第13話 誘われて
カラオケを出て一時間。ナイトメア・アクターの招待状に指定された場所に辿り着く。
「ここ?」
高層ビルが立ち並ぶオフィス街。その中のとあるビルがナイトメア・アクターの指定した場所だ。
いやに静かだ。まるで、意図的に音を消されているかのようでこの一角だけ不自然な静けさだと感じるほどに。
「妙に静かだと思わない?」
「そうだね。その勘は大正解だ」
そうディモが言って、一歩建物に近づく。すると、溶け込むようにディモの姿が消える。
「え……!?」
わたしが驚きの声を上げると、ディモは水面から顔を出すようにして姿を見せる。
「大丈夫だよ。さあ、こっちへ」
「大丈夫に見えないんだけど!? それどうなってるの!?」
「簡単に言えば幻覚さ。ここを境に幻に包まれている」
なるほど。なら大丈夫なんだ。そう頭では分かっていても躊躇いがある。それを見かねたディモが無理やりわたしを引っ張って、幻の中へ引きずり込む。
「きゃっ!」
境を超える瞬間に目を瞑る。特に何かに当たる感触はない。ただ、その境を通り過ぎると空気が変わったような気がした。
「目を開けて」
「う、うん」
恐る恐る目を開く。そうして見えた風景はさっきまでのものとは別物へと変貌していた。
「なに……これ……」
凛麗な外観のビルなどどこにもなく。目の前にあったのは窓という窓、穴という穴が謎の黒い立方体で塞がれた、監獄とでも言うべき建物だった。
「これが彼女の魔法なんだろうね」
ディモは黒い立法を指して言う。その立方体を触手で押したり引いたり叩いたりしているがピクリとも動かない。
「全く動く気配がない。ボクはあまり力には自信がないんだけど、同程度の大きさの鉄の塊であれば難なくお互貸せるはずなんだ」
「ぴったりはまってるからじゃないの?」
「それはそうなんだけどね。触ってみなよ」
ディモに促されて恐る恐る触れてみる。それで、ディモがそう言った理由が分かる。
「全く抵抗がない……? すごくすべすべ」
「そうなんだ。手触りがいいだとかそういう次元じゃない。この物質には抵抗が存在しないんだ」
だから、ディモは動かせないことがおかしいと感じていた。全く抵抗がない。その上、歪みも凹凸も全くない正確な立方体だ。例えぴったりにはまっていたとしても、動かせないはずがない。
「これは、恐らくこの座標に固定されている。そう考えるのが妥当だね」
「コヨミ、試しにキミの魔法でこれを斬ってみなよ」
「うん、やってみる」
呪文を唱えて変身をし、現れた刀で力いっぱいに黒い立方体を斬りつける。すると、刀は立方体にぶつかって弾き返された。
「斬れない……!?」
そんな。わたしの魔法の性質は絶対切断。斬れないものなんてないはずなのに。
「これはまさしくキミの魔法と対になる魔法。絶対防御だね」
「それがせりちゃんの魔法なの?」
「恐らくね。あの魔物の能力である可能性もあるけど、思い出してごらん。サラマンダーの時を」
せりちゃんと初めて出会ったあの日。拘束されていたサラマンダー。あの時、サラマンダーを拘束していたものは黒い棒だった。
「確かにあの時の魔法と似てる」
ならこれはせりちゃんの魔法で間違いないだろう。
「だとしたらキミの魔法とは相性が悪いね」
その通りだ。わたしの魔法は絶対切断。どんなものでも斬れるのが最大の特徴にて唯一の能力だ。だから、斬れないものに対しては無力に他ならない。
「でも、関係ないでしょ。せりちゃんと戦うわけじゃないんだから」
「キミはそのつもりでも、彼女がそうとは限らない」
「うん、分かってる」
「不可解だよ」
おかしいことなんて分かってる。せりちゃんはわたしが邪魔をすれば今度は魔法を使って排除しに来る可能性が高い。対抗するべきだ。戦う覚悟を持つべきだ。それでも――。
「それでもわたしは、人と戦いたくない」
「自分が殺されるとしてもかい?」
「それは……いやだけど」
矛盾している。そんなことは自分でも分かっている。けれどどうしようもないんだ。戦うという意思を持ちたくない。人に敵意を向けたくない。
「まあいいよ。キミはそれで」
「え……?」
否定されると思っていたから、その反応に驚く。ディモは人の感情なんて理解しない。だから合理的な言葉を吐く。
「もしもの時はボクがキミを守るからね。安心してよ」
分からなくなる。これは何なのだろう。とことん合理的で、ルールに従って人を殺す化け物。そうであるはずなのに。どうして今はこんな言葉をかけるのだろう。
「信じられないよ」
そう言うとディモは少しだけ寂しそうな顔をした、気がした。犬の表情なんてよく分からないからそんな気がしただけだ。
「話はこれくらいにして、そろそろ突入しようか」
「うん。でもどうやって?」
ありとあらゆる出入口は黒い立方体で塞がれている。このままでは中に入ることができない。
「普通の壁は斬れるだろう?」
「あ、そうだった」
黒い立方体ばかりに目を取られていたけれど、他の部分は普通に切れるんだった。刀を振り、壁を切り裂く。今度は何かにぶつかることはない。なんの抵抗もなく簡単に斬れる。
「じゃあ、行こうか」
ディモに続いて中に入る。すると嗚咽を覚えるあの臭いが鼻腔を突きさす。
「うっ……、血の臭い……」
ミノタウロスの時以来だ。けれど感覚が麻痺してしまったのか、あの時ほどには気分が悪くならなかった。もちろんよくはないのだけど。
目の前の光景は悲惨なものだった。ばらばらに引き裂かれた死体と、立方体に拘束された人間。
「苦しませてから殺す、なるほどね。既に死んでいるのは失敗したのかな」
拘束された人はまだ生きている。手足の自由が奪われ、視界をふさがれている。魔法少女のルールで殺されないようにだ。
「拘束しただけで放置しているということは彼女の目的はここにはないみたいだね」
「……この人達、助けられないのかな」
「干渉ができないんだ。セリが解除しない限り無理だね」
「或いは手足を切断して、と思ったけど頭が固定されてるから駄目だね。首も落とさなきゃ」
せりちゃんが解除しない限り助けられない。それは。
「これでも、セリと戦う気はないのかい?」
戦う必要があるということ。せりちゃんに解除する意思がなければ、殺さない限り解除できないかもしれない。けれど、意志は変えない。戦いたくない。
「説得してみせる」
「……そうかい」
ディモは呆れたように、けれどどこか優し気に言う。
「でも、いざというときはボクはキミをどんな手を使っても守る」
「それが
機械的な言葉ではなくて、その言葉にはディモの心があった。そんな気がした。
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