第13話★登校、初めての出会い

 三十分後、身支度を整えた僕達は、ワカナの家を出て、学園へ向かうための転位装置へと向かう。

 

 前を歩く二人を眺めながら、今着ている制服を改めて見回した。


 西洋風という印象がとても強い。西洋風といってもよくわからないが、なんというか、魔法使いが着ていそうな服装をイメージすれば納得がいくと思う。


 腰まであるフード付きのローブを羽織り、その下は、昔見たことのあるような制服だ。


 そして、なにより一番驚いたのが、魔霧ミストが体内を流れているという感覚を、自然と理解ができていることだ。


 それは、非常に不思議な感覚だ。今まで味わった事の無い感覚。血液の流れを体感することが出来ていると、言い換える事が出来るかも知れない。

 

 この制服は何か特殊な繊維とかで出来ているのだろうか?


 今度調べようと思いながら今一度、自分は学生に戻っているんだという、懐かしさを同時に抱く。


 僕の学生時代はどうだったのだろうか?


 あれから、一日経ったが、あまり記憶は戻らず、学校名とかは全然出てこない。しかし、その時に遊んだ思い出や、勉強、友人関係の事はぼんやりとだが思い出していた。


 前の世界の僕は、充実した生活を送っていたのだろうか?


 断片的な記憶のため、普通の学生時代を送り充実した日々だったとは言いにくい。おぼろげに、人の姿をしたものが学校にいるという感じの記憶しか蘇っていない。


 そんな事を考えながら、前を歩く二人を見つめる。


 その後ろ姿は、僕が理想としていた充実と似ているような気がして、思わず目を瞑りそうになった。


「そういえば、学校ってどんなこと勉強してるの?」

 

 僕の問いかけに、前を歩く二人は振り返る。


 少し考える表情をして、ワカナが口を開く。


「そうだねー、まずは基礎中の基礎、現代魔法学! 今使いそうな魔法を勉強するんだー。でも、これは一年の時に終わっちゃったか……。えぇっと確か、実践的な事を学ぶ……応用魔法術! っていうのだよ!」

 

 一つ二つと数えながら、ワカナは明るく言う。


「う、うわぁ……それ、出来んのかな?」


 曖昧な言い回しだったため、ちょっとワカナの言動に心配しながらも頷く。


 応用魔法術。名前からすれば、とてつもなく固そうな授業だ。魔法を学ぶの楽しみだ! なんて意気込んでいたが、少し心配な気持ちが出始めてきた。


 そんな僕の表情を横目で見たのか、エイタが優しく肩を叩いてくる。ワカナに叩いて欲しかったな。


「心配するな。意外と皆、魔法を使うのは上手くない」


「いやいや、十分うまいよ? エイタ君だけだよ、そんなこと言えるのっ!」

 

 と、ワカナは信じられないといった風に声を上げた。


 エイタは、昨日の一件があったから、魔法に堪能だとは思っていたが、ワカナは違うらしい。


「……ワカナは下手くそなの?」


「うんっ! そりゃ実践的な授業は壊滅的で――って、今日魔法術、しかも魔霧結界の授業があるっ!?」

 

 ワカナは器用に、元気満点の表情から一転、悲痛な表情で首を垂れてしまった。


 その様子に思わず、意外だなという、感想を持った。


 エイタと行動を共にしているくらいだから、ワカナも、相当魔法が使えるのとばかり思っていた。


「ワカナちゃんは先天魔法、いわゆる先天属性系統の魔法に関してはかなり優秀だが、それ以外はからっきしダメなんだ」


 と、心を見透かしたかのようにエイタが口を挟んだ。


「ほんと、心でも読んでるよね、エイタ?」


「いや心じゃなくて表情を読んでいる。なんでかしらないけど、コウタの顔はわかりやすい」


「えっ、ほんと……」

 

 僕の顔ってそんなにわかりやすいのか?


 そう思い、思わず携帯電話で表情を確認しようと探すが見つからず、そういえば魔法世界には無かったことを今更ながら気がついた。


 その僕の行動に、エイタとワカナは怪訝そうに見つめている。しまった。彼らには、少し奇妙な行動に映ってしまっていた。


「……コウタ君、何をしてるの? 探し物?」


 その様子を見てワカナが、怪訝そうな声で聞いてくる。


「あ、いやぁ、携帯を探して……、って、携帯って知ってる?」


 僕の問いかけに二人は、顔を見合わせて首を傾げた。


「さぁ、知らないな。形態変化魔法なら知っているが、それではないんだろう?」


「も、もちろん。えぇっと、こんくらいの小さい板のようなモノで……」


 必死に説明をするが二人にはピンとこなかったようで、小首を傾げたままだった。


 そうか。この世界には携帯電話というものが存在しない。ということは、連絡を取り合うには、昨日、魔法政府から送られてきた羊皮紙のように、紙媒体で取りあっているのだろうか? 

 それとも、連絡用の魔法があるのだろうか?


 少し考えるが、ソラから与えられた知識の中には、それに該当するものが無かった。


「い、いや、この話は無しで! そ、それより、もうちょっと詳しく学校の事聞きたいんだけど……。学校って何年制なの?」


 僕の言葉を聞いたエイタは、手を突き出して六の数を示した。


「六年制だ。年齢は一五歳から二一歳と決まっているが、これはあくまで汎人の基準だ。種族同士寿命も違うから、その種族の年齢が一五歳から二一歳に該当する者が入学している。ちなみに俺達は五年生で、クラスは五‐Aだ」


「え!? もう五年生なの!? ってことは、もう卒業間近じゃないか……」

 

 エイタとワカナの外見を見て、もうちょっと若いかと思っていたのだが、えぇっと……もう十九歳になっているのか。驚きだ。

 

 そういえば十九歳の時の自分は何をしていたのかな……と、思い出が蘇りそうになったが、残念ながら何も蘇らなかった。


「そうなんだよ! ……あっという間だったね」

 

 ワカナの声にハッとなり、意識を戻す。


 表情とは対照的に、ワカナの言葉には憂いの感情が込められていて、どこか旧懐の様なモノが混じっているように感じた。


 二人からすれば、卒業も間近であり、いろいろと思うところがあるのだろう。そう思うと、僕がコウタになってしまったことが、彼らにとってその思い出を壊すようなことにはならないだろうか?


 少し恐いな。でも、二人とは仲良くやっていけそうなので、あまり心配しすぎるのも良くは無いと思うが、それでも恐さは抜けない。


「いろいろあったな……。だが、問題はこれからだろう」


 エイタにしては珍しく、ワカナの言葉に合わせるよう同調したのでハッとしたが、その後の言葉で、すぐにいつもの様子に戻っていた。


「それってどういう?」


 何だか、嫌な予感がする。


「五年生になると、魔法士になるための準備が本格的になる。魔法士は、魔法に関する全ての業務をこなす。そのため、広く深くを前提に、授業が行われることになる」


 広く浅くじゃないのかと、戦慄する。


「だけど! 今のコウタ君は、昨日のソラっていう、非常識極まりない女の子に知識をインプットされたんでしょう?」

「う、うんまぁね? 正直、いまのところは魔法の知識がないんだけどね……」

「んー? どいうこと?」

「なんていうか、その魔法を使おうかなって思うと、こう、思い出すように頭の中にぱっと浮かぶんだ」

「へー? よくわかんないね!」


 ワカナの言う通り、わからないとうのが正直なところだった。


 せめて、知識が使える状態でいたかったが、それは贅沢というものだろうか。まぁ、知識が無い訳ではなく、忘れているといった状態に近いので、魔法をどんどん使っていけば、そのうちちゃんとした知識となるだろう。多分。


「まー、おそらくだけどね? その非常識ちゃんの知識は、並のモノじゃないし、そのことに関しては、安心していいかもね!」


 ソラから非常識ちゃんへと呼び名が決まったのか、ワカナはどこか納得した様子で、とても怖い。


「でも、まだ慣れてないから、コウタ君にとって最初は苦痛かもねー」

「う、うん。いきなり、全部の魔法が使えたら、それはそれで怖いし……」

「そうだよねー。あッ!」 


 先を歩いていたワカナは歩く速度を緩め、目の前に転位装置が見えて来た。


「着いちゃったね。じゃあ学校の話はここでお終い! それにしてもこの転位装置、いま住んでいる場所からちょっと離れてて不便なんだよねー」

「あぁ、俺には関係ないけどな」

「そうだね、機械人様様ー」


 圧倒的棒読み感の、ワカナの突っ込みが飛ぶ。傍から見ると、息の合った会話に思わず笑いが零れてしまう。


「なに、コウタ君? 私達おかしなこと言った?」

「あははは。い、いや、すごく仲良いなーって」

「朝食の時も言ったけど、違うって!」


 そう言葉では否定をするが、少し頬が赤いのは気づかないようにしよう。


「そうには見えないけどねー」

「もう! ……じゃ、先に行くね」

 

 ワカナは手を振り転位装置に入り、姿が消える。


 その様子をエイタと見つめ、ふとお互いに目が合う。


「コウタ、前と性格は全然違うが、なんていうか一緒に居て違和感がない」


 エイタは無表情でそれを言うので、褒めているのかよくわからなかった。


「確かに、言われてみれば……。まだ、一日も経ってないのにけっこう打ち解けてる感があるよね」


 その言葉を聞いたエイタは首を傾げ、何かを考え始めた。


「……もしかしたら――」

「あら、エイタ君にコウタ君? 珍しいじゃない、二人で登校なんて」


 と、エイタが言いきる前に、後ろから声を掛けられた。


 誰だろうと振り向くと目の前には、絹の様な長い黒髪が特徴的な、一人の女子生徒が僕らを見据えていた。


 その絹の様な髪の毛が風で揺らぎ、その黒髪に似合う美貌に、思わず見とれてしまう。

 

 っていうか、どちら様?


「……えぇっと」

「――これは、冬深ミカ生徒会長。おはようございます。相変わらず元気そうで」


 と、僕が何かを言う前に、エイタがそれを遮った。


 ほう、目の前の美人ちゃんは冬深ミカというのか。しかも生徒会長。その肩書に恥じないカリスマ性を感じ、思わず何でも頼りたくなりそうだ。


「えぇ、私は元気だけど、何? フルネームで呼ぶなんて、君らしくもない。……それより、ワカナさんは?」


 長い髪をかき分けながら、冬深ミカという女生徒は辺りを見回した。


 その仕草はとても美しく、その佇まいは何とも言えない一種の神々しさを出していて、思わずその動作に意識が吸い込まれてしまう。


 その様子を見ても動じなかったエイタは、やれやれといった感じで首を振っている。動じないエイタの方がおかしいと思うだけど……。


「冬深先輩が来る前に、先に行きましたよ」

「あら? タイミング、悪かったようね」


 と、冷笑を浮かべていた表情から一転、がっかりした様子で嘆いてた。


 しかし、すぐに先程まで浮かべていた冷笑を携えて、それを見たエイタが、ギクッとしたのが見えた。


「そういえば、今日から生徒会の勧誘活動が本格的になるけど、今年はどうするの?」

「……今年も、おとなしくしてますよ」


 その言葉に冬深ミカは不満そうにうなずく。


「そう、残念だけど諦めないわよ? じゃ、呼び止めてごめんね。では、また学校で」


 颯爽と、隣の転位装置に入り、姿を消してしまった。


「エイタ、あの人は……?」

「あぁあの人は、冬深ミカ。生徒会長だ」

「そ、それは、さっきエイタが言ってくれたから知ってるよ?」

「……あぁ、そうか」


 エイタはどこか心ここにあらずといった感じで佇んでいる。


 どうやら、並々ならぬ関係がありそうで、思わず野次馬のような心がうずいてしまう。


「エイタ、あの先輩とはどういう繋がり?」

「――ッ!」


 その言葉を聞いたエイタは、あからさまに動揺した。


「あ、聞いちゃまずかった?」

「あ、あぁいや……。なに、あの先輩には、かなり世話になっていてな……」

 

 珍しく歯切れも悪いし、言葉を濁している。そんな様子だと、それ以上聞くのは憚れる。


「もういいか? 俺らもそろそろ行こう」

「そ、そうだね!」

「行政区・学園紅」

 

 エイタは、転位装置には入らず、その場所で姿が消えてしまった。


 そうか、エイタはどこでにでも移動が出来るんだった。


 転位魔法は話しによると、距離が遠くなればなるほど消費する魔霧力が膨大な量になる。


 そのため、皆転位装置を利用しているのだが、エイタは機械人だからその必要がない。


 機械人の不思議さを感じつつ、僕は普通に転位装置へと入る。

 

転送トランス行政区学園 こう!」

 

 移動場所を言うと、昨日ぶりとなる真っ白い光が体を包みこむ。次に目を開けると、あの立派な校門の前に立っていた。


「相変わらず凄い――っあ!」


 と、背中に衝撃を感じ、目の前に気を取られていたことで、後ろからくる人物と接触してしまったようだ。


 新入生でもないの、校門前で立ち止まっていると怪しまれる! といった焦りから、慌てて謝ろうと振り向く。しかし、その姿を見た瞬間、思わず言葉が止まってしまった。


「…………」

「…………あ、あの」

 

 竜だ。目の前に竜の姿をした人らしき者がいる。


 顔は人間だが、頭には角が生えており、耳は横に細長い。首から下と、腕の半分くらいには、鮮やかなうろこで覆われており、驚くのは今にも飛びだちそうな両翼が生えていて、尻尾もあることだ。


「……コウタ」


 冷たく、そして凛とした強さがある声。彼女は僕の名を呼び、睨みつけるように視線を向けて、通り過ぎていく。


「――な、なんだったんだ?」

「あれはな、平和を重んじる種族、竜人族のエルナっていう生徒だ」


 と、話しかけて来たのは、まるで王冠のように、鳥の翼が頭の上に生えている、翼人の男子生徒だった。


「あ、ありがとう」


 よくよく見ると、昨日エントランスで会話をした男子生徒だ。


 彼が、先ほどの女子生徒の紹介をしてくれた。あの子はエルナというのか。ちょっと怖いから、距離を置こうかな……。


「いや、なに、礼には及ばな――って、コウタじゃん! 新入生じゃねーぞっ!?」

「――っえ!?」

「くっそ、校門前で立ち止まってたから、新入生かと思っちまったぜ……。不覚」


 そういい彼は「じゃ教室で」と、言い残して先へ行ってしまった。


 ポカンとしながらそれを見送り、徐々にあの翼人の生徒の言葉の意味を理解する。


 あの翼人の男子生徒はクラスメイト。しかし、名前がわからない。もしかしたら、僕の怪しい態度を見て、何か感づいてしまったか?


 この際だからばれてしまった方がいいのでは? と、思ったと同時に、『奴らに感ずかれる前に……』という、エイタの忠告を思い出す。


 その意味合いからして、学校内に〈日ノ本コウタ〉の中身が入れ替わった事を快く思わない人たちがいる、という事だろうか。


「おい、コウタ。遅いぞ」


 しかし、名前がわからないのは不味いよな……と、考えながら校門を通り過ぎると、目の前にある噴水の前から声が掛かり、目を向けるとエイタが立っていた。


「あ、エイタ! よかったよ! クラスメイトの名前教えて!」

「ん? あぁそうか。そういえば、教えるの忘れていたな」


「……ちょっと待て、今魔法使って教えてやるよ……。念呪パラ記憶複製メリオー・エムコ・シモ

 

 エイタは、左の掌を僕の方に突き出し、小指と薬指を閉じた形で、顔の前で素早く三角形の形で手を動かした同時に、聞いたことの無い呪文を唱えた。


 すると、エイタの魔霧が、幾何学的に変化したのを両目が捉えた。そしてそれが、僕の方に流れ込んでくるのがわかった。


 驚いた様子でエイタの方を見つめるが、彼は安心しろと、言いたげに僕の方を見ていたため、恐る恐る従った。


 すると、生ぬるい風が体全体を通り抜ける感覚がし、それと同時に、脳内に鮮明になる記憶があった。


 消えたろうそくの明かりが灯るように、クラスメイトの名前と顔、またそれらに関する記憶がのだ。


「こ、これって……」


 目を見開き、謎の記憶について問いただす。


「まぁ簡単な魔法だが、俺の記憶する記録を、コウタに複製した」


「え? 記憶を、複製したって!? それって、昨日のソラと同じような魔法じゃ……?」 

 

 そういって、すぐに魔法の意味を理解した。 

 エイタが唱えた魔法は、複製魔法に分類される魔法で、この魔法は一定の記憶を複製することができる魔法だ。


 心の中でそう思いながら、やはり不思議な感覚を同時にに抱く。


 この知識は、僕のものでは無くソラのもので、魔法に関してはおそらくほぼ網羅しているのではないかと疑ってしまうほどだった。


 ある意味、チート級の能力を授かったってことでいいのだろうか? まぁ、転生者という特別な役割を担っているみたいだから、ありがたいことである。


「まぁ、俺が使った魔法は中等魔法に分類される魔法だから、普通の人間が煌魔石とか使ったり、その魔法を知っていて呪文を言っても、効果は現れないけどな」


 エイタはごく自然に淡々と言ってのけるが、知識がある今は、その意味がわかってしまう。

 

 それは、一介の学生では唱えられない魔法だということを意味している。魔法士クラスになれば、唱えることの出来る魔法だ。


 要するに、プロにならなければ唱えることが出来ないというわけで、しかしエイタは、その難解な魔法を普通に唱えられるあたり、やはり只者ではない事を改めて認識する。


「まぁクラスメイトの事は直接会っていろいろ教えるし、授業の事やそのほかの事も俺とワカナが教え――」


 と、言い終える前に「キンコンカンコーン」と、予鈴が鳴ってしまった。


「おっともうこんな時間か。詳しくは後で教える。とりあえず一限に遅刻しないよう、急ぐぞ」


 早口で言い終えると同時に、エイタは僕の手を掴み、彼は移動魔法を使った。

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