第8話 確かめたいこと

 あの後、有希と別れたわたしは確かめたいと思っていたことのためその場所を訪れていた。

 然山寺。わたしの魔法少女としての始まりの場所。わたしを魔法少女に誘ったのは然山寺さんだ。彼は、魔法少女のルールについて分かっていて黙っていたのか。わたしの意志を尊重するため、と魔物に両親が殺されたことを黙っていてくれるような人だ。そんなことはないと思いたい。どちらにせよ、然山寺さんに会わないと。何も知らなかったとしても、今のわたしにとって、全部を包み隠さず話せて相談できる人だ。


「然山寺さん、いるかな」


「さあね」


 鳥居をくぐり抜けたところでディモがぴたりと足を止めた。それに釣られてわたしも足を止める。

 ディモが見つめる先。暗がりの向こうからぼんやりと明かりが近づいてくる。少しして、姿がはっきりとしてくるとその姿は侍を思わせる装束を見にまとった少女。左手には一際目立つ炎を纏った剣が握られている。

 余りに現実離れした姿。もしかして魔法少女、と、そう声を出そうとした瞬間だった。


「小詠、いますぐ変身するんだ!」


「えっ!?」


 ディモの言葉に驚いた瞬間にはもう始まっていた。一瞬で間合いを詰めた少女は移動の軌跡のように緋髪を靡かせて、それと同じ色をした燃え盛る炎を纏いし剣を叩きつける。ディモはそれを盾のように重ねた触手で受け止める。


「……、厄介な導き手」


「ボクはどちらかというと防御向きだからね」


 少女は一度剣を引くと、それに再び炎を灯しディモの触手の盾に打ち込む。続けて何度も打ち込み続ける。するとディモは耐えかねたのか、受け止めるだけでなく、はじくように切り替えていく。


「何をしているんだい! 早く変身するんだ!」


「う、うん!」


 すっかり立ちすくんでしまったが、ディモの声で気を取り直す。彼女は魔法少女、だよね。どうしてわたしを襲うのか。分からない。分からないけれど今はそんなことを考えている場合じゃない。


願う、祝福をデザイア・ブレス!」

 

 呪文を唱えるとすぐに変身が完了し、いつもの装飾過剰な制服を身に纏い、右手には漆黒の刀が握られている。


「黒の魔法少女……」


 少女が呟く。その次の瞬間にはわたしの目の前まで距離を詰める。なるほど。一度目は何も見えなかったけれど、どうやらあの炎を噴射して爆発的な加速をしているのだと理解できた。魔法少女に変身すると身体能力だけでなく、動体視力だとか思考速度とかも上がっているらしい。けれど、理解できたからと言って、身体が間に合うかは別の問題で。


「ッ……!」


 ギリギリで刀でガードはできたものの、体制が大きく崩され、膝をつく。まずい。そう思ったが少女の追撃はこない。


「……なるほど、危なかった」


 何かに気づいた様子。わたしから距離を取り、攻めてこない。


「なら……こうする」


 炎が剣から噴き出す。少女は切っ先をこちらに向ける。さっきの加速とは違う構え。何が来る? 刀を構え、攻撃に備える。


「燃えろ、赤の紅炎レッド・ブレイズ


 炎が剣から放出される。それはまるでビームか何かのよう。それをわたしは斬り払うため黒の切断ブラック・セイヴァーを振り抜く。その瞬間に、ディモの触手の盾が割り込む。


「コヨミ、無駄使いをしてはだめだ」


 炎を受け止めながらディモは、わたしだけに聞こえるように小声で話す。


「ディモ!?」


「さっき防御した時に1つ使っているよ。全部使い切ればキミの負けだ」


 ディモが何のことを言っているのかはすぐに理解できた。魔法の回数制限。わたしにはそれがある。彼女に制限があるかなんてことは分からないけれど、ないと考えた方が無難だろう。つまり、炎を斬り払うなんてことに1回を使っている余裕はない。もし彼女が何度も炎を撃てるのだとしたらなおさらだ。魔物とは違う。魔物であれば1~2回使えば倒せるから制限でも何でもない。けれど今ははっきりとそれが枷であることを感じる。これが魔法少女と戦うってことなんだ。


「……どうして、庇った」


「大切な契約者を守るのは当然じゃないかな」


「そう……、そうじゃない、でしょ」


 少女は剣を連続で振り、炎の塊を飛ばす。それをディモは触手で受け止め、振り払う。その触手は炎に焼かれ、消耗しているのがわかる。少女がどれほど魔法が使えるのか分からない。ディモが先に限界を迎えるかもしれない。やるしか、ない。


「覚悟はできたかい?」


「うん……、できるならしたくないけど。覚悟はできたよ」


 こんなところでわたしは死ぬわけにはいかない。向かってくるなら、立ち向かうしかない。もちろん、端からそうするつもりはない。けれどわたしの魔法は触れたもの全てを斬り裂く魔法。加減ができるか分からない。


「炎が止んだら行くよ、援護をお願い」


「任せてよ」


 ディモに背中を預けるのは複雑な気分だけどなんだか悪くない。

 刀を構えて時を待つ。一瞬、炎の勢いが鎮まる。その瞬間を見逃さずに一歩、足を踏み出す。


「今!」


 ディモに合図をし、わたしは駆け出す。迫り来る炎はディモに任せて、一直線に、少女の方へ駆ける。


「熱っ……! あと少し……!」


 炎が頬を擦り、皮膚が熱で焼ける。その痛みで一瞬怯むが、すぐに持ち直し少女の方へ突撃する。再び炎が襲う。斬り払おうかと思考が過るが、視界の端にディモの触手が伸びるのが見えたため信じて走る。炎がわたしにあたる直前にディモの触手が炎を払う。


「行くんだ! 小詠!」


 言われなくても――。


 あと僅か。ほんの僅かで刃が届く。最後の一歩を踏み出し、刀を振り下ろす。そうしようとしたその時に、わたしと少女の間に割って入る人影。それを見て慌てて振り下ろす手を止める。


「2人とも、そこまでや!」


 ふわりとウェーブのかかった長髪。染めた歪なものではなく、天然物だと分かる鮮やかな金髪。そして、その服装はまるでナース服。


「魔法少女……?」


 ディモがナース服の彼女を殺そうとしないことから自然とそう理解した。侍姿の少女も、彼女が割って入ってからおとなしくしている。


「日陰、ここに来るやつは敵やない。そう言ったやさかい」


「……知らない」


 再びこちらへ敵意を向ける少女。慌てて刀を構え直すが、ナース服の彼女が少女を制止すると、仕方なさそうに変身を解く。


願う、封印をデザイア・シイル


 少女が変身を解くと、あることに気づき驚く。


「髪の色が変わった……?」


 先ほどまで、炎のように赤かった少女の髪は、まるでどこにでもいるかのような黒髪へと変わっていた。


「ほな、あんたも変身解きな」


 そう促されて変身を解く。ナース服の彼女も続けて封印を解くが、彼女の髪は金髪のままだ。


「まずは自己紹介といこか。うちは水無月みなと。で、こいつは鳶崎日陰や。さっきは悪かったなぁ」


「あ、わたしは比奈瀬小詠です。えっと……」


 状況が掴めない。この2人は知り合い? 或いは仲間なのだろうか。だとしたら水無月と名乗った彼女も敵なのだろうか。しかし、全くの悪意のない表情を向けられ、気が緩む。


「あんたも然山寺に会いにここに来たんやろ?」


「え、はい。そうですけど……」


 どうしてそれを。そう口にする前に答えに気づく。彼女たちも然山寺さんにに誘われて魔法少女になったのだろう。


「残念やけどここに然山寺はおらへん。昨日から張っとるが一度も帰って来ん」


 昨日と言えば、わたしが魔法少女になった次の日だ。ということは然山寺さんはわたしを魔法少女に誘ってから一度も帰ってきていない? そんなの、まるで逃げ出したみたいに思えてしまう。


「仕事が忙しいだけじゃないですか?」


「うちもうちもそう思おうとしたんやけどな。こっち来て見てみ」


 そう言って水無月さんは寺の裏にわたしを案内する。


「勝手に入っちゃ……」


「そうは言っても、もう、もぬけの殻やんね」


「え……?」


 水無月さんに続いてわたしも中をを見る。すると、そこには二日前に然山寺さんに会った時には、確かにあったはずの家財道具一式が何一つなくなっていた。


「そんな……、どうして……」


「理由は分からん。が、あいつが逃げたことだけははっきりしとる」


 力強い瞳。その瞳に映るのは然山寺さんだろうか。然山寺さん、どうしていなくなっちゃったの。話したいこと、聞きたいこと、たくさんあったのに。


「ま、あいつのことはいったん置いておくとしてや」


 さらっと切り替えて、わたしの方へ向き直る。その瞳からは先ほどの力強さは抜け、微かな笑みが見える。


「せっかく出会えたんや。情報交換と行こか。あんたも、知りたいこと、たくさんあるんやろ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る