第5話 待ってはくれない
「そう言えば体育館の倒壊事故って、いったいどうしたの?」
夕食を終え、TVを見ながら自然な風に切り出した。
「ん、ああ。あたしも詳しいことは知らないけど、老朽化だとかなんとか」
そんなはずはない。そう分かっていても、目の前の有希が嘘を吐いているようには見えないし、嘘を吐く理由がない。だったらどうして。さっきのディモの言葉を思い出す。あの口ぶりだとまるで、魔物のせいで誰かが犠牲になってしまっても傷つかないみたいだったけれど。
余り思い出したくないけれどあの時のことを思い出す。あの時の犠牲者。わたしたちのクラスメイトの真中さん。思い出すと、最期の悲鳴が頭の中で反響し、どうにかなってしまいそう。それをなんとか堪えて考える。彼女はいったいどうなったのだろう。倒壊事故で、犠牲者がゼロだというのならあの時死んでしまった真中さんはどうなったのだろう。
「じゃあ、真中さんはどうなったの?」
わたしがそう言うと有希は眉を顰めて不審げな態度を露にする。
「真中さん? そいつは一月前に転校したやつのことか?」
「真中さんが転校した……?」
「おう、そうだぞ」
どういうことだろう。真中さんは最初からいなかった? あの時見た真中さんはわたしの見間違い? いいや、もし仮にわたしの見間違いだったとしても、少なくともわたしの記憶に、真中さんが一月前に転校したなんていう記憶はない。なら、どうして。これがディモの言っていたことの真意なの?
「それ、ほんとうに?」
「なんだ、やけに食いつくな。そんなに真中さんと関わりなかったろ。あたしもあんまし覚えてないし」
「な……!?」
信じられない言葉だった。あれほどに、クラスの誰とでも仲良くなっていた有希からそんな言葉が出るなんて。それに、真中さんとは親しい方であったはずだ。それなのに、そんな彼女のことをあまり覚えていないと言うなんて。
「ん、どした? そんなに驚いて」
「だって、有希と真中さん、仲良かったじゃない」
「へ? なんか勘違いしてるんじゃないか?」
信じがたいことだったけれどようやく確信した。有希の記憶から真中さんという存在の記憶が限りなく薄められている。ディモが言っていたことはこういうことだったんだ。犠牲になった人物のことを誰もがどうでもいいと思っていれば誰も傷つかない。そういうことだろう。でも、そんなの余計に辛いよ。そう言ったらきっとディモは辛いのはキミだけだよ、なんて言うんだろうけど。
「それでは、次のニュースです。夕方、西影街の工場で爆発事故が発生……」
ふと、TVで流れているニュースに耳が傾いた。西影街と言えばこの明巳町から電車で4駅。かなり近い。
「幸いにも、死傷者はゼロだそうです。では次のニュース」
体育館の倒壊事故での犠牲者ゼロ。本当は12人も犠牲になっている。この事故も、本当は犠牲者が出ているのではないだろうか。いいや、そうとしか思えない。
「ごめん、有希。今日はもう帰ってくれる?」
「ん、ああ。そろそろ帰ろうかと思ってたところだけど。いきなりどうした?」
「えっと……、ちょっと用事を思い出したから」
いくら何でもいきなり過ぎた。不審げな有希の視線が痛い。苦し紛れの言い訳を放つと、有希はとりあえずは納得したようで。
「そっか、分かった。じゃあ、また明日な」
「うん、またね」
「ひょっとして男か? 小詠も隅に置けないやつよのぅ」
家から出て数歩歩いたところで突然振り返って、戯けた口調で言った。
「え!? は!? ち、違うよ!」
「あはは、じゃ、またな!」
そして有希は走り出し、夜の闇に消えていった。
「で、ディモ。さっきの爆発事故のことだけど」
有希が完全に見えなくなってからわたしはディモに話しかけた。
「わふぅ?」
首を傾げてあたかも人間の言葉なんて分かりませんと言いたげな仕草をするディモ。それ、首を傾げた時点で理解してるからね?
「もう犬のふりはいいから!」
「そうだね、キミの想像通り、魔物の仕業だね」
やっぱり。なら行かないと。もう手遅れだとは分かっているけれど、それでも、せめて魔物だけは。放っておいたら被害が広まる一方だし。そう言えば、ディモは魔物の出現が分かると言っていたけれど。
「ディモは魔物が現れたって気づいてたの?」
「まあね。でもキミに犬のふりをしていろと言われたから黙っていたよ」
変なところで頑固なやつだ。犬のふりをしていてと言ったのはわたしなのだからディモを責めるのはお門違いだけど、もっとこう、有希に気づかれず、わたしだけに分かるように機転を利かせて伝えてくれればいいのに。
「行くのかい?」
歩き出すわたしを引き留めるようにディモは言ってきた。
「当たり前でしょ」
迷いはなかった。どうせ無駄だとしても。もう誰かが犠牲になってしまっていたとしても。それでもまだ魔物は暴れている。これ以上被害を増やさないためにも、早く倒さなくちゃいけない。
「もう遅いと思うけどね」
「そんなことは分かってるよ。でも、魔物は倒さないと」
もう助けられないことなんて分かってる。それでも、行かなくちゃ。
「それがもう遅いと言っているんだよ。キミの他にも魔法少女はいる」
「え、そうなの?」
わたしの他にも魔法少女がいたなんて。いや、勝手に魔法少女がわたし一人だと思い込んでいただけだ。自分は選ばれた人間だと、少し思い上がっていた。
「うん。キミの他に少なくとも10人はいるはずだよ」
「じゃあ、その誰かが倒してくれた?」
「その可能性が高いね」
なら、良かったのかな。それなら本当に誰も犠牲になっていないかもしれない。けれど、爆発事故と報道されるほどの惨状が起きてるということは、やっぱり犠牲者は出てしまったんだと思う。
「それでも行くのかい」
「うん、せめて見届けたい。わたしが、助けられたかもしれない人たちだから」
これはわたしのエゴだと思う。実際にわたしが間に合っていたとして、それで彼らは助けられたのか。そんな保証はない。それでも、このままでは気持ちの収まりがつかなかった。
***
電車を降りると時刻は10時過ぎ。高校生が外を出歩くにはぎりぎりの時間だった。事故の影響で人通りが多く目立ちにくかったのは幸いだ。もし警官にでも見つかっていれば幼く見られがちな容姿が災いして呼び止められていたかもしれない。
人混みを掻き分け、工場の前に着くとそこにはもくもくと黒い煙を上げ、あちらこちらから火の手が上がる状況だった。消防車が数台ほど到着し、必死の消火活動を行っている最中であった。
その隙間に潜り、工場の中に侵入する。その中では信じられない光景があった。まだ、魔物がいたのだ。
「もう人が集まってきてるのに……!
急いで倒さないと。消火活動が内部まで到達したら大変だ。魔物に殺されていしまうのはもちろん。このままでは、わたしを目撃して死んでしまう。
刀を構える。すぐに終わらせる。そう意気込んで魔物を見据えるものの様子がおかしい。
目の前の魔物、炎を纏った巨大な蜥蜴のような魔物はわたしを前にしても一向に動こうとしない。いや、正確には動こうとはしているものの、何かに抑えられていて動けないようだ。よく見てみると蜥蜴の四肢に何か黒い棒のようなものが刺さっている。あれが蜥蜴の動きを封じているみたいだ。
「あれはサラマンダーようだけど、何だか様子がおかしいね」
「捕まってるみたい?」
いったい誰に? 他の魔物によるものかと思い、周囲の警戒を強める。同時に二体以上の魔物が出てくる可能性は聞いてはいなかったけど、魔法少女が何人もいるんだし、魔物が複数同時に出てきてもおかしくないと思う。
「やっときたわね」
「誰?」
声の方向を向くと、建物の陰から一人の少女と、猫が現れた。少女は真っ白な髪と、血のように赤い瞳を持ち、服装は丁度わたしの魔法少女の衣装と対照的な白を基調に、フリルなどで装飾された学生服をモチーフとした服。猫の方もこれまた真っ白で、どこか高貴な印象を受ける。一瞬、見られたと慌てるものの、一向にディモが動き出さないことから、彼女が同じ魔法少女であると理解した。
「そこのあなた、それ、あげるわ」
白い魔法少女はサラマンダーを無造作に指差しながら面倒くさそうに言った。
「え、えっと。あげるって? それとあなたは魔法少女だよね?」
突然あげるだなんて言われてもどういう意味なのか分からず困惑する。その指差す通りサラマンダーをあげると言われても、そんなもの貰っても困るというか。
「討伐数。欲しいでしょ? あなた、魔法少女なんだから」
そうか。今わたしがサラマンダーを殺せばわたしの討伐数になるんだ。願いに一歩近づくのだから願ってもないことだけど、どうして彼女はそんなことをするのだろう。
「確かに欲しいけど。あなたも魔法少女でしょ? 叶えたい願いがあるんでしょ? なら受け取れないよ」
「私に、願いはない」
願いがない。だったらどうして魔法少女に。そう聞く前に、目の前から彼女はいなくなっていた。
「突入-!」
彼女に気を取られている暇もなく、消防隊の工場内部の消火が始まった。迷っている暇はない。急いでサラマンダーを倒し、ここから脱出しないと。
「やあ!」
動けない相手の攻撃するのはあまり気分の良いものじゃなかったけど時間がなかったから悩む暇はなかった。脳天を一刀両断。それでサラマンダーは絶命し、黒い粒子になって散っていった。
「
サラマンダーを倒した後は、火事が起きてない建物の上に乗ってから変身を解く。変身したまま脱出できないし、そのままあそこに棒立ちしているわけにもいかなかったから苦肉の策だ。これからどうしようか。
「この後のこと、考えてなかった……」
変身しないとここから降りられない。でも、変身すれば目撃者を死なせてしまう。手詰まりだった。
「ここから出たいのかい?」
「消火が終わるまでここにいるのはちょっとね。朝になっちゃうよ。どうにかして、工場の外に出ないと」
とは言っても何も打てる手はなく、座り込む。
「なんだ、そんなことか」
そう言ってディモはわたしの体を伸ばした触手で掴む。
「え、何のつもり!?」
「こうやってキミを建物伝いに運んでいけばいいんだろう?」
ディモは触手でわたしを隣の建物の上に運び、今度はその触手で自分を持ち上げて、わたしのいる建物に移動してきた。
「そんな使い方もできるんだね」
「どちらかというとこっちが本来の用途じゃないかな?」
昼間に人を殺した道具に助けられているのはなんとも複雑な気持ちだ。
「しっかりつかまっていてくれ、いくよ」
幸い人が集まっていたのは工場の表側だけで、わたしはディモによって人気の少ない工場の裏側から抜け出した。
「名前、聞きそびれちゃった」
白い魔法少女。わたし以外の魔法少女。彼女は願いがないと言った。なら、どうして彼女は魔法少女になったのだろう。
「また会えるかな」
そう、願うように呟いて、工場を後にした。
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