ。いま、有希がいないということは変わらない。失ってしまったことは覆らない。


「私も協力するわ」


「え……?」


「私にはもう願いはない。あなたの願いを叶えるために戦うわ」


 まっすぐとわたしの瞳を見つめる。


「罪滅ぼしよ。私のせいで巻き込んでしまったのだから」


 せりちゃんのせいだなんてわたしは思っていない。けれど、その申し出はとてもありがたいものだった。せりちゃんの魔法は目撃されるのを防ぐのにうってつけだからだ。せりちゃんが協力してくれるなら犠牲者を減らすことができる。


「だから、その……、もう泣き止んでくれないかしら……?」


「あ……」


 言われて泣いていることに気づいた。泣いているつもりなんてなかったけれど、耐えられない悲しみだと無自覚に涙が流れるものなんだ。拭っても、拭っても、とめどなく流れた。


「あはは……、止まらないや」


「そう、でも、お客さんが来たみたいよ」


 せりちゃんは入口の方を向いて言った。ハッとしてわたしもそこに目を向けると見たことのある二人がいた。


「父さん、目を閉じてて」


「ああ、分かった」


 ナース服姿の金髪ゆるふわウェーブに眼鏡、小柄の着物姿の侍。みなとさんと鳶崎さんだ。どうしてここに? いや、ナイトメア・アクターの気配を嗅ぎつけてきたのだろう。


「あれ、小詠やないか。先越されてしもたかー」


「みなとさん……」


 みなとさん。わたしにとっては違うけれど、せりちゃんにとっては要注意人物だ。今はもう手をきったけれど、魔物と手を組んでいた魔法少女だ。みなとさんにとってそれは殺すべき対象なはずだ。


「金髪ゆるふわ眼鏡、こいつね」


「なんや? あんたうちのこと知ってんのか?」


 訝し気にせりちゃんを睨むみなとさん。そうだ、せりちゃんが魔物と組んでいたことなんてみなとさんは知らない。ならどうにか誤魔化せるはず。


「こいつだ! 間違いねぇ! あの魔物と一緒にいたのは!」


 聞いたことのない声。男のような声。いったいどこから。声のする方向は上? 困惑しながら上を見てみると黄色の鴉が飛んでいた。鴉はみなとさんの肩に留まる。そうか、この鴉はみなとさんの導き手コンダクター


「なるほどなぁ。小詠が庇おうとしてたのはこいつか」


 そこまでばれている? この前の会話でわたしがせりちゃんを庇っていることが悟られていたらしい。


「どうするの? 殺る?」


 剣を構える鳶崎さん。せりちゃんはそれに反応してわたしとその間に割って入る。


「……いや、やめとこか」


 みなとさんが鳶崎さんを制止する。なぜだかは分からないけれど、助かった。いま、この状態で戦いたくはなかった。せめて有希の遺体を弔ってから。それからにしてほしい。


「みなとがそう言うなら仕方ない」


 みなとさんに止められ、大人しく剣を収める。二人は変身を解除し、戦う意思がないことを表す。


「さて、話をしよか。うちは水無月 みなと。こっちのちっこいんは鳶崎 日陰や。あんたは?」


 みなとさんはせりちゃんの方を向く。あからさまに作り笑いだと分かるような張り付いた笑顔で。せりちゃんも当然警戒を表し、険しい表情をする。


「……刻示 せり」


「刻示……、ちゅうことはここの関係者ってことか。あんたも魔法少女やろ?」


「そうよ」


「せか。そならなして魔物と手ぇ組んどった?」


 声が低くなる。張り付いた笑顔も崩れかけ、射貫くような瞳が覗かせる。


「あなたに話す必要はないわ。それに、もう二度と魔物と手を組むことはないわ」


 せりちゃんは臆することなく答える。わたしはせりちゃんがもう魔物と組まない、組む必要がないことを知っているけれどみなとさんはそれを知らない。だから。


「それを信じられると?」


「私は小詠のために戦う。そう決めたからよ」


 そのセリフは少し、こそばゆかった。けれど、それを聞いてみなとさんは微かに噴き出すように笑って。


「……そか、ま、小詠に免じて今は見逃したるわ」


 せりちゃんに向けていた矛先を収める。これでほっと一安心だ。今の状態で戦うのも嫌だったし、知っている人同士が殺しあうのも嫌だったからだ。


「それに、そろそろあれが来る」


「あれって……? 何のことですか?」


「小詠は見たことなかったんか。あれや。うちは掃除人って呼んどる」


 みなとさんが指を指す先。そこには白い人型の何かがいた。


「魔法少女や魔物に関わって死んだ人間を片づける奴や。せやから掃除人」


 確かに、今思えばわたしの最初に倒した魔物、ミノタウロスのときの体育館がどうなったのか知らなかった。生徒の認識としては倒壊事故と言うことで片づけられていたけれど現実は変わらない。あそこは死体と血でできた地獄のはずだ。見れば倒壊事故なんかじゃないことに気づく。


「片付け役がいたんだ……」


 ということは有希の死体はどうなる? あれに持っていかれるの? ちゃんと弔うこともできずに?


「小詠、気持ちは分かるけどな……。その子を弔える場所なんてこの世のどこにもないんやで」


 そう、魔法少女に関わって死んだことで有希の存在は限りなく薄くされている。葬儀場に連れて行ったとしても身元不明の死体として扱われるだろう。まともに取り合ってくれるはずがない。


「できることはこいつに渡すか、山に埋めるか海に捨てるかしかあらへんよ」


「でも……! でも……」


 どうすることが一番いいのか分からない。山に埋めるのも海に捨てるのを嫌だ。けれど、掃除人に渡してどうなるのかも分からない。


「大丈夫や。あれは死体をぞんざいに扱ったりせえへんよ」


「……分かりました」


 なんとか心の整理をつける。まだ完全に納得したわけではないけど、みなとさんを信じて選択をする。


「お願い、します」


 有希の遺体を渡すと掃除人は会釈をするように頭を下げた。

 掃除人は有希を抱えて下の階に向かっていった。


「そんじゃ、うちらはもう帰ることにするわ。今度連絡するからな、二人で会いに来てや」


 掃除人を見送るとみなとさんもそういって鳶崎さんを連れて去っていった。残されたのはわたしとせりちゃん。そしてせりちゃんのお父さんだ。


「っ、はー。なに? あいつの殺気は」


 みなとさんたちが去ってせりちゃんは大きく深呼吸をした。


「まあいいわ。小詠、改めて言うわね」


「ほえ……?」


 その優し気な笑みが、今までのせりちゃんとは全然違くて、呆気に取られて間抜けな声が漏れてしまう。


「私があなたを守るわ。約束する。有希さんの代わりなれるかは分からないけれど」


 そう言ってわたしを抱きしめる。暖かい。最初にあった時は冷たそうな人だと感じたけれど、いまはとても暖かい。


「ううん……、代わりになんてならなくていいんだよ。でも、ありがとう。これからよろしくね」


「ええ、こちらこそ」


 互いに抱きしめあう。存在を感じる。また、涙が溢れてきた。でもこれは悲しいからじゃない。嬉しいからだった。

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