第21話★昼食、生徒会長からのお誘い2

 エイタの話によると、特別クラスのラウンジは生徒会関係の生徒や、成績優秀な生徒が主に利用できる場所だということだ。しかし、実際に利用しているのは大半が生徒会関係の生徒達らしい。


 なんでも、生徒達の間では、優劣がはっきりと別れるという理由からかあまりこの取り組みを快く思っていないらしく、学校側の意向が前面に反映されている。


 ただ、設備はこの上なく良いものらしいので、仕方なくと言った意味合いも含めて生徒達から選ばれた者が利用していると、エイタから小声で説明を受けた。


 出来ればワカナから説明をして欲しかったのだが、彼女はそんな余裕がないように強張った表情で冬深生徒会長の後ろに続いている。


 早く戻りたい……。後戻りが出来るならしたいところだけど、どうも目の前を歩く冬深生徒会長からは逃れることのできない何かを感じる。


 そんな何かに不安を隠し切れず辺りを見渡すと、座っているのは意外にも様々な学年の生徒達だった。生徒会というと、高学年の生徒達が選出される印象があったが、どうやら違うみたいだ。


「コウタ、あまり周りを見渡すなよ」

「――っえ? それって……」


 エイタから続きを聞く前に、何を言いたかったのか、今更ながら感じることが出来た。


 どういう訳か、彼らから感じる視線は非常に冷え切っているものだった。


 何故ここにいるのか。なぜ冬深生徒会長と一緒に歩いているのか。そういった声が今にも聞こえて来そうで、思わず目を逸らした。


 すると、僕の様子に気が付いたのか、前を歩いていた冬深生徒会長がこちらへ振り返った。その時、僅かに魔霧が流れた気がしたが、それ以上に、底冷えするかのような笑顔に意識が持っていかれた。


 それに気が付いた生徒達は、冷や水を浴びたかのように、ぎこちない笑顔を浮かべ冬深生徒会長に頭を下げた。


 ホッと息をつくのも束の間、あんなにも恐ろしい笑顔を見たことが無く、一刻も早くこの場から逃げだしたいという衝動に駆られる。とりあえず、ワカナの横顔を見て落ち着こう、そうしよう。


「あ……あ、ああ」

「ワ、ワカナ!?」

「……コ、コウタ君。へへ、平気、平気だよ」


 どうやらワカナの視界にも、あの冬深生徒会長の表情が入ってしまったのか、恐ろしさのあまり呂律が回っていなかった。


「はぁ……。冬深先輩、程ほどにしてください」

「ん? そうか、そうか。それはすまなかった。ワカナ君、お詫びに手を繋いであげるから、これで許してね」

「――ッ! ふぁ、ふぁい!?」

「……勘弁してください」


 もはやロボットと化してしまったワカナは、冬深生徒会長の言われるがままで、頼みの綱だったエイタは弄ばれている。


 冬深生徒会長の恐ろしさを改めて実感しながら、何もできないので冬深生徒会長とワカナが手を繋いでいる姿をしっかりと目に焼き付ける。


「さて、だいぶ奥の席になってしまった」


 程なくして、冬深生徒会長は足を止めた。その場所は、だいぶ奥ではなく、周りには生徒がいない場所だ。


「……ねぇ、エイタ? 生徒会の話ってけっこうシビアなの?」

「いや、まぁ、そうなんだろうな」


 エイタにこっそりと耳打ちをするが、どこか歯切れの悪い返事が返ってきて、思わず首をかしげてしまった。


「おや、二人ともどうしたんだい? 好きな席に座っていいよ? あぁ、なるほど。コウタ君、なんなら私の隣に座るかな?」

「い、いえ!? じ、自分は反対側に座ります! さっー!」


 しまった! いきなり話し掛けられたもんだから、語尾に変な言葉をつけてしまった。


 僕の返事に、冬実生徒会用は若干苦笑いだが、全く嫌な苦笑いではなく、こうなんというか哀れみが込められているような、ダメなやつだ。


「では、ワカナ君。隣に座るかな?」

「わ、わ、私ですか!!?? す、末永くよろしくお願いします……!」

「冬深先輩。いい加減にしてください」

「はははっ。ごめんごめん。つい面白くてね」

 

 エイタがようやく釘を刺したところで、場がようやく落ち着いた。

  

 もちろん僕等は反対側に座った。向かい側に冬深生徒会長、左から僕、エイタ、ワカナが続けて座る。


 冬深生徒会長は、机に置かれていたコップを手に取り口を付けた。ひとしきり飲み終わったところで静かにこちらを見つめた。


「さて、単刀直入に言おう。次回の生徒会選挙に君達三人で――」

「お断りします」


 エイタの返事は即決だった。いや、まだ冬深生徒会長は言いきっていなかったので、ぶつ切りとかそんな勢いだった。


 あらかじめそう聞かれるとわかっていたのだろう、そういう返し方だった。


「……ほう、なぜかね?」


 対する冬深生徒会長は、別段嫌そうな顔はせずに笑顔を浮かべて、どこかエイタの反応を伺っているように見える。


 なんというか、エイタとは違った冷静さがあり、その態度はどう見ても学生には見えない。何だか昔重役と面接をしたことを思い出して、気分が悪くなりかけた。


「前にも言ったと思いますが、俺は生徒の上に立って何かをやるという、会長が今やっている事に応える義務は無い。というかそもそも、俺が生徒会に入るという事を嫌がる生徒が圧倒的なのは、言うまでもないはずでしょう?」


 エイタはどこか皮肉を込めたように言う。


「そ、そうですよ! エイタ君にそれを任せるのは、ちょっと人任せすぎじゃないですか? 彼の意思が尊重されてないというか……」


 すると、ここぞとばかりにワカナも援護に入った。これで僕も援護に加われば、なんとか言いくるめことが出来るかもしれない。しかし、何しろ事情を全く知らないので、何を言えばいいかわからず、それとなく頷くことだけで精いっぱいだ。


「――それは百も承知だよ。なに、今日は君達の意思の確認のために呼んだのではない」

「え、ええ? そ、それってどういう……?」


 エイタとワカナの言葉を受け止め、冬深生徒会長はこちら側の視線を探るように目を細めた。


「……では、どういったご用件で?」

「理解してほしいんだ。今の学校の状態を」


 その言葉を聞いた瞬間、エイタの双眸がスッと細められるのが見えた。


 エイタの表情を冬深生徒会長は静かに見つめている。そんなに見つめられても動じないエイタの冷静さに感嘆の声を心の中で上げつつ、この学校の状況とエイタがどういった関係性なのか誰か教えてほしい。


「……確認のために言いますが」


 すると、僕の様子に気づいたのか、エイタはわざとらしく咳ばらいをし、言葉を続ける。


「この学校の生徒は機械人自体を受け入れることを拒絶している。それは、三年前の出来事もありますし、そもそも人工的に魔法を注入して、本来存在しない魔法力を増強するのはズルい、そんな幼稚な考えもありますね」

「エ、エイタ君!? ちょ、ちょっとそれは、いくらなんでも言い過ぎじゃ……」

「いや、的確な表現だろう」

「で、でも!」


 ワカナは声を荒げ、それにビックリして彼女の方を向いてしまう。それを聞いてか、冬深生徒会長はため息交じりで、やれやれと首を横に振っていた。


「その言い方はちょっと語弊があるが、まぁ的外れではないね」

「ふ、冬深生徒会長まで……!」

「ワカナ君、まぁ落ち着いて? 実際のところはどう思っているか一人一人に聞かないと分からない。ただ、そういった考えが一部にあるのは事実だ」

「す、すいません……。つい、感情的に……」


 冬深生徒会長の言葉に、ワカナは口を閉ざした。


 事情は何となくわかった。どうやら、この学校の生徒は機械人に対して良い印象を持っていないらしい。それは、三年前の事件に関係があるみたいだが、生憎三年前にはこの世界にいなかったし詳しくはわからないが。


「冬深先輩が生徒会長になってから、だいぶマシにはなりましたが、その意思が無くなることは一生無理でしょうね」

「……エイタ君。君がそう思うのも無理はないが、それでは、一生この問題は解決しないよ?」


 その言葉にエイタも口を噤む。


 話を聞く限りでは、冬深生徒会長としては機械人でもあるエイタを上手く利用して、学校の印象を改善したいと考えているのだろう。


 ただ、当の本人は頑なにやりたがらないので、こうして話がこじれてしまっているといったところかなるほどね、理解できたかもしれないかもしれない。


「……そう思うのは、冬深先輩のが起因しているから、ですか?」


 そこで初めて、冬深生徒会長は笑顔を消した。


 その表情の変化が分からず思わず怖さを覚えたが、すぐに笑顔を戻したため、その怖さもすぐに消え去った。


「それもある。それがあるからこそ、君達を生徒会に招き入れたい」

「……しかし」

「まぁ、いいさ。さっきはすぐに返答が欲しいとそういった意味合いで言ったが、無理強いするのは私の本意ではない」


 しぶるエイタの態度を見て、冬深生徒会長はすぐに言葉を続けた。その潔い言葉に引っ掛かりを覚え、思わず彼女の方を向いてしまう。


 すると、冬深生徒会長もなぜか僕を見つめており、思わず目線を泳がしてしまいそうになる。だが、その表情には笑顔が再びなく、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「日ノ本君、ここからが本題だ」

「……? は、はい?」


 今までどこか上の空で話しを聞いていたから、まさかの名指しで心臓の鼓動が一気に加速する。


 エイタとワカナから息を飲む音が聞こえた。もしかしたら、僕に話を振られることは無いだろうと考えていたのかもしれない。


 僕も話を振られるとは思ってもいなかった。生徒会の話しだけだと思っていた。頭が白くなりかけ、ついに冬深生徒会長が口を開く。


「実は……。魔傷病に罹った生徒二十名の完全隔離が決まった」

「――ッえ!? ほ、本当ですか!?」

「えぇ、残念ながら」

「そ、そそ、そんな……」

 

 冬深生徒会長の言葉に、一番に声を上げたのはワカナだった。驚愕した表情を浮かべており、エイタの方はというと、冷静さが少し欠けた表情でその言葉を受け止めている様だった。相変わらずの無表情だが。


 しかし、イマイチピンと来なかったので少し考える。魔障病と、生徒二十名の完全隔離。言葉からするに、魔傷病の病原体が一般の入院患者たちにも影響が出ると考え、完全に隔離する判断を下したのだろうか。


 と、そこで電撃が走ったかのように、ある一つのことを思い出した。


 そういえば、が魔障病に罹っているのではなかったか。


 二人の大袈裟な態度も、今は自分の妹ではない日ノ本コウタがどう反応をするか、それによって冬深生徒会長もどう反応を示すか、気が気ではなかったのだろう。


 そんな事を考えながら目線を上げると、冬深生徒会長と目が合う。


 すぐに目を逸らしたが、冬深生徒会長の視線には若干だが哀愁のような色合いが含まれていた気がする。


「とうとう決まっちゃったんですね……」

「えぇ。私からもいろいろと説得して回ったのだけれど、結局そう決まってしまった……申し訳ないよ」

「い、いえ! 先輩は悪くないですよ!」

「ふふ、そういってくれると助かるよ、ワカナさん」

「い、いえ……」

「冬深先輩。いいんですか? 俺達に、こんなこと話して?」


 すると、今まで沈黙していたエイタが、どこか確認するような声音で問い掛けた。


 というか、魔傷病に罹った生徒を完全に隔離するという、明らかに一般生徒が知りえない情報を生徒会長だからという立場で知っているのは不思議な気がしてならない。


 そう思うと、今まで感じた冬深生徒会長の態度がどこか生徒らしくないという違和感に、どこか真実味のようなものを感じ始める。


「……この情報は極秘なのだが、まぁ、君達には話しておくべきだろう。日ノ本君の妹の件は非常に厄介だし、話してもいいと私が判断した」

「それは、彼らのいや、冬深先輩自身の意思なんですね?」


 何か含みのある言い方をし、それを聞いた冬深生徒会長は言葉の真意がわからなかったのか、少し小首をかしげ、再び口を開く。


「ん? もちろんだが?」

「いえ、気になさらず。――さて、昼休みももう少しで終わりますが、まさか、最初の生徒会の話が餌だなんて思いませんでしたよ」


 エイタはこの話をここまでにしようと、静かに立ち上がった。


 確かに気が付くと、周りにいた生徒もまばらになっており、昼休みの終わりを告げていた。


「とにかく生徒会の話はまだ保留にしてください。コウタの妹――」


 そういって僕の方を見て、初めてしまったという焦りの表情をエイタは見せた。


 その表情を見て、僕もハッとなり思わず手を口に当ててしまった。


 自分の妹だというのに、どこか表情を浮かべていた顔に。


「ん? どうしたのかね?」


 冬深生徒会長は静かに僕達を見つめるが、エイタはすぐにかぶりを被った。僕の表情に気づいていたのかはわからないが、これ以上は迷惑を掛けると思い満面の笑みを浮かべる。


「いえ、なんでも。コウタの妹が隔離されるのを黙って見てられません。……貴重な情報、ありがとうございました」

「日ノ本君は何故笑顔なのんだ? まぁそれはいいが、それを貸しとして借りを返して貰うかもしれないから、気にすることは無いよ?」

「……相変わらず、性格が悪い」

「ふふ、そんな事言っても何も出ないよ? さて、そろそろ午後の授業だ。今日のところはとりあえず、ここまでにしようか」


 言い終えるとタイミングよくチャイムが鳴り、僕達は席を立ちあがった。

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