第15話★授業、待ちに待った魔法

 本日二番目の授業は『魔法実技演習』だ。名前からして、実際に魔法を使う授業で、二時限目、三時限目を使い連続でやる授業だ。


「みんな、おっはよー! さて、早速だけど! 魔霧結界ましょうけっかいの授業、始めちゃうよー!」


 元気よく授業開始の宣言をするのは、このクラスの担当教員でもある『七黄木ななおうぎイズミ』という、教師だ。


 快活という、言葉がよく似合う明るい教師だという事が、声とジェスチャーで伝わってくる。


 七黄木先生の服装に注目すると、制服という概念が存在するらしく、どこかのRPGゲームに出て来そうな僧侶が羽織っている服を身に着けている。僕がイメージをしていた僧侶は物静か、というのに反してかなりハイテンションだが。


 そして、今いる場所は、教室棟の裏側にある実技室棟と呼ばれるところで、魔法を使った授業は全てここで行われているそうだ。ここは、その中の第三実技室。広大な教室で、アリーナ席までもあることに驚かされた。


「コウタ君! どうしたの!」


 その広さを物珍しそうに眺めていたら、七黄木先生に声を掛けられた。慌てて、七黄木先生の方に、向き直る。


「い、いえ、なんで――」


「さて、早速三人組を作って!」


 と、僕の言葉を無視して七黄木先生は、ハキハキとした口調で生徒達に指示を出していた。


 無視するんですかと、少し落ち込みそうになったところで、エイタに声を掛けられる。


「イズミちゃんは、けっこう元気の良い先生で、実力もそれなりにある。……気を付けろ、コウタ」


 何か慰める言葉だけでは無いんですね。意味深な言い方をするエイタは、頷きながら七黄木先生を探るようにして見ている。


 その視線が、七黄木先生に気がある様に思えて、思わず苦笑いを浮かべてしまう。


 先生に対してもちゃんづけなのが非常に気になる。見方を変えれば、生徒達に好かれているといったイメージを受けるが、どうやらエイタの言い方にはそういった意味合いが無いように感じる。何なんでしょうかね。


「そ、そうなんだ。人は見かけによらず、っていうことだね? いきなり無視されてびっくりしたけど――っていうか、なんかエイタ、得意そう顔してない?」

 

「? 何を言っている?」


「はーい、そこの、おっちょこちょい三人組! 早く他の生徒とチーム組んで!」


 三人組というのは、僕とエイタと教室内で一緒になったワカナの事だ。


「おっちょこちょい三人組って、私も含まれてるの……?」


 と、ワカナは、ショックを受けたかのように小さく呟いた。それを聞いた周りの生徒は笑い声をあげた。  


 それにワカナは、少し恥ずかしそうに視線を落とした。それ見たら、僕も恥ずかしい気持ちになってしまう。


 そして、ワカナは、少し離れた女子のグループへと足を向けてしまった。どうやら、ワカナとは魔法実技の演習が出来ない様だ。とても悲しい。


「さて、俺達は二人で――」


「おーい、コウタ! エイタ! 一緒に組まねぇ?」


 と、エイタが言いきる前に、少し離れた場所から先程校門ですれ違った、爽やかなスポーツマンといった印象を受ける、翼人の生徒に名前を呼ばれた。


「ええっと……。そ、そうだね、ソウイチ……?」


「なんで疑問形? って、ダメなの!?」


 ソウイチは、キョトンとした顔から目を丸くしてショックを受けた様に落ち込んでしまった。


 この人、感情の落差が激しいと思いながら、彼が、五月雨さみだれソウイチという生徒という事が、先程エイタの魔法によって複製された記憶で、見た瞬間わかった。


 一応、ソウイチとは初対面というか初めて会話をするので、思わず彼の名前を呼ぶときに疑問形になってしまったのはまずかったかな? 僕の正体は、どうやら感ずかれちゃまずいみたいだったし……。


「そ、そんなことは無いよ! ね、エイタ?」


 そう思うと、何か弁明をしなければ! と思うが、言葉がつっかえてしまう。自分でも情けないつっかえに嘆きながら、確認を取るようにエイタの方を向いた。


「あぁ、いいぞ」


 エイタも、ソウイチの言葉に肯定し、


「……ついでに、エルナちゃんも誘うか」


「お! さっすが、エイタ! わかってんじゃん!」


 それを聞いたソウイチは、嬉しそうに声を上げていた。


 ソウイチは、エルナに気があるのか? エルナは、さっき校門前でぶつかった竜人族の生徒の事だ。見た目は竜そのもので、ソウイチがエルナに気がありそうだという事に驚きを隠せない。


 異種族カップルは、魔法世界ではよくあることなのかな? まぁ、確かにありだとは思う。ワカナ、めっちゃ可愛いし。


 二人は、そんな僕の様子など気にせずに、エルナを呼びに行こうとしたので、慌てて後を追いかける。


「エルナちゃん、組むぞ」


 エルナの前に着くや否や、エイタは単刀直入に、少し生徒の輪から離れていたエルナを誘った。


 いくらなんでも、直球過ぎるその物言いに冷やさ汗を掻くと、案の定エルナは睨むようにエイタを見つめている。


「…………」


 それを聞いたエルナは、うんともすんとも言わずにエイタを凝視――いや睨みつけ、目線を僕とソウイチに向けた瞬間、やれやれと言った感じで首を横に振った。それってどういう意味ですか?


「……いいけど」


 エルナは不承不承と言った感じで、了承してくれたようだ。


 ちょっと、言い方が怖いので組みたくはないと思ってしまったが、そんな事は隣で嬉しそうにガッツポーズをするソウイチに阻まれた。


「お、マジで! サンキューエルナ――」


「足ひっぱったら、怒るから」


 ソウイチの嬉しそうな声を、機嫌の悪そうな声で跳ねのけ、それを聞いたソウイチは緩めた表情を改めた。


「お、おっす、ガンバルっす」


「何、その口調?」


「……さて、イズミちゃんにまた何か言う前に準備を始めるぞ」


 エイタの合図にエレナとソウイチは頷き、準備って何するの? という風な顔をして三人を見回した。


 その様子に他の二人はキョトンとし、エイタは慌てて他の二人に気づかれないように耳打ちをした。


「とりあえず、コウタはさっき言った通りにしてくれ」


 おっとしまった。知らない雰囲気を出してしまっては、彼らに何か感ずかれてしまうかもしれない。


 その言葉に頷き先程、ここに向かう途中で、エイタと今日の魔法実技の授業についての会話をしていたことを思い出した。



                  ★


「……魔霧結界。それは、外からの干渉を防ぐための防御魔法だ。複数人で行う高等魔法に分類され、魔法士を目指す者達ならば、誰とでも構築が出来て当たり前の魔法になる」


 教室を出て、実技室棟へ向かう途中の廊下での会話だ。


 後から聞いた話だと、エイタが移動魔法を使わなかったのは、冬深生徒会長に見られていたからだという事だったが、いまいち理由がわからなかった。


 それは置いておいて……。エイタは、身振り手振りで説明をしてくれた。


「しかし、高等魔法といわれるくらいだから、これが出来るようになるには相当な訓練が必要になる。なに、今日はその授業の初回だから、まぁ、失敗しても誰も文句言わないだろう。気楽に周りの通りにやれば大丈夫だ」


 と、エイタは努めて明るく言ったようだが、相変わらず棒読み感が半端ではなかった。

                  ★



 初回の授業だから安心しろ、と言われても僕は魔法を扱った経験がほぼゼロに等しい。使った魔法と言えば、対象を燃やす魔法、自身を移動させる魔法、時間を視認する魔法……と、おそらく周りにいる生徒よりはるかに魔法経験が少ないだろう。


 少し緊張した面持ちで準備体操をするソウイチや、厳しい表情のエレナ、腕を組み七黄木先生の合図を待っているエイタの方を順々に見回した。


 少し周りを見渡せば緊張が解けるかと思ったがそんな事にはならず、三人の表情に微かに残る真剣な一端を捉えて、余計に緊張感が増してしまった。


 何事も冷静さが重要だ。落ち着け、落ち着けー……。


「じゃ、準備できたかなー? それじゃ、まずは魔霧結界の基礎となる、魔法詠唱から初めてねー」


 と、元気の良い七黄木先生の言葉を聞いた生徒達は、各々で円を作り始めた。僕も慌てて、三人と混ざる。


 そして、一斉に不可思議な言葉を喋り始めた。


「万物の源、魔霧。霊脈彼方から生まれいずる煌々の緑。集え。四方を囲む精霊になれ。集え。暗黒を祓い、根源たる悪しき一点から我が身を護れ……」


 慌てて見よう見まねで、両手を目の前に突き出し詠唱を開始した。


 魔霧結界。エイタが言うには、外からの干渉を防ぐための魔法で、規模が大きくなればなるほど、どんな魔法でも防ぐことが出来るという。確かに、複数人でやるからこそ、結界の強度も上がるし規模も広がっていくから頷ける。


 また、一度この魔法を唱えれば、一定時間は継続して結界を維持できるため、建物などを囲い、魔物達からの干渉を防ぐ用途もあるそうだ。


 っと、それよりも今は足を引っ張らないようにしないと。魔法は、イメージ、イメージ……。


 間もなくすると、それに呼応するようにして体内の魔霧が、一点に集まる感覚がした。その感覚を維持するよう、必死に意識を集中させる。


 そして、円形に並んで魔法を唱えていた僕等を囲うようにして、魔霧が円柱になっていくのが、眼の端で見えた。


「う、うわぁ! すっげぇ魔霧ミストだ!」


 と、ソウイチは詠唱途中で声を上げていた。


 思わず視線を向けてしまう。ソウイチは、すぐに詠唱に戻り、他の二人は黙々と慣れた様子で詠唱を続けている。時折だが、エイタは僕の様子を伺いながら詠唱を進めているのに気づいていた。


 やっぱ、エイタも不安があるのだろう。


 あ、よそ見をしてしまうと、口から出ていた言葉が止まってしまう。


 すぐに視線を戻し、詠唱を続けると、ゆらゆらと揺れていた円柱がしっかりと形成され、揺れが無くなっていく。。


 そして、


「三人共、結界完成したぞ」


 エイタの声を聞き、僕達は詠唱をストップした。


「おぉ! そこの四人組! 素晴らしい! まさか、一回目の授業で魔法結界が張れるとは! しかも、数十秒で完成させるなんて、君達はッ!」


 と、嬉しそうに七黄木先生が、盛大な拍手をしながら近づいてくる。


 それに気づいた周りの生徒達も「す、すげぇ」「さすが天才二人がいるとちげーな」「……ソウイチ君、やけに嬉しそうだけど、詠唱かなり間違ってた……」と、口々に言われた。


 ソウイチは照れながらそれに受け応えるが、実際、魔霧結界を構築できたのは、エイタとエルナの力のおかげだろう。いや、決してソウイチがサボっていたという訳では無くて、ただ眉間にしわを寄せて必死に詠唱を続けていた僕はそう見えていた。


 詠唱と同時に行われていた、魔霧を結界のように構築していくというイメージが、二人は異様に早かったのだ。


 どうやらソウイチはそれに気が付いていないようで、気づいていた僕は、彼よりもやや固い笑顔を浮かべたまま、ただ立ちすくむことしか出来なかった。


「コウタ、気にすることはない。私とエイタは優秀。だから、気にやむ事なんてない」


 エルナは、少ししょんぼりとしていた僕の様子に気が付いたのか、凛とした声でフォローをしてくれた。多少顔の筋肉が和らぐが、自分の事を優秀という言葉には、ちょっと眉間に皺が寄ってしまった。


「そ、そうだよね」

 

「……じゃ先生、私は教室に戻るから」


 エルナは僕達を一瞥し、未だ興奮した様子であれやこれやを生徒に言っている七黄木先生に一言そう告げて、実技室を出て行ってしまった。


 途中退出とかありなのか? と、思い、心配した面持ちで七黄木先生の方を向くと先生は、ぽかんとした様子でエルナが出て行った扉の方を見つめていた。


「――あれ? まぁ、今日の課題はクリアしたしいいか……。エルナさんと同じ班だった三人も、今日はここまででいいよ! じゃ、他の人は引き続き魔霧結界、構築してね! クリアした人から今日の授業は終わりだからっ!」


 それを聞いた生徒達から「えー」という声が、実技室内を木霊した。


 割と適当な感じで、苦笑いを浮かべてしまう。エイタ達の方を見ると、二人とも帰ろうとしていた。


 その後を追うようにして、『魔法実技演習』の授業は終わってしまった。

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