第25話★病院、彼方から聞こえる少女の声
冬深生徒会長が言っていた完全隔離の前日ということもあってか、病院内は慌ただしい雰囲気に包まれていた。
看護師らしき人達が書類や器具を持ちながらあっちへこっちへ移動していたり、数人が集まって話し込んでいるのも目についたし、なんとなく受付の翼人の女性もどこか疲れた表情を浮かべている。
僕達は魔障病の患者と面会するにあたり、いろいろと準備が必要らしいと言われ、少しの間待合室で待っているところだ。
「どうにか受付が終わったけど……なんだか大変そうだね」
「……そうですね」
「ま、まぁ無理もないのかな。生徒の完全隔離ってなると、いろいろと問題もありそうだし……」
「…………」
エステルは、先程とは打って変わって大人しいというか、妙に反応が薄く、こうして会話が続かない。普通に考えて、妹と言われたマウの様態が気になっているのだろう。
そうなってしまうと、なんとなく気まずくなっては視線を泳がして時間を潰すしかなくなる。
入り口の方に目を向ければ、校門前のテレポータルで荷物検査をしていた、赤色が特徴的な制服の魔法使達が見える。
そういえば、エステルは完全隔離について知らないようだった。そんな様子を見かねて昼休みのことを話そうともしたが、どう説明すればいいかわからない。
しかも、これ以上余計な心配をさせるのは良くないだろうと思って口を噤んでしまった。
そもそも、完全隔離というのをよく理解できていない。
言葉通りなら、魔障病の患者を別の場所に隔離して、他の患者や一般の人とは面談が出来ない場所へ移して治療をするということになるのか。
そもそも治療法が確立していないとか言ってた気がするし、魔障病の患者を集めて何やら良からぬ実験などをするのではないかとも思えてしまう。
そう思うと、ワカナやエイタにその事を話してくれた冬深生徒会長の表情は、深刻そのものだった事を思い出し、あながち間違えでもない気がしてきた。
「……先輩?」
「ん、ん? どうしたの?」
もう少し詳しく話を聞けばよかったかな、そんな事を思い出していると、隣に座っているエステルが小さい声で呟いた。
「その……完全隔離っていうのは、もうマウに会えないってことになりますよね? 違いますか??」
病院に来るまでは、テンションが高かったエステルから重々しく苦しそうな言葉を聞くとは思わなかったので、少したじろいでしまう。
「そう、なるよね……とても悲しいね」
「……そうですね」
「えっと、きっと腕の立つ研究者や医師が治してくれるよ」
「……そうだといいんですけどね」
エステルの横顔は蒼白に近く、一言一言が弱弱しく相当落ち込んでいる様子だ。
この反応から見てわかるように、コウタの妹である日ノ本マウとはかなり仲が良かったのだろう。
無二の親友が奇怪な病気に罹り、学校にも行けずに、約三年間という非常に長い時間をこの病院で過ごしたらしい。
更に追い打ちを掛けるように、明日から日ノ本マウを含めた数人は、他の人が面会できないような場所に隔離されてしまうと知って、平常心を保っていられるはずがない。
思わず自分の無力さが腹立たしく思えてくる。
本来ならば、日ノ本マウの兄として掛けるべき言葉があるはずだ。しかし、今の僕は本来の兄ではなく赤の他人、何と言えばいいのかまるで見当がつかないし、生半可な言葉はエステルを傷つけてしまうかもしれない。
これ以上エステルの顔を見ていると、罪悪感で押しつぶされてしまいそうだったので、待合室の近くにある大きな窓へと視線を向けた。
「申し訳ありません、お待たせしました。それでは、ご案内しますね」
すると、ちょうど良いタイミングで、翼人の看護師さんに声を掛けられた。
僕等は立ち上がると看護師さんの案内の元、病室へと向かった。
★
病室のある階へ着くと、看護師さんは目の前にある扉に手を触れた。すると、自室の扉と同じように波紋が広がり、その先に廊下が見える。
廊下の右側は全面ガラス張りになっていて、外の景色が良く見え、何とも言えない夕焼けが行政区内を覆っているのが見えた。
逆に左側は絵画のようなものが飾られていた。というのも、壁に絵が埋めこまれているが、それはどこかの情景が移り変わるようにして変化していて、動画っぽい。
もう一度、外の景色へ目をやる。夕暮れ色に染まる街を見ながら、今日もいろいろあったなーと思い、遠い目になる。
当然ながら明日も同じように授業がある。どこか嬉しい気持ちがある反面、一刻も早くこの世界に来た原因を解決して元の世界に戻ったほうが良いのではないか、という思いももちろんある。
この世界は魔法が使える。とても魅力的だし、ずっと居たいと思う気持ちもある。しかし、この体は日ノ本コウタというまだ大人にもなっていない、少年のモノだということも忘れてはいない。
この体に居座り続け、本当じゃない彼を演じ続けるのは、彼の関係者に迷惑を掛ける。というか、もう既にエイタとワカナには掛けている。
そんな事を考えながら、廊下を歩いていく。チラリと、エステルの方へ目を向ける。
エステルは先程と印象がガラリと変わり、とても静かで何を考えているかわからない表情をしていた。
その横顔はどこか寂しげで儚く、思わず目を逸らしてしまう程つらい表情に見える。
廊下の突き当りに着くと、扉にむかって看護師さんが手を掲げた。
扉の先には、明るい印象がある歩いて来た廊下とは違い、冷たい印象を受ける無機質な廊下が続いていた。
看護師さんと思いのほか平気そうなエステルに続き、恐る恐る廊下に足を踏み入れる。
どこか研究室のような場所だなと思いながら、一つの扉の前を通り過ぎようとしたときだった。
『…………』
「……え?」
声が聞えた様な気がした。
ふと足を止め、その扉に文字が書いてある。
『第一・整体魔法士整備室』と書いてあった。
「――ッ!」
その文字を見た瞬間、脳内に凄まじい痛みが襲う。
思わず手を壁に当てるが、激痛は収まる気配がなく、ふいに誰かに呼ばれているような気がして――
★
無機質な廊下に少女と大柄な男性が佇んている。どちらもどことなく人間味が無く、ただそこにあるような朧げな存在感を放っていた。
男性がおもむろに少女の手を取り、『第一・整体魔法士整備室』と書かれた扉を開けた。
その部屋の中は静寂に包まれており、二人は広い部屋の奥へと歩を進める。
整体魔法士を整備するために必要な医療機器が立ち並ぶ中を抜け、奥へと辿りつく。
そこには男性と同じくらいの高さがある石柱が立っており、色とりどりの煌魔石が埋め込まれている。
また、足元には石柱を結ぶように魔法陣が引かれ、その中央に質素な椅子が一つだけ置かれていた。
男性は中の様子を確認すると、無言で少女の手を引き、椅子に座るよう指示を出す。
少女は生きているのかもわからないような緩慢さで椅子に座ると、両手を膝の上に置いた。
男性は、少女が椅子に座ったのを確認すると、おもむろに両手を合わせ静かに目を閉じた。
男性が一つ呼吸を置くと、全身からおびただしいほどの魔霧がほとばしる。
少女は一瞬顔を背けるが、すぐに視線を戻し、男性の瞳を見つめた。
男性がその目を見つめた瞬間、二人の意識が繋がった。
少女の目には空があった。何もかも吸い込んでしまう、大海のような空が。
それを確認した男性は、その瞳を強く見つめ返し、静かにそして正確に呪文を唱えていく。
すると、石柱に埋め込まれていた煌魔石が輝きを増し、一定の間隔で明々し始めた。
『――ああぁぁぁああ!!!!』
突如、今までただ茫然とした様子で椅子に座っていた少女が、絶叫に近い声を上げ頭を抱えて蹲る。
男性はその様子を気にも留めず、ただひたすらに同じ呪文を唱え続けている。
間もなくして、少女は何かが自分の中に入ってくるのを感じた。
それが何なのかはわからない。ただ、これからに必要なモノであることを理解した。
まもなくして、少女の意識が朦朧とし始める。
それと同時にもう一つの意識が覚醒し始める。
少女が選んだ道は、選択と分岐の狭間を彷徨うことだった。
その道には誰もいない。振り返っても何もない。ただ目の前には、彼女の道を導くように手を差し出す者がいる。
それは誰だ。
少女は無我夢中でその手を取った。
しかし、手を取ったのに、それが誰の手であるのか少女は知らない。
少女はその手を離そうとした。しかし、その手が離れることはなかった。
――知りたい。
誰かから声が返ってきた。
その声に呼ばれるよう少女は静かに顔を上げる。
この手は誰のものなのか。
いつしか、両手でその手を掴んでいた。
――君を、知りたい。
生まれも親の顔も自分さえも知らない少女は、別に何も知らなくていいのかもしれない。
しかし、だからこそ知りたかったのかもしれない。
知らないことを罪だと思うからこそ知りたいと思ったのかもしれない。
その手を握り返す者は誰なのか。
自分の手を頑なに握り返しているのは誰なのか。
その誰かを知りたい。知らなければならない。
その本流が少女の中に流れ、何もなかった少女を一から再構築していく。
知るべきだ、ここにいることを。ここにいたことを。ここにいる者達のことを。
そして、少女は――
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