第19話★練習、魔法を想像する可能性

 勝負は思っていた以上に、すぐに決まった。


 エルナが唱えた火魔法を、ソウイチは剣に魔法を込めてそれを斬った。剣で魔法が斬れるのかと驚く暇を与えず、迫りくる魔法の群れを彼は華麗に避けた。


 そして、魔法が終わるのと同時にソウイチの動きが変わり、勢いのままエルナへと肉薄した。しかし、エルナの姿はそこに無く、彼女の声がした方を向いた瞬間、ソウイチはその場に倒れ伏せてしまった。


 その瞬間、勝負が決まったようで、エルナは錫杖を下ろして静かにソウイチを見つめている。


「ソウイチ大丈夫か?」

「ソウイチ、大丈夫?」 

「……なんとか、大丈夫だ!」


 二人の戦闘を外で見ていた僕は、エイタの声に続いてソウイチの元へと向かう。


 僕たちの問いかけに、床に倒れ伏すソウイチは、少し弱々しいで手を上げて無事をアピールした。


 相当な力で床に叩きつけられたように見えらが、無事な様子に胸を撫で下ろす。


 エイタはソウイチの元まで行くと、エルナが唱えた拘束魔法を解除する魔法を唱え、続けて治癒魔法を唱え始めた。


 エイタの魔法がソウイチの体を包み込む。床に倒れ伏していたソウイチの体が反応を示し、ゆっくりと起き上った。


「お、サンキュー、エイタ! ……いやぁ、けっこうしんどかったわ」

「だろうな。いいとこまでいったとは思ったがな」

「いやいや、そんなことはなかったぜ。まさか、エルナも移動魔法唱えてたとは思わなかったなー」


 ソウイチは何事もなかったかのように、「いてて」と言いながら立ち上がり、少し悔しい表情で先程の戦闘を思い出している。


「それより、体のほうは大丈夫なの?」

「え? あぁ見ての通りピンピンさ! エイタの治癒魔法のおかげでね!」


 見たところ、先程まで浮かべていた苦しい表情を無い。エイタが唱えた治癒魔法で回復したとは思うが、実際にはその効果を知らないから不安な気持ちが拭えていなかった。


「そ、そっか、よかった……」

「優しいなコウタは! まぁ正直、エルナ本気だったから、くらったときはーー」

「……最初にそう言ったじゃない」


 と、漫談をしている僕達に向かって、呆れた声が後方から聞こえて来た。


 声の主はもちろんエルナだ。ソウイチとは違い、疲れなどを一切感じさせない、静かというよりはやけに冷めた表情のまま僕らを見つめている。


 エイタの冷めた表情とは別種の冷たさを感じ思わず背中に嫌な汗が流れる。


 確かに、死んでも知らないとは言ったが、冗談じゃなかったんだ……。


「あぁ、最初に言った通りだった。エルナちゃん、手加減してくれたしな」

「…………」

「え? まじ? そうなんエルナ?」

「…………帰る」


 エルナは図星だったのか、返事の代わりに苦々しくエイタを睨み返した。そして、すぐに顔を背け、見るからににムスッとした態度ですたすたと出口へ歩いて行ってしまった。


「あー……エイタ? 一言余計だったよ?」

「ん、そうか?」

「確かに、余計だった」

「ん、どこがだ?」


 それを見ていたソウイチも少し呆れた様子でエイタを見ている。対するエイタは、何がいけなかったのか小首を傾げている。


「いや、なんでも。さて」


 そういうと、ソウイチは軽やかに立ち上がり、ズボンについた砂ほこりをはらう。


「俺も教室戻るわー。まだ少し時間あるし、魔法植物学のレポートやんないと。これが終わんなくて、やべぇのなんの……」

「あぁ、わからないとこがあったら教えるぞ」

「おっ! ありがてぇ! んじゃ、また!」


 げんなりとした様子のソウイチだったが、エイタが言った言葉で急激に笑顔を取り戻した。


 魔法植物学のレポートといういかにもめんどくさそうな課題が出されていることに嫌な汗が流れた。


 何も知らない訳ではないが、魔法植物学に関しての記憶はどうやらあまり存在していないらしく、首を捻っても最低限の知識しか思い浮かばなかったからだ。


 そんな僕の様子など気にもせず、ソウイチはエルナの後を追いかけるようにして出口へと向かっていた。


「二人とも行っちゃったね」

「あぁ。だが、逆に好都合だったな」

「え、なにが?」

「この後の事だ」


 そう言うのと同時に、エイタは右手を後ろに向け魔法を唱え始めた。すると、先程と同じように魔霧の塊が長方形の箱になった。


「自主練と言ったときは驚いたが、もちろんするんだろう? 二人にどうやってばれないようにやるか考えていたが、これで考える必要が無くなった」

「もちろん! 全くじゃないけど、魔法の使い方わからないからね……。それで、クラスメイトには正体ばれちゃいけないんだっけ?」

「そうだ。奴らの手先がいるらしいからな」

「奴ら?」


 僕の一言に、エイタは静かに頷いた。


「奴ら、というのはまぁ簡単に言えば、この世界を貶める連中だと思ってもらっていい」

「こ、この世界を貶める……?」

「あぁ。要は、犯罪に加担している奴がいるってことだ。ここの学生がそんなことをしていないとは思いたいが、状況が状況だ。現に、前にそういうことがあったしな。まぁ俺から言っといて何だが、そのうち知ることになるだろう。今は、自主練習に意識を向けるんだ」


 エイタは途中で言葉を切り、不敵に笑みを浮かべた。その笑顔が見たこともない鬼教官を連想させ、背中から嫌な汗が流れ始める。


 エイタの言葉が気になるが、今は魔法を使ってみたい気持ちの方が多きく、一旦その話のことは片隅に置いた。


「そ、そうだね。言い出しっぺは僕だし。……じゃ、よろしく頼むよ、エイタ先生!」

「……先生は余計だが、甘くは無いぞ? 途中で泣きべそかくなよ?」


 エイタは初めて嬉しそうに表情を緩めていた……様な気がした。僅かに口角が上がったように見えただけで、本当に嬉しそうに思っているかは微妙だが。


「まずは、魔法について教えよう。基本的に魔法は、言霊サモンという言葉に続けて、魔法政府が制定した単語魔法と呼ばれるものをくっつけて唱える。言霊サモン火球ボライド。こんなようにな」


 エイタが魔法を唱えると、彼の上空に火の玉が姿を表す。それを器用に操作しながら、魔法の解説を行う。


 この世界の魔法は、単語魔法と言われる、言葉通り単語、つまり「炎!」とか

「水!」などを用途や種類に合わせて、魔法として定義しているようだ。


「単語魔法は誰にでも唱えられる分、魔法自体の威力は術者の技術力と魔霧力に比例する。そして、技術力となるのが、魔法を生成するイメージ力」


 エイタが操っていた火球が突如、数倍にも跳ね上がり、その大きさと温度に思わず目を細める。


「今俺は『火球を大きくする』イメージをした。そのイメージ力が強固なら、こうして魔法に変化を及ぼす。逆にイメージがしっかりと出来ていなければ、何も変化が起きない」


 エイタは説明する間にも、次々と大小様々な火球を出現させ、一種のパフォーマンスの様な動きを見せていた。


「それじゃあコウタ、火球を出現させてくれ」

「おっけー。とりあえずエイタがやっている感じにすればいいのかな?」

「あぁ、それで構わない。構わないが、けっこう難しいぞ?」

「ホントに? まぁやってみるよ……言霊サモン火球ボライド!」


 右手首を左手で固定し、体内にある魔霧が熱を帯びるのを感じる。


 手のひらを上に向け、火球が目の前に出現するのが見えた。


 生成する際に起きる反動――エイタ曰く、魔法を唱えるのに慣れていない証拠――を、左手でしっかりと抑制し、徐々に火球が大きくなっていく。


 しかし、少し大きくなった瞬間、一つの火球が二つに分裂しようと魔霧が離れていく。


「コウタ、一つに戻すんだ」


 エイタはそういうが、これが上手くいかない。


 ヤバいと思いながら眉間にしわを寄せ、必死に火球を一つにさせようとする。しかし、その意思に反してどんどんと魔法が離れていく。


 火球にも意思があり、それを読み取ればいいんだ! と勝手に思い込み、唸りながら凝視する。


「…………」


 エイタが、何かを考え込むように僕の方を見据えているのを眼の端で捉えた。


 その視線をこの方法で合っていると直感し、火球へ意識を傾ける。


 未だに分離し続けようとする火球を睨む。それを見つめながら、火球を構成する魔霧を凝視する。

 

 すると、視界が急に鮮明になった。その突然の状況に、目を見開いた。


 な、なんだこれ? 火球の色がより鮮やかになっている?


 そこまで見えた途端、火球が収縮し始めた。


 徐々に、徐々に、二つに離れようとしてた火球は間もなくして一つになっていく。


 それを見たエイタは息を飲み、それに続いて拍手をする。


「驚いたぞ。まさか、こんなにも早く魔霧が見えるとは思ってもいなかった。もしかしたら、コウタ――」


 と、エイタはそこまで言うと首を振り、「何でもない」と付け加える。


 何でもない、と言われると気になってしまう性分なのだが、意識を逸らしたら魔法がまた分離してしまうと思い、声を掛けるのを思いとどまった。


「……まさかとは思うが、いや、そんな訳が……」


 エイタは未だに何か腑に落ちないのか、ぶつぶつと言いながら何かを考えている。


 そんなエイタの様子を怪訝に思い、声を掛けた。


「ねぇ、エイタ? 火球ボライドの次は何すればいいの?」

「そうだな、次は水魔法だ」


 エイタはすぐ我に返ると、上空に向けて水魔法を唱えた。




               ★




 一限目の授業がすぐ終わって二時間後。エルナとソウイチが自主練習室棟を出て一時間後。


 まもなくお昼になるというところで、基本的な魔法を唱えることが出来た。


 思った以上に体力を消耗し、今は地面に座って休憩をしている。


 休憩しながらボーっとしていると、エイタがふと立ち上がり、制服の内ポケットから一切れの紙を取り出した。


「この際だし、あれを見せよう」

「ん? あれ? あれとはいったい?」

「まぁ見とけ」


 そう言うとエイタは、手に持っていた紙に魔霧を流し込み始めた。


 なんだ、あれ? と思ったが、あの紙は魔式符だ使役魔を召喚するための道具だとソラから与えられた記憶が教えてくれる。


 大きさは元居た世界にあったリモコンくらいの大きさだろうか。厚みはもちろんぺらっぺらだが。――リモコンのことは覚えているのか。


 魔式符はそれに呼応するように、赤色に輝きだした。

 

 エイタは魔式符を胸の中心に持っていき、そして魔法を唱えた。


 「召喚サモン煉獄パガタリドラゴン

 

 エイタが魔法を唱えた瞬間、彼が持っていた紙切れが瞬く間に燃え上がり、代わりにその紙切れに内包されていた魔霧が、一気に外へと放出された。


 その魔霧の濃度に思わず後ずさり――いや、耐え切れない! 暴風に代わったそれから逃げるように、慌ててその場に跪いた。


 凄まじい暴風を辛うじて受け流した瞬間、頭上の温度が一気に上がるのを感じ取った。


 頭皮が燃えるように熱くなり、反射的に見るとそこには一体の竜が空を覆っていた。


「うわぁぁぁぁああ!? な、なにこれ! 竜!?」

「その通り竜だ。これは、教科書には載っていない種類の使役魔だ」

「し、使役魔?」

「まぁ相棒パートナーみたいなものだな」


 エイタは少し得意げな口調で、使役魔を見つめている。


 彼の言った教科書に載っていない種類の召喚魔をなぜ、エイタが所持しているかは怖くて聞けそうにない。

 

「この使役魔を召喚するには、使役魔一級の資格を有していないといけない。学生の内は取れないが、もし、魔法士より上を目指すのであれば、必ず取らなければならない資格だ」


 エイタは特に何気なく言うが、つまりエイタはその資格を持っているということなのだろうか? 


 いろいろ矛盾していそうだったが、昨日ワカナが言った、十二星の旅団スターズクラン、最強の魔法士達で構成されているという、どこかのゲーム出てきそうな組織にスカウトも受けているらしいし、今朝、おぞましいドラゴンを倒してきたと言っていた。


 もしかしなくても、秋月エイタという青年は、チート並の実力を兼ね備えているのだろう。


 恐ろしさと共に、頼もしさや安心感が湧き上がってくる。エイタと一緒にいれば、元の世界にもすぐ戻れるかもしれないという、勝手な希望も。


「……いろいろ突っ込みたいけど、エイタっていったい――」

「おっつかれー! エイタ君! コウタ君!」


 いったい何なの、と続ける前に、元気の良いワカナの声が自主練習室内を響いた。


 その声に振り返ると、手を振るワカナと、その傍にはイツアが立っている。どうやら先程の授業が終わったようで、少し疲れた様子が伺える。


「あ、お疲れ!」

「あぁお疲れ。そうか、昼食か」

「そうそう! っていうか二人とも何してるの!?」

「……友情ごっこ。こけこっこ」


 エイタの言葉を聞いて、思い出したかのようにお腹が鳴った。それに近づいて来た二人が返答をするが、イツアは相変わらずよくわからない言葉遣いで、なんと返せばいいか迷う。


「あぁーなるほどー。って、さっきもそれ言ったじゃん!」

「気のせい」

「気のせいじゃないよー! って、違う違う! 二人は何してるの?」

「自主練習だ」


 息の合った掛け合いを聞き、少し笑顔を浮かべる。ワカナとイツアは非常に仲が良いようだ。


 性格が対照的なのにも関わらず、こうした関係性になっているのはある種不思議な感覚がする。


 エイタの言葉に、二人は彼の頭上を舞っているドラゴンに目を向けている。ワカナは物珍しそうに、イツアは若干引きつった顔で見つめている。


「うへぇー、でっかーい! いやいや、違う! どうして、この竜を召喚したの!?」

「想像以上にコウタが優秀で、もしかしたら……」

「……秋月君。メガやりすぎ」

「そうか? まぁそこまで言うなら」


 もしかしたら、という言葉の意味を問いただそうと口を開くが、その前にイツアが口を挟む。


 イツアの忠告を聞いたエイタは、右手を祓った。


 すると、一瞬のうちにドラゴンが消え、打ち上げ花火の残り火の様にそれが宙を舞った。


 それをぽかーんと見つめていると、エイタはそそくさと出口へと向かおうとしていた。


「さて、昼飯を食いに行こう」

「――あ、うん。昼飯って、食堂とかで食べるの?」

「もちろんだ。よく見ておくようにな」


 魔法世界の食堂。


 いったい、どんだけ凄い所なのだろう。想像が膨らむ。


「じゃ、いこっか!」

「う、うん」


 ワカナの元気な声に促され、僕達は出口へと足を向けた。


 ワカナを先頭に出口へと向かっている中、一緒に前を歩いていたイツアが振り返り、いつの間にか隣に並ぶ。


「日ノ元君」

「な、なに?」


 抑揚のない声で名前を呼ばれる。


 未だにイツアの言動や性格を掴めておらず、ドギマギしながら返事をした。


 しかし、その返事に彼女は言葉を返さず、じっとこちらの瞳を食い入るように見詰める。


 その引力に引きつけられ、徐々に距離が縮まる。


 寸前で、イツアの柔らかそうな唇が開いた。


「……驚きセンセーション」

「そ、それってどういう意味?」


 彼女の声には幾分驚きが含まれていた。最後の言葉は聞かなかったことにしよう、よくわからないし。

 

 正体がばれてしまったのかと、少し目線を逸らしながらイツアに問いかけた。彼女は、よくわからない表情浮かべ、一旦間を置いて答えた。


「魔霧が増加。力の増加」


 どうやら正体の事では無く、僕自身の魔霧力の変化に気づいた様子だった。


「ちょっとね、練習したっていうか」

「やっぱり不思議」

 

 その言葉を聞いたイツアは意外そうな顔をして僕を見つめた。


 どうやって言葉を返そうか悩んでいると、先頭を歩いていたワカナがタイミングよく振り返って、ぷくーっと頬を膨らませていた。


「ちょっと、二人とも! わたし抜きで話ししないでよ!」


 その姿が妙に様になっていて、思わず視線を逸らしてしまった。

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