第20話★昼食、生徒会長からのお誘い1
食堂は実技室棟と教室棟の間にあり、そこに着くなり思わず足を止めてしまった。
目を見張るほどの巨大な扉が目の前にあった。巨人専用の扉だと言われてもおかしくはないだろう。
もちろんその扉は空いているのだが、目を見張るのは大きさだけではない。
何かの幾何学的な模様が幾重にも重なり合って、扉全体を覆いつくしている。
思わず立ち止まって見ていると、前を歩いていたワカナに手を掴まれ、引っ張られるように扉を潜り抜けた。
入り口を抜けると、大聖堂のように、空を見上げるほどの高い天井が眼前に広がっていた。
規則的に配置されたガラスから光が差し込み、さらに遠くを見つめると淡い紫色と赤く燃えた大小の星が空に浮かんでいるのが見える。
視線を戻すと、学生たちが昼食を楽しんでいる光景が広がっていた。細長い六個のテーブルには、学年ごと区切られた様々な生徒が座っているようだ。
「わたし達のテーブルはこっちだよー」
「ほら、早く行くぞ」
「……れっつらごーの助」
その光景に見とれていると、微笑んだワカナに声を掛けられ、続けてエイタとイツア声を掛ける。
「ご、ごめん! 今行く!」
三人が向かっているのは右から二番目のテーブルのようだ。ちょうどお昼の時間ということもあって混雑している。
すると、タイミングよく席を立ったグループと入れ替わりにそこへと腰を掛けた。
「どう? 思ってた食堂と違った?」
と、向かい側に座ったワカナがニコニコした表情で聞いて来た。
どうやら物珍しそうに大食堂を眺める姿を見られていたようだ。イツアは、どこか不思議そうに見ていて、不自然な態度に見えてしまったのか、思わず居住まいを正してしまう。
「も、もう、全然違ったよ! すごすぎて言葉じゃ言い表せないね」
「でしょでしょ? 私もね、最初この食堂見た時、あまりにもすごすぎて結構長い時間眺めてたんだ!」
「……そのおかげで授業に遅れて、私大失態」
ワカナがその時を思い出しながらキラキラした笑顔で言うが、イツアは呆れた表情で突っ込みを入れる。
「あ、あの時は仕方がないというか! そ、そういうイツアも見とれてたじゃん!」
「私は数分。ワカナは数十分」
「お、同じだよー! ねね? 二人もそう思うよね?」
「……ん、んー、微妙なところだね?」
「いや、全然違う。時間は有限じゃないんだ。しっかりとけじめをつけなければならない」
何とも歯切れの悪い返事をしてしまった後、エイタはさも当然のように言ってのけた。
その反応にワカナは、「うー、冷めるなー。エイタ君、冷めるなー」と言って、目の前にある昼食へ手を付けた。
それを合図にイツアもエイタも食事を始め、僕もテーブルに置かれていた料理に手を伸ばした。
美味しそうな見た目のパンを手に取ると、驚くことに勝手にパンが補充された。
「……え?」
思わず手に持ったパンと、テーブルに置かれているパンを見比べる。
パンを取った瞬間に、次のパンが現れた。原理はわからないが、魔法を使って料理を補充しているのだろう。
現に、まじまじとパンが置かれたお皿を見つめると、微かに魔霧が流れているのが見える。
全自動料理補充機……。お腹も空いたし、パン食べるか。ずっしりとしたパンを口へと運ぶ。
昨日は、コウタの家にあった材料を使って適当な料理を作ったが、学校での食事はどんな味がするのだろうか。まずは一口――
「う、美味い!」
ずっしりとした食べごたえから、口内はトマト風味に彩られた香りが味覚を刺激する。
「めっちゃ美味しい……ってエイタ?」
魔法世界の料理はめちゃくちゃうまいとエイタに告げようとして思わず目を止めてしまった。
エイタの目の前には食べ物が一切なく、代わりにコップが三つ置かれているだけだった。
不思議そうに見つめる僕の視線に気づいたのか、コップを手に取りながらエイタは静かに口を開いた。
「機械人は原則、水があれば生命活動を維持できる」
「え、そ、そうなの?」
「そうだ。まぁ何かを食べても問題はないが、俺は機械化するときに味覚を遮断してしまってな。味がわからないから、食べていないだけだ」
「味覚を遮断……? それでもお腹は空かないの?」
「腹はあまり空かないな。まぁ、俺の身体は特別製で、一応人の形をしているが中身は全然違う」
その言葉に、エイタの体を見つめるがどう見ても普通の人にしか見えない。しかし、昨日僕の前で上着を脱いで、自分が機械人という種族だと説明をしてくれた。
「まぁとにかく機械人といっても色々と種類がある。大きく機械人と区別しているだけで、俺みたいなのは稀だ」
「稀ってことは、それは全身が機械で出来ているからってこと?」
「その通りだ。機械人というのは、体内に人工魔法がある人々の事を一般的には指している」
その言葉に、昨日突如として襲来したソラという少女のことを思い出す。
彼女は自分のことを機械人であると言ったが、見た目は普通の人と変わらなかった。そして、エイタとの違いは体が機械化している訳ではなく、体内にある魔霧力が人工物であるから機械人であると言ってたことも思い出す。
初めの頃は、エイタの様なサイボーグ人間が魔法世界を跋扈しているのとばかり想像していたが違うようだ。
そもそも、僕の知っている人より、動物的外見をした人たちが多いし、機械人と呼ばれる種族は少ないのかもしれない。
「しかし、不思議だな。昨日、コウタを誘拐した少女も機械人なのだろう? というかソールの一員だ。それなら、こちらにコウタを渡すなんてことは無いはずなのにな。何か別の意図があって――っと、すまん。話が逸れたな」
すらすらと言葉が紡がれ、思考の海に溺れる前にエイタはハッとなり、再びコップを手に持った。
エイタの言葉に、再び昨日の事を思い出す。確かに、僕を使って何かしようとしていと言ってたから、そのまま誘拐されてしまっていたのだろうと戦慄する。
今更ながら、ソラはどうしているのだろう。リーダーにばれたとか言っていたし、もしかしたら無事ではないのかもしれない。
いったい、どこで何をして――
「……というのは、体内の魔霧が人工的に作られたモノに大半を占められている人達の事を指す。聞いてるか?」
「あ、あぁうん! そ、そうだったんだね……。機械人っていっても、その幅は広いのかー」
ソラの身を案じていたら、エイタの話を少し聞き逃してしまっていた。途中の話はほとんど聞いていなくて適当に返事を返したが、エイタは特に気にせず話を続けようとしている。
「あぁ。それとな、コウタ。今のうちに言っておくが……」
そこでエイタは言葉を切り、手に持っていたコップをテーブルの上に静かに置く。
どうしたのだろうと思いエイタの方を向くと、少し空気が変わったような気がした。
その変化が、何か大事な話をするのだろうと思い居住まいを正す。
「機械人というのは、世間的に評判がよろしくない」
「……え、え? それってどういう――」
「こんにちは、皆さん」
と、エイタが説明をする前に、透き通るようで芯の通った、女性の凛とした声が背後から聞えた。
誰だろうと思い後ろを振り向くと、目の前には今朝、転位装置の前で会った冬深ミカ生徒会長がそこにいた。
――なぜ、生徒会長がここに?
まさか、生徒会長がいるとは思わなく、目を丸くして見つめてしまった。
改めて見ると、やはり何とも言えぬ圧倒的な存在感を放っている。それは冬深生徒会長の美貌もあるし、笑顔の中に潜むどこか達観した表情が、他の生徒とは一線を画している印象を受ける。
そういえば、エイタと話しているときに、ざわざわと妙に周りの生徒達の声が大きかった様な気がしたが、冬深生徒会長が僕達の方に向かっていたからか。
慌ててエイタの方を見ると、彼は明らかに目を逸らし、冬深生徒会長と目を合わせないようにしており、仕方なく口を開く。
「こ、こんにちは」
少し上ずった声が出てしまい、思わず目線を逸らしてしまった。
まさか、こんな美人さんに話し掛けられるとも思わず、その後に何といえばいいか知らないため、そのまま尻すぼみになってしまう。
「はぁ……。冬深生徒会長……どうしたんですか?」
と、僕の様子に耐えかねたのか、妙に焦りが滲みでいる声でエイタが呟いた。。
どういう訳か、冬深生徒会長とは何かあったようで、冷静さの無いエイタを見るのは珍しい。
エイタがこんな様子だから、他の人達も同じようなのかと思い振り向くと、やはりエイタだけではなくワカナまでもがぎこちない笑顔を浮かべ、緊張した様子で冬深生徒会長を見つめていた。
そして、隣のイツアは普段と様子が変わらないように見え――いや、どこか羨望の眼差しを向けている様に感じた。
順々に見つめ、再び冬深生徒会長に視線を戻し、彼女の存在はかなり特別なものだと認識した。
「朝の事、覚えてるかしら?」
「……朝の事ですか」
「そうよ。朝の事。まさか、忘れたとは言わないよね?」
それを聞き、朝の一コマを思い出す。
流れるような黒髪。それに吸い込まれ、僅かに笑顔を浮かべる彼女は、さながら神聖な巫女のような……って違う。そうじゃなくて、生徒会うんぬんの話だろう。
「あぁ、覚えてますよ。……生徒会の件ですね?」
「そうそう。そのことで、ちょっと悪いのだけれど、少々話が早くまとまってしまってね。昼休み中に答えを聞きたいのだけれど、いいかしら?」
エイタがどこか観念した様子で答えると、冬深生徒会長はどこか嬉しそうに笑顔を浮かべている。
その物言いは優しそうで、しかし有無を言わさない迫力があることに気が付き、エイタは何か言おうと口を開きかけるが、諦めた様子で立ち上がていった。
その様子を見ていたワカナも、ぎこちない笑顔を浮かべ立ち上がる。
えっ、ワカナも? という事はイツアも? と思いそちらを向くが、イツアはいってらっしゃいと言う風にワカナに手を振っている。
まさかイツアと二人きりになるとは……どういった会話をすればいいか迷いかけたとき、エイタに肩を叩かれる。
「何をしている? お前もだぞ?」
「――え? 僕も?」
「えぇ、もちろん。お願いしているのは君達三人だよ。……イツアさん、悪いわね」
と、エイタの代わりに冬深生徒会長が答え、何も言っていないイツアに向かって、彼女は目を伏せて謝った。
それを聞いたイツアは、声を掛けられたのに驚いたのか急に背筋を伸ばし、手をブンブンと振っている。
「だ、大丈夫で、です。万事オッケー。さ、三百円」
「ふふ、ありがとう、イツアさん」
と、わけのわからないことを言って、コクコクと頷いている。
その様子に、冬深生徒会長は満足そうに頷き、僕達に手招きをしてテーブルを離れた。
その後を追いかけるように、僕達三人は生徒会長の後ろを歩く。歩いている最中、様々な生徒が様々な思いでこちらを見つめていると感じ、その視線から逃れるようにエイタに声を掛けた。
「……ねぇエイタ。これからどこに向かうの?」
もちろん何で僕が呼ばれたのか、生徒会がどうのこうのの話しも何の事情も知らない訳で、頭が真っ白になりかけている。
エイタはそこで一旦立ち止まり、前方の開けた場所を指さして答えた。
「特別クラスのラウンジだ」
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