第11話 どうして

「もう、こんな時間」


 みなとさんと別れて帰路につく頃には時刻は20時を回っていた。


「お腹すいたなぁ……」


 家に帰ってから料理するのではとても間に合いそうにない。どこかで食べていくか、それとも買って帰るか。少し悩んだけど、歩いた先でコンビニが見えてきたのでそこでお弁当か何かを買って帰ることに決めた。一人で飲食店に入るのはちょっと躊躇するし。

 そう決めてコンビニに入った瞬間、彼女がいることに気づいた。よく目立つ白髪。赤く透き通った瞳。見間違うはずがない。


「あ、せりちゃん」


「……」


 わたしとせりちゃんは見つめ合う。しかしすぐさませりちゃんはわたしから目を逸らし、先ほどまでは悩んでいたであろうおにぎりの種類を無造作に選び取って。


「これください」


 颯爽とレジに持って行ってしまった。


「421円です」


「レシートはいらないです」


「お返しの79円になります。ありあとざいあしたー」


 そのまま速足でコンビニから出ていこうとするせりちゃん。あまりのそっけなさに呆然として立ち尽くしてしまうが、このまま行かせてしまっては次にいつ会えるかも分からない。そして、みなとさんはせりちゃんのような魔物とかかわりがある魔法少女を敵視している。どうして魔物とて関わっているのか、そのことを問い詰めなくては。


「ちょっと待って!」


 慌ててコンビニから飛び出して呼び止めるもののせりちゃんは意に介さず歩き続ける。負けじとせりちゃんの後を追うものの、少しずつ歩くペースを上げられていることに気づく。このままでは撒かれると思いしびれを切らして走り出す。すぐさませりちゃんに追いつき、引き留めようと肩に伸ばした手を弾かれる。


「……なに?」


 振り返ったその瞳はとても冷たく、睨むというよりも射抜くようだった。

 その視線に気圧されて怯むが、再び振り返って歩き出そうとしたところで慌ててもう一度引き留める。


「待って! 話をさせて!」


 今度は振り返ることなく歩き続ける。それでもこのチャンスを逃すわけにはいかないと再び手を伸ばす。


「お願いだから話をさせて!」


 僅かにこちらに向けた瞳はやはり冷たい。けれど、今度は怖気づかずに目を逸らさない。


「あなたと話して何になるの?」


「それは、同じ魔法少女だから……」


「そんな理由なら話す価値はないわ」


 こうやって突き放されるのは二回目だ。分かっている。これじゃダメなんだと。踏み込むことを恐れていては何も進まない。


「どうして、魔物と一緒にいるの?」


「……」


 反射的に飛び跳ねて距離を取ってしまう。敵意だったものが、殺意に代わる。肌を刺すような。比喩ではなく、はっきりとそう感じる。


「……犬。そうね、気づかない方がおかしいわね」

 

 せりちゃんは深いため息を吐くと、その鋭い殺気を静める。


「分かったわ、話だけはしてあげる」


「ほ、ほんとに!?」


「いつまでも付きまとわれちゃたまらないわ。一度話せば満足するんでしょ」


 そう言うせりちゃんの表情は不本意であることがはっきりと表れていたが、もう突き放すつもりはないみたいでひと安心する。


「ついてきて」


***


「学生二人、時間はそうね……、1時間あれば十分かしら」


 そう堂々と告げたせりちゃんの態度に店員さんは見るからに困惑する。わたしもはらはらしながらせりちゃんの後ろにいた。


「あのぉ、当店は18時以降の高校生は利用できなくて~」


「そうだよせりちゃん! ここカラオケだよ!?」


 しかも結構お高いところ。学生御用達の格安チェーン店などではなく、大金持ちのセレブがパーティをするような場所だ。そういう意味でも店員さんは驚かされたのだろう。


「それに言っては何ですが、うちは子供が来るような場所ではないですよ」


「……これを見なさい。意味は分かるわね」


 せりちゃんが受付に見せたのは小さなカード。何のカードだろうか。わたしには分からなかったけれど、それを目にした瞬間、受付の顔色が真っ青に変わった。


「これは……、し、失礼いたしました! すぐお部屋をご用意させていただきます!」


 受付は手元の機械を操作し、慌ててわたしたちを部屋に案内する。


「何を見せたの?」


「教えない」


 小声で尋ねるが跳ねのけられてしまう。


「こちらのお部屋になります。では、どうぞごゆっくり」


 部屋に入るや否や、せりちゃんは羽織っていた上着を扉にかけて窓を塞ぎ、外から見えないようにする。声もスピーカーから流れる音楽で外には漏れない。魔法少女の話をするには持って来いの密室だ。


「で、私が魔物と手を組んでいることを咎めるの?」


 せりちゃんはソファーに腰を下ろし、そう切り出す。それに続いてわたしもソファーに腰を下ろす。


「ううん、そんなつもりはないよ。理由は教えてほしいけど」


 別に魔物と手を組んでいることを否定するつもりはなかった。けれど、理由は知りたい。それに、みなとさんのこともあるし。


「理由を話して何になるの」


「とりあえず、わたしが満足する」


 そう言い切るとせりちゃんは呆れたようにため息を吐く。


「悪いけど、理由は言いたくない」


「そっか、そうだよね」


 これ以上しつこく聞いても無駄だと、ここが引き際だと感じた。


「コヨミが納得しても、ボクは納得しないよ」


「ディモ!?」


 リュックの中に詰め込んでいたディモが敵意むき出しで這い出てきた。それに対抗するようにせりちゃんの導き手コンダクターが彼女の鞄から出てくる。あの時にいた白猫。まるでディモと対になっているようだ。


「久しぶりなのね、ディーモンデリラリェイエス」


「ニャルラリリエル、キミはいったいどういうつもりだい?」


 向かい合う二人(というより二匹)は陰険なように見えた。


「キミは魔物と魔法少女が手を組んでいることを黙認しているのかい?」


「その通りなのよ。何かいけない?」


「当たり前だ。それはボクたちのルールに反する」


「それはニャルたちにはできないことなのよ」


 ルールを破れない? ディモもそんなことを言っていた。そういう存在なのだと。


「……なるほど、そういうことなんだね」


「何に納得したの?」


「簡単な話だよ。この猫は魔物を殺さなければならないルールよりも優先されるルールに従っている」


 ルールにも優先度があるというわけか。じゃあそのルールはいったい。魔物と敵対することよりも優先されるルールって何だろう。


「そのルールは一つだ。魔法少女の願いを叶えること」


「え……!?」


「セリ、キミは魔物を使って何を叶えようとしているんだい?」


「……」


「答える気はないか。でも、それで引き下がると思ったら大間違いだよ」


 ディモの触手が伸びる。だめ。ディモを止めようと割り込もうとする。しかし次の瞬間にはディモの触手は全て切り落とされていた。


「させないのよ」


 ニャルラリリエルの爪がディモの触手を切り裂いたのだ。


「邪魔だよ」


 さらに触手を出し。せりちゃんを襲うディモ。


「させないと言っているのよ」


 しかしその全てをニャルラリリエルは迎撃する。けれど、どこかディモには余裕があり、ニャルラリリエルは苦しそうに見えた。


「キミは二本、ボクはまだ増やせる。守るのは難しいよ」


 ディモの攻撃の勢いが増す。ニャルラリリエルが押され始めその身に傷を負っていく。


願うデザイア……」


 せりちゃんの声が聞こえた。ここで変身するつもり!? ディモから逃げるために使うなら目撃者が生まれてしまう可能性が高い。


「だめーーー!!!」


 咄嗟にディモを抱きかかえる。するとディモは驚いたのか触手を引っ込める。


「逃げて! せりちゃん!」


 せりちゃんは一瞬目を丸くするが、すぐに冷静な表情に変わる。


「……一応感謝をしておくわ」


 ドアにかけた上着を羽織り部屋から出ていこうとする。その前に、一つ伝えておかないといけないことがあった。彼女と話したかった理由の大半がこれだ。


「金髪でゆるふわウェーブの眼鏡かけてる人と黒髪の小柄な子があなたみたいな魔物と手を組んでいる魔法少女を狙ってる! 気を付けて!」


 せりちゃんは何も言葉を返さずに、部屋から出ていった。

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