第12話 悪魔

「どうして止めたんだい」


 せりちゃんが去った後の部屋でディモは静かにそういった 


「当たり前でしょ。何であんなことを……、っていうだけ無駄か」


 そう。ディモはただルールに従っただけ。理由はそれだけだ。感情的になって追及してもろくな返答はない。


「もっとゆっくり話したかったのに」


 とはいえ当初の目的は達成できた。警告。みなとさんと鳶崎さん。あの二人はせりちゃんの敵になる可能性が高い。


「……どうしてわたしは、せりちゃんを庇おうと思ったんだろう」


 危険なのはみなとさんたちよりせりちゃんの方なのに。


「人間ってやつは不合理なものだよ」


「その通りだね」


 理由は分からないけれど、何となく彼女を庇いたいと思った。本当に、どうしてなんだろう。どこか、心の奥がもやもやする。


「どうしたの?」


 とりあえず、部屋を出ようとしたのだが、ディモの様子がおかしいことに気づく。部屋の何もない一点を見つめている。というよりも睨みつけている。


「そこには何もないよ?」


 ディモが睨む先をわたしもよく見てみる。やはり、何もない。けれどこのディモの形相は、まるで魔物を見ているときのようで。


「気づかないとでも思ったのかい?」


 そうディモが口にする。しかし、見つめる先の虚空は何も変化がない。


「コヨミ、変身して。ボクの見つめる先を斬ってくれ」


「え、もしかして魔物がいるの?」


 その問いにディモは無言で頷く。人目に付く可能性が高い店の中で変身するなんて気が進まないけれど、きっとディモが見つけたその魔物は、せりちゃんと繋がってる魔物だ。逃がすわけにはいかない。


「分かった。願う、祝福をデザイア・ブレス


 変身を終えると、ディモが視線で指示を出す。それに合わせてわたしはその空間を斬る。


「やあ!」


 その空間を斬った瞬間、そこから、黒い靄のようなものが噴き出した。


「なに!?」


 その靄は最初にあった場所から移動すると、だんだんと集まって行き、人のような形をとる。


「姿を現したね。コヨミ、いつでも戦えるように構えておくんだ」


「分かってる。いつでも準備よし、だよ」


 刀を構え、形作ってゆく靄と向かい合う。魔物の完成を待つよりも今すぐ攻撃した方がいいのではないか。そう思い、一歩踏み込もうとする。その瞬間。


「あー! あー! あー! お待ちください。私は貴方様方と争うつもりなどないのですよ!」


 酷く胡散臭い声。突然喋り出したそれの迫力に押され、踏み出そうとしていた足が竦んでしまった。


「やはり知性を持つのか。危険だね、今すぐにでも殺そう」


 ディモの敵意が強まる。わたしも、その通りだと思い警戒を強める。


「私は刻示 せりの協力者。本当に殺してしまってもよいので?」


「それは……」


 その通りだ。聞き出さないといけないことがある。だから、まだ殺せない。


「耳を貸しちゃダメだよ」


「分かってるけど……、それでも知りたい。せりちゃんがどうしてあなたと組んでいるのか」


「コヨミ」


「せりちゃんはあなたを使って何を叶えようとしているの?」


「ふふふふふ、そうですねぇ。契約違反なので話してはいけないのですがねぇ」


「話して!」


 脅してみたものの手ごたえが感じられない。魔物は人型の黒い靄で、その表情は伺えない。けれど、飄々としていて余裕を感じられるのは確かだ。


「ええ、ええ! 殺されるのはごめんですからね。いいでしょう話しましょうとも!」


 刀を刀を向けられたまま、魔物は続ける。


「その前に自己紹介としましょう。私の名はナイトメア・アクター。親しみを込めて『悪魔』とお呼びください」


 そう名乗ると人型としか掲揚できなかったナイトメア・アクターの姿がはっきりとした形を取っていく。例えるなら、それは奇術師。シルクハットのようなものを被り、服装はスーツのようだ。相変わらず黒い靄のままではあるけれど。


「魔物風情が悪魔を自称するとは、思い上がったものだね」


「私が魔物風情と同格ではないことは導き手あなたがたがよくお判りでしょう?」


「……」


 ナイトメア・アクターはディモを黙らせるとわたしの方へ向き直る。


「では、本題ですね。彼女の願いはただ一つ、ある人物を苦しませて殺すことです」


「苦しませて殺す……!?」


「ええ、そうです。それには魔法少女の力は少々不便ではないですか? 目撃者は導き手コンダクターが殺してしまうから苦しませる暇がない。魔法少女の願いとして叶えるのも時間がかかりすぎてしまう」


「だから、あなたと手を組んだ」


 確かに、その願いであれば魔法少女の正攻法で叶えるのは時間がかかる。100体も倒すのなんて、わたしのこれまでのペースだと1年近くかかってしまう。ナイトメア・アクターがそれを叶えてくれるのなら、手を組んだ方が合理的だ。


「その通りです!」


「じゃあ、せりちゃんが殺そうとしているのは誰!?」


 刀を強く突きつける。それは誰? 止めないと。


「それは……、言えませんね!」


 靄が広がり部屋の中を包み込む。


「……!? なに!?」


「コヨミ、あれは分身だよ」


 いつの間にか近くによって来ていたディモに声で気づく。


「きっと本体はセリのために準備をしているんだろうね」


「ご名答です。では、またお会いしましょう。黒のプリンセス」


「そんな! 待って!」


 次の瞬間に靄は全て消え、同時にナイトメア・アクターも消えてしまった。


「急がないと……!」


「どうするつもりだい?」


「もう一度せりちゃんに会わないと。絶対に止めないと」


 人を殺すなんて。それも苦しませて殺すなんて。そんな願いダメだ。絶対にダメだ。


「当てはあるのかい?」


 もちろん、何もない。それでも探さないと。手遅れになる前に。変身を解除し、部屋から出ようとしたときに机の上に置かれた封筒に気づく。


「これは……」


 招待状? 誰の? いいや、考えるまでもない。ナイトメア・アクターだ。


「罠だよ」


「分かってるよ」


「これは彼女の問題だ。ナイトメア・アクターはいずれ必ず殺すけど、この件はキミとは関係がない」


「分かってるって!」


 それでも行く。罠だなんて百も承知だ。どうしてこんな気持ちになるんだろう。分からない。けれど。


「せりちゃんに、誰も殺させたくない」


 その気持ちだけは確かだと思う。

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