第23話★買物、花の香りを辿って
僕らは休憩所を出て、校門と昇降口のちょうど中間地点の大きな噴水がある広場へと向かった。
エステルは、もしかしたらそこにワカナが待っていると思ったのだろう。しかし、ワカナの姿は無く、ついでにエイタの姿も見当たらない。
先程のワカナへの並々ならぬ思いを見てしまったから、エステルの様子が気になり彼女の方を向くと、棒立ちのまま水が滴る噴水を見つめていた。
エステルの背中からは並々ならぬ悲しみのオーラーを感じ、何か慰めの声を掛けようと思うよりも早く、すすり泣く声が聞こえて来る。
「ぐ、ぐすん。ワタシすごく悲しいです……先輩方が待っていないなんて……。いや、エイタ先輩はまじでどうでもよくて……あー! ワカナ先輩!」
エステルは、周りに他の生徒がいるのにも関わらず、最後の台詞を明後日の方を向いて叫んだ。その叫び声に、まずは僕が驚き、続けて周りにいた生徒も何事かと、驚いた様子で振り返っている。
その視線の数々に気恥ずかしさを覚え、何か慰めの言葉を言おうという使命感に駆られる。
「ま、まぁ、いないもんはしょうがないよね? というか、それ聞いたらエイタめっちゃ悲しむと思うけど……。と、とりあえずさ! いつ来るかわかんないし、行こうよ!」
「あ、そうですねー、ちゃっちゃか行きましょうかー」
「う、うん。ってちょっと早!」
僕の言葉を聞いた途端、悲しい顔から急に真顔になったエステルは、台詞を言い終えると同時に校門へと歩き出した。
何とか落ち着かせることが出来た?
いや、多分だけど出来てない。あまりの急な変化に、情緒が不安定なのではないかと心配にもなるが、この場に置いてかれるのは勘弁なので、急いでその後を追いかける。
エステルに追いついて校門を出ると、驚いたことに生徒が列を成していた。一瞬で移動できるから、列何て出来ないと思ってたけど……。その答えは目の前にあった。
テレポータルまでは少し下り坂になっていて、列の先頭の様子が目に入る。
そこでは、何やら赤色が目につく派手な制服を着た数人の大人が、生徒達の荷物をチェックしている様子が見えた。
それを見て、今更ながらに納得する。
昨日の今日だ。爆破事故があった――結局あの後のことはよくわからなかった。というか何か聞いちゃまずそうな雰囲気が漂っていた――ため、前の世界で言う警察の様な組織が、生徒の持ち物をチェックしているのだろう。
ふと、目の前にいる大人たちのことをエステルに聞こうと思ったが、これ以上この世界で当たり前のことを聞くのも不審がられると思い空いた口を閉ざした。
「はぁ、荷物検査やったところで、ワタシ達関係ないのに意味ないですよねー」
「そ、そうだね。一介の学生が昨日の爆破事故に関係しているとは思えないし……」
「え? 爆破事故? 何言っちゃってるんですか?」
「あ、いや……」
しまった、昨日のことは公にされていなかったのか?
「まー、爆破事故って言われた方が納得できますよね。なんといっても、あの神魔族がペットとしてるマカルガル・ドラゴンが襲ってきたなんて、いったい誰が信じるんですかねー」
「マ、マガルガル・ドラゴン!?」
神魔族という聞いたことの無い種族に驚いたが、それ以上にエステルが最後に言った『マガルガル・ドラゴン』という、今朝見た恐ろしい竜に意識が移った。
あの竜のせい――と言われると、確かに納得も出来るが、どうやらエステル的には爆破事故と言った方が納得ができるようだった。
「はい、マガルガル・ドラゴンです。最近、よく見かけるって話しありますけど、ほんとなんですかね? だとしたら怖いなぁ。あぁいやだなぁ、怖いなぁ、ぶるぶる」
「だ、大丈夫だよ。エイタいるし」
「エイタ先輩? あー、ワタシとしては非常に遺憾ですが、確かにあのド変態先輩がいると安心できますね……くそがっ!」
「おぅふ」
変な声が出てしまった。相当エイタに不満でもあるようだ。
エステルの様な可愛い生徒に「くそがっ!」と言わせるエイタのわけわかんなさに涙が出そうになろうとしたとき、ふいに声を掛けられる。
「申し訳ないですね。ちょっと荷物検査にご協力ください」
「は、はい! お願いします!?」
話しかけて来たのは、背の低い翼人の男性だった。
何となくやる気のなさそうな雰囲気で、一旦さっきのことは置いておいて、おとなしく鞄の中身を見せた。
「……はい。特に問題は――あれ、これは?」
そう言って、翼人の男性は鞄の中から長方形のケースを取り出した。
何かマズいものが入っていたのか?
事前にコウタの鞄の中身は調べたが、特に変なものは無かったはずだ。
それもあってか、事務的な口調から突然驚いた声を聞いて、慌ててケースの方へ目を向ける。
見たところ、変哲もないケースだ。翼人の男性が驚く理由がわからない。中身は紙が入っていたが、メモ用紙ではなかったのだろうか?
「君、これはいつも持ち歩いているのかな?」
「え、えっと……」
その翼人の男性は、さっきとはまるで態度を変えて、問いただしてくる。
いったい何だってんだそのケースは!? と、焦ってしまう程の変容ぶりだ。
全くわからないし、後ろから「まだかなー」と言って、覗いてきそうなエステルの声を聞き、頭が真っ白になりかける。
「……まぁ、あまり詮索はしないけど。そっちの道はおすすめしないよ?」
「はい……え? それってどういう――」
「はい、次ね」
しかし、僕が問いかける前に、翼人の男性はケースを鞄に入れ直し、少し乱暴な動作で鞄を返してしまった。
「おんふっ!」と、変なうめき声を出しながら、エステルに先に言ってるねと一言告げ、テレポータルへと入った。
そっちの道とはいったい何のことだったのだろう。
というか、あのケースの中身がいったい何のか気になるし、また二人に聞くことが増えてしまった。
そんな事を考えながら、煌魔石盤に向かって目的地を告げる。
「
体内にある魔霧が、煌魔石盤へと流れていくのを感じ、辺りが真っ白に染まる。ちょっとした浮遊感を覚えながら目を開けると、そこはもう昨日訪れた商業区前のテレポータルだった。
テレポータルから出たタイミングで、後方から再び光が放たれ、中からエステルが現れる。
「さぁ、先輩! 花屋にいきましょうか!!」
「あ、うん! ちょっと待って!」
未だに、テレポータルで転位した直後は、眩暈の様な物を感じてしまう。エステル達は慣れているのか、平気なようで非常に羨ましい。
若干の千鳥足でエステルの隣を歩き、商業区内の施設へと目を向けた。
昨日の今日だが、どれも見た事もないような施設が並んでおり、やはりドラゴン乗り放題という立札の建物に目がいく。
活気は、魔障病という病気のせいであまり無いが、それを補うかのように商店が連なっているのは圧巻の一言に尽きる。
しかし、今回の目的は花屋だ。あっという間にドラゴン乗り放題の立札を通り過ぎ、昨日ワカナと訪れたお店より更に歩くようで、どんどん歩みを進める。
「け、けっこう歩くんだね」
「ん? 行くの初めてでしたっけ?」
「い、いや! 改めて遠いなーって、思って……」
「確かにちょっと遠いですよねー。聞いた話によると、良い花を仕入れるための施設が区外にあるからとかなんとかで、街の外れにあるらしいですよ」
「へぇ、そうなんだねー……けっこう歩くなぁ……」
この世界の花屋がどんなものか実感もわかないし、適度に相槌を打ちながらエステルの話を聞く。
会話の最中で、冷たい視線を感じるときもあるが、きっと気のせいだろう。そういうことにしよう。そういうことにした方が良い。
「そういえばさ、買物って今日じゃないといけないの? ワカナが居るときでもいいんじゃない?」
「……え、えっと、そそ、そう、そうなんですけど……じゃなくて! 今日じゃないとダメなんですよ!!」
突然、言葉に詰まったと思ったら、若干キレ気味でエステルは詰め寄って来た。
思わず一歩後ろへと下がり、エステルの大きな瞳を見つめ返す。あぁ、なんだか怖いし近いし良い香り。
「そ、それっていったい?」
「……ここだけの話しですよ?」
「う、うん?」
エステルは只ならぬ様子で言うと、辺りを気にするかのように視線を向ける。
「いいですか? 実はですね、今日入荷する花は非常に希少価値が高くて、まず一般の人は購入できないものなんです。それが、毎年この日に限って、このお店で販売しているんですね」
「え? ここの店長さんは、危ない取引とかでもしているの?」
「違いますよ! っていうか、このお店教えてくれたの先輩達ですよ? 何言っちゃってるんですか?」
「あ、あぁそうだっけ……。ちょっと物忘れ多くて、てへ」
段々、僕を見る目が怪しくなってきた。それは、前のコウタとの印象が違うからだろう、仕方のないことだし、どうしようもない。
「しっかりしてくださいよ、もう……。それで、こうして買いに来てる訳です。わかりましたかー?」
「もうめちゃくちゃわかったよ。もうお手上げだ! ……っていうか、一般の人が購入できないってことは僕達も購入できないんじゃ……?」
「あれ? 聞いてませんでした? これですよ」
そういうと、エステルは一枚のチケットを差し出した。
そのチケットには『優先購入券』と書かれた大きな文字が書かれており、その下にはワカナの名前が書かれている。
「このチケットって?」
「入学式の朝に、ワカナ先輩がワタシにくれたんです。これで、お花を買いにいこうって言ってくれて……」
そう言いながら涙ぐみ、制服の袖で拭う。
ワカナのことになると大仰というかなんというか。ワカナに対する思いが一線を越えていそうな気もするが、まぁそれはさておき。
「あー、えっとね?」
「あぁワカナ先輩。愛おしいワタシのために、わざわざこの券を渡してくれて、なんていい人なんでしょうか……」
「あー、エステル?」
「あっ、はい、何でしょう」
「……いや、あれだよね花屋」
数分歩いただろうか、エステルの言った通り、商店の一番奥の更に歩いたところに、ポツンと凶悪な造形物が建っていた。
おそらくあれは花屋であってほしくない。あれはきっと違う建物だ、という淡い期待を持って聞いたが、どうやら花屋のようだ。
「そうですよ。あまり来ないんですか?」
「そ、そうだね。頻繁には来ないね。そうか、ここが花屋……。なんかすごい毒々しいけど、人入れるの?」
「毒々しい? 入れる? 言っている意味がわかりませんが、これ普通ですよ?」
「ほう、そうだったね。そう、これが花屋だ」
「? よくわかりませんが、行きましょう」
これ以上突っ込むと、余計な詮索をされかねないので、無理やりに納得した。
しかし、これが花屋か……。花屋の外には、何とも言い難い花々で埋め尽くされており、自己主張の激しい植物が乱立していて、どの花も部屋に飾りたくないようなモノばかりだ。
この花たちを見ていると何だか不安になるんだけど、これが普通っていうのがもう基準がわからない。エステルは何とも思っていないのか? 僕とは違い笑顔だ。そんなことは思っていない様だ。
「ねぇ、エステル? ホントに花で良いの?」
「え? もちろんじゃないですかー。ほかに買うモノなんてないですよー」
「そ、そう。それならいいんだけど」
どう見ても、この花屋には病室に飾る花なんて無いように思えるけど、きっと素晴らしい花が店の奥にあるのだろう。
店内は色とりどり、というよりは毒々しいを通り越して、禍々しさも感じる花々が雁首揃えて僕らを品定めしているような気がする。
ざっと見て……これはもう耐えられない! 目を擦ったり、開いたりして何とか踏み留まろうと努力はしたものの、頭まで痛くなってきて本格的に退散しないとまずい。
よし、ここはエステルに任せて、外で待とう。
「ごめん! ちょっと休憩してくるね!!」
「え? あ、いいですけど。あまり遠くに行かないでくださいねー」
当然と言うか、エステルは驚いた様子だった。
幸いというか、早口で言ったためか引き留める気も無いようで助かる。
それに甘えてとっとと花屋から出よう。あまりの毒々しい色合いで目から頭までどうにかなってしまいそうだ。確か、近くにベンチがったはず。そこまで行こう。
店を出ると、一瞬にして目と頭の痛さが少しずつ引いてく感じがした。しかし、エステルはあの花々を見ても平気というか慣れているのか感心してしまう。
もしかしたら、エステルの行動の方が魔法世界では自然なのかなと少し嫌なことを思いながら、やはり来た道を少し戻った先に二人掛けのベンチがあった。
あそこで休憩しよう。ベンチの前に着くなり謎の安ど感に包まれ、どっこいしょと情けない声を出しながら腰をかけ、思わず深く目を瞑る。
これは相当ヤバい。めちゃくちゃ目がちかちかする。万華鏡の中をグルグル見ているような感覚もするし、これはもう店には戻れない。
というか、今日やった魔法植物学とかなんとかの授業では、あんなにも恐ろしい植物のイラストは見かけなかったが、人にプレゼントしたり鑑賞用にもなると、魔法世界の住民達はあぁいう自己主張の激しい花を選ぶのだろうか。
もし贈り物をする機会があったらと思うと憂鬱な気分になり、
「――ちょっといいかな?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます