第15話 思惑

「せりちゃん!」


 最上階、そこにせりちゃんはいた。


「……どうしてここに?」


 問いかけた瞬間にせりちゃんは答えに気づき、別の方向を睨みつける。


「ナイトメア・アクター、あなたの仕業ね」


「ええ、ご名答です。白のプリンセス」


 おどけた口調で答えるナイトメア・アクター。こいつの目的は分からない。せりちゃんの協力をしているようなのに、わたしをここに招いている。だが、それは今はいい。ナイトメア・アクターは魔物で、倒さなくてはならないのだから知る必要もない。

 状況を確認する。ここにはせりちゃんとそのやや後ろにナイトメア・アクター。せりちゃんの向かいには黒い立方体に捕らわれた男性が一人。


「その人を離して!」


「どうして? あなたには関係のない人間でしょ?」


 その通りだ。その人とわたしは無関係だ。それに、きっとせりちゃんとは関係がある人だ。苦しませて殺したいその人なのだろう。だからこそ止めなくてはいけない。せりちゃんにそんなひどいことをさせてはいけない。


「こんなことはやめようよ!」


「うるさいわね。邪魔よ」


 殺気。瞬間、目の前に黒い立方体が現れる。拘束される。咄嗟に飛びのいてせりちゃんの魔法から逃がれることができた。


「どうして、そんなことをするの?」


「それを聞いてどうするの? 納得して退いてくれるの?」


 退く気はない。何が何でも止めるつもりだ。我ながらなんて我儘なのだろうと思う。けれど、ここで止めなかったらせりちゃんはどこか遠いところに行ってしまう気がする。それは嫌だ。……結局のところ我儘でしかない。わたしがせりちゃんと友達になりたいと思っているだけなのだから。


「どちらにしろ止める、と思う」


「なら話す必要はないわ。出て行って、さもなくば殺すわ」


 再度殺気を向けられる。慌てて刀を構えようとしたが、戦わないと決めたことを思い出して刀を下ろす。


「なんのつもり?」


「わたしは、せりちゃんと戦うつもりはないよ」


「そう。……それで戦意を削げるとでも思ったの?」


 避けようとしたときにはもう遅かった。動き出そうとした足が立方体に引っかかって躓く。そのまま体は転倒する。手をついて起き上がろうとしたものの背中に立方体が当たり地に伏せる。そのまま両腕、両足を拘束される。


「そこで寝てなさい」


「せりちゃん……!」


 もう、わたしになんて目もくれない。拘束した男性の前に戻る。せめてもの抵抗にやめて、だのどうしてだの喚いてみるけれど効果はなさそうだ。


「じゃあ、始めるわよ」


「……ま、待ってくれ!」


 今まで沈黙を保ってきた男性が口を開く。命乞いであるはずなのに意を決したような。そんな力強さを感じた。


「命乞いなんて聞きたくない」


「そうじゃないんだ。お前にしたことを考えれば私は殺されて当然だ。だが、一つだけ聞いて欲しいんだ」


「聞く気はないわ」


「まあ、そう言わずに。聞くだけでもいいではないですか」


 ナイトメア・アクターは含みのある口調で言う。何か知っているのだろうか。ナイトメア・アクターはこの状況を作るためにせりちゃんに協力していた。だから、何か根回しをしていたのだろう。その時に何かを知った?


「ついでに、黒のプリンセスに事情を説明してあげたらどうですか? アレ、このままだとうるさいままですよ?」


「……それもそうね」


 ずっと騒いでいた甲斐があったのか、折れてくれたみたいだ。


「……私は母親に16年間虐待され続けた」


 その事実は概ね予想通りだった。勘でしかなかったけれど、何となく察していた。だから放っておけなかったのかもしれない。せりちゃんの復讐の相手が実の親であると、そんな気がしていたから。わたしは事故で両親を失った。だから、それだけは止めたいと思った。せりちゃんにしてみたら押しつけがましいし、関係のないことであるけれど。


「お陰様で髪は真っ白になって、瞳も真っ赤に染まったわ」


「その間、父親であるあなたは一度も助けに来なかった。放置し続けた」


「それで今更何を言いたいの?」


「本当にすまなかった」


 父親の声は震えていた。それは恐怖ではない。こんな今にも殺されておかしくない状況であるのにその声音には恐怖ではなく後悔が混ざっていた。


「謝罪なんていらないわ! それで私の16年が帰ってくるの!?」


 せりちゃんはそれに気づかない。怒りに飲まれ、目の前の父親の微かな様子なんて読み取れるわけがない。


「そうか、ナイトメア・アクターの狙いは……」


 第三者であったから。この現場を俯瞰できたからこそ気づく、ナイトメア・アクターの本当の狙い。これが真実であるならばあの魔物はなんて悪辣なのだろう。


「だめ……! 話を聞いてあげて!」


 そう叫んだ瞬間、ナイトメア・アクターの黒い靄が張り付いた顔が笑みを浮かべたように見えた。それは溢れ出る笑いを寸前で押し殺しているようで、まだ笑ってはいけない、そう考えているのだと。そして、わたしの想像が当たっていることを確信した。

 恐らく、あの父親も被害者だ。そしてそのことを知らせずにナイトメア・アクターはせりちゃんに父親を殺させるつもりだ。そして、全てが終わった後に真実を明かす。それがあの悪魔の目的だ。


「コヨミ」


 わたしと共に部屋に入ってこなかったディモ。いつの間にかわたしの近くに来ていて小声で話しかける。


「ボクに何をしてほしい?」


「わたしに協力してくれるの?」


 半信半疑だった。ディモがわたしの指示を聞こうとするなんて思っていなかったから。ディモのことだから、この前みたいにわたしの制止も聞かずにせりちゃんを攻撃すると思っていたのに。


「うん。言っただろう? ボクはキミの味方だって」


 信じられない。けれど、今頼れるのはディモしかいない。だから、今だけはその言葉を信じてみようと思う。


「この拘束を解きたい」


「なら、セリの意識を魔法から逸らしてみよう」


「それで魔法が解除されるの?」


 下の階の様子を思い出す。何人もの人がこれと同じ魔法で拘束されていた。既に大した意識を向けていない状態で継続している魔法がある。意識を逸らしただけで解除されるとは思えなかった。


「普段であればその程度のことで魔法が揺らいだりはしないけど、今の彼女の精神状態は不安定だ。可能性はあるね」


 つまりは博打であるということだ。ディモは合理的な存在だ。本来であれば可能性だなんて曖昧なものに賭けるなんてことはない。解放される可能性がある手段がこれしかなかったのだろう。


「何をするつもりなの?」


「まあ、見ててよ。ボクに考えがある」

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