第14話★授業、手乗り猫の魅力

 一限の授業は、使役魔法生物応用概論、という小難しい名前の授業だ。


 教壇に立ち、分厚い『使役魔法生物応用概論』という、見ただけでも頭が痛くなりそうな教科書の様なモノを持つ「かぎロウヤ」という、初老の男性が、その年にふさわしい低音で落ち着いた声を、教室内に響かせている。


 その声を聞きながら生徒達は、分厚い教科書を食い入るように見つめていた。中にはペンを持ち、必死にメモをしている生徒もいる。


 僕はというと、ソラに与えられた知識がそれなりに役に立っており、必死にメモを取らなくても、ある程度の単語を書いたり聞いているだけで、理解が出来ていた。


 ソラって、女神だったのかもしれない。その後の消息は不明で、とても心配だが……。


 いま勉強している項目は、召喚魔法と使役魔の関係性という内容だ。


「皆知っての通り、魔法が使える者は、様々な幻想的生物と主従関係を結ぶことで、その生物が保有する魔霧ミストを、巧みに使いこなす事が出来るのである。その幻想生物を召喚するには、この使役符しえきふが必要になるのである」


 そう言い鍵先生は、腰にある半透明のケースから一枚の紙を取り出した。


 あれが使役符と呼ばれるものか。一見、何の変哲もない長方形の紙に見えるが、微かに魔霧が紙の中に埋め込まれていることがわかる。


 いや、魔霧というよりは、煌魔石が埋め込まれていると言った方がいいのかもしれない。僕が知っている限りでは、煌魔石は石の形をしていたり厚みがかなりあるものを想像するが、ああやって紙のように薄いものも存在するそうだ。


「これは、使役魔との契約印が押されている、使役符である。使役魔は、これを使って召喚するのである」

 

 僕の座っている席からだと、その使役符の契約印は上手く見えない。もうちょっと、その使役符を上に揚げて頂きたい。伝わるか、この思い? ダメでした。


「しかし、多量の魔霧を保有している生物ほど、契約が難しく、いま君達のレベルでは、この生物――」


 と、鍵先生はおもむろに、使役符を持ちながら魔法を唱えた。


 すると、魔法陣が現れて、使役符は波紋を描きながら掻き消たではないか。

 

 思わずため息が漏れてしまう。まさか、魔法陣から何かが出現するのが見られるなんて、想像もしていなかった。あぁ、夢じゃなくて現実っていうのが本当に嬉しい。


 その魔法陣から、ボッと、燃えるように魔霧が舞った。その魔霧を目で追いながら、ふと気づくと、鍵先生の両手にすっぽりとおさまるようにして、丸っこい毛玉が現れていた。


「わ、かわいい!」「お? キョロキョロしてめっちゃかわいいじゃんか」「キャー! こっちみてー!」と、ざわざわと生徒がやや興奮した様子で声を上げた。


 生徒の好奇心を一気に受けたその生物は「キュ!」と、一言鳴き、鍵先生の後ろに隠れる。わー! めっちゃかわいい!


 その生物は、手乗りサイズの猫だった。思わずうっとりとした目線を向けている事に気が付き、一人で苦笑いを浮かべながら猫が逃げたほうに目線を向ける。


「ははは、この子はまだ生まれたばかりの子でな。まだ、人の世界に慣れていないのである」


 鍵先生は我が子を宥めるようにして、猫をなで始めた。


 猫は嬉しそうに目を細め、それを見た生徒達はたまらず声を漏らした。もちろん僕も。


「この『キャミーラド』くらいのランクが、今契約を結ぶのに最も適した生物である。ちなみに、このキャミーラドは見た目がとても可愛く、契約自体簡単だろうと思いがちだが、教科書の三百七六ページに書いてある通り、契約可能ランクはCと、見た目に反して高い位置にいるのである。皆、くれぐれも見た目に騙されないように、注意するのである」


 契約ランクという言葉を聞いて、教科書に書いてある適性表を見つめる。


 ランクには、AからEまでの区分があり、一般的な都民が使う使役魔のランクがDで、魔法士レベルになるとB以上であると書かれていた。


 五年生になると、使役魔の使用ランクがDからC帯に移り、使役魔とのコンビネーションを鍛える本格的な授業もあるらしく、とても心が躍る。


 鍵先生は再度猫をなで魔法を呟くと、猫は跡形もなく消え去った。


「戻るときの魔法はもちろん君達は知っているので、今更言う必要もないだろう。ちなみに召喚に使用した使役符は、使役魔が消えると同時に魔法陣が出現した場所に現れる」


 鍵先生が言った途端、先程の位置から、使役魔を呼び出した際に使用した使役符が現れた。使役符は、燃えた訳では無く、どうやら使役魔の一部に組み込まれている様である。


 なるほど。使い切りという贅沢な使用では無く、何回でも使える環境に優しそうな方法なのか。この魔法世界が、環境問題で困っている様には感じないが。


「使用したらこの使役符は、しっかりとケースに入れて保管するように。それと、皆も周知の事実だが、行政区の隣には、魔物達が暮らす区域があり、その中で使役魔を管理、飼育しているのである。そこへ行くには、担任からの許可状が必要である。それから――」


 そこからは、使役魔と魔法士の歴史的関係を勉強し、もうついていけないといったところで、授業終了のチャイムが鳴った。


「では、また」


 鍵先生が別れの言葉を告げ、廊下に出て行ったと同時に机に突っ伏してしまった。


 あぁ疲れた……。久しぶりだ、授業を聞いた後に感じるこの疲労感。


 しかも、ワカナからの話によるとこのクラスは、特に優秀な生徒達が所属しているらしく、その内容も難しいと言われていた。


 現に、ソラからこの世界の知識を複製? されているのだが、話の六割くらいしか理解が出来ていなかった事には驚いた。てっきり、魔法の事を全部教えられたのかと思ったが、どうやら違うようだ。


 単にソラが知らなかっただけかとも考えたが、無償で知識をくれたから、礼儀知らずというものだ。


 つまるところ、先程の授業は、使役魔についてとそれをこの場に呼び寄せる召喚魔法についての内容だった。


 鍵先生が言うには、五年生に上がると同時に、「キャミーラド」との、契約を全員が済ませているらしい。


 ということは、僕も例外ではない。その使役魔を召喚する使役符という専用品は手元には無いので、まだ配られていないのだろう。


「コウタ君おつかれー。どうだった?」


 顔を上げると、向日葵の様な笑顔を浮かべたワカナが優しく話しかけてきた。


 あぁ天国と、思わずその表情に見とれるが、ワカナの背後に居た生徒が僕の方を凝視している事に気が付いたので、慌てて視線を逸らした。


 目線を逸らしたことにワカナは小首を傾げている。恐る恐るワカナの隣を見ると、幼い顔立ちだが、どこか暗い雰囲気を出す、猫人の『並葺なみぶきイツア』という生徒だということに気が付く。彼女も猫耳が様になっている。


 ワカナとは対照的に、暗い雰囲気を纏っているため、面白い組み合わせだなと思った。


 それにしてもかなり僕の事を凝視しているみたいで怖い。すぐに視線をワカナの方へ戻し、何事も無かったかのように笑顔を浮かべた。


「……いや、全然ーわかんなかったよー」


「やっぱそうだよねー。じゃ、私達次の授業の教室に行くから、遅れないでね?」


 どこか小悪魔的な表情を浮かべ、ワカナは横を通り過ぎていった。


 そうか、次の授業は、実技室でやるとエイタから聞いていたな。僕も行かないと。


 すると、イツアは、横を通り過ぎようとはせず、寸前で僕の席で立ち止まった。


「メガ怪しい。ギガおかしい。お菓子食べたい……」


「…………えっと」


 やばい! まさか、話し掛けて来るとは思ってもいなかったので、とっさに言葉が出ない。怪しい、というのは僕の正体に気づいてそういったのか? ギガ怪しいってことは、めちゃくちゃ怪しいのか?


「謎が謎を呼び、謎スパイラルホール」


 と、イツアはその一言を残して、教室を出て行ってしまった。


 ポカンとした様子で、よくわからないイツアの言葉を考えていると、後ろからエイタが声を掛けてきた。


「コウタ、次は実技室棟での授業だぞ。……ん、どうした? 思考停止ルルフェンのような顔して?」


「いや、さっき、並葺イツアさん? に話しかけられたんだけど、彼女の言動が意味不明で……思考停止ルルフェンって何?」


「いつも呆けた顔をしているルルフェン族の事だ」


「なんそれ……」


 思考停止ルルフェンについて、エイタから説明を受けたが、ちっともわからなかった。そういう種族がいるということで納得しておこう……。


 それはさておき、イツアという生徒はあぁいう言動なのかという目線を、エイタに向けた。


「ん? 普通だぞ?」


「え? そうなの?」


 エイタは何を言っているんだと言いたげな表情だ。


 どうやらイツアという生徒は、あれが普通の言動の様だ。それにしても個性的というかよくわからない。


「なに、心配はいらない。イツアちゃんはあぁ見えて根暗で、余計なことは言わない奴だ」


 エイタは何かに納得したかのように頷いている。少し、勘違いしているように思えるが……。


「エイタが言うなら信じるけど、なんかひどい事言ってない?」


 女の子に対して根暗っていうのはちょっと気が引ける。いや、女の子じゃなくても根暗っていうのは少し悲しくなる。


「事実を言ったまでだ。……それより、早く次の教室に行くぞ」


 ハッキリと言いますね。


 エイタの言葉に教室内を見渡すと、いつの間にかクラスメイトの大半が居なくなっていた。


「あ、うん。了解」


 初日から実技の授業に遅れるのは嫌なので、慌てて立ち上がり、教室を出ようとしているエイタのあとを追いかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る