第三章『日常』‐魔法学園‐
第12話★朝食、手作り不可思議料理
翌朝。
「アァァアアァァ――――ァァァァ!!」
という、甲高い雄たけびを聞いて、慌てて居間に敷いてある布団から跳ね起きた。
「なん、んあだ!?」
言葉にならない声を上げ、辺りを見回す。
「エイタ!? って、あれ?」
思わずエイタに何事か聞こうと隣を見たが、そこには寝ていたはずのエイタはおらず、布団はもぬけの殻だった。
「ふわぁ、おはよぉー……。朝からいったいなんなのよ、もぅ……」
と、居間のドアを開け、寝起きのワカナが悪態をつきながら入ってきた。
「――いいね」
「え? コウタ君なにか言った?」
「い、いや、なにも――そうだッ! と、隣で寝ていたはずのエイタがいないんだよ!」
はだけたパジャマらしい服装から覗く――下着の上にワンピースのような薄い洋服を着ていて――肌に思わず視線を吸いこまれていたが、慌てて目を逸らし、逃げるようにエイタが寝ていた場所を指さした。
「あー……」
ワカナは布団を見て、そしてなぜか遠くを見つめ、彼女は何かに納得したのか、呆れた様な声を漏らした。
「エイタ君ってほんと……。とりあえず朝食食べよ? 心配しないで、そのうち帰ってくるよ」
そういいワカナは、あくびをしながら朝食の準備のため、台所へ向かった。
その様子をポカンと見つめ、ワカナがいったい何を見つめていたのか、後で知ることになるとは、今はまだ知らない。
十分後。
ジューっといい音がし、いい匂いが廊下から漏れてくる。
「女の子の手料理……」
生まれてこの方、女性の手料理というのはおそらくおふくろの味しか知らない。正直とても情けなかったが、今こうして座布団の上に座り、おいしそうな匂いを嗅いでいると、そんな事もどうでもよくなる。
あの後、布団を片付け正座をしながら、ワカナの朝食を待っている。未だにエイタは帰ってきていない。
待っている間は、ワカナの事をずっと考えていた。おそろしく変態である。
ワカナは、本当に今まで見たことの無い種類の可愛さを秘めた女性だ。
なんというか、人間の可愛いというのと、猫の可愛いさというのが、上手く混ざって昇華された、というのだろうか、とにかく猫人は皆こうなのだろう! と勝手に想像(妄想)を膨らませていた。
そんな妄想をしていると、朝食を持ったワカナが僕の方を見つめていた。
「フワァ――!?」
慌てて、すごいポーズをして立ち上がり、配膳を手伝う。
「どうしたの、コウタ君? あっ、コウタ君が生まれた地域では、朝食前に、ふわぁーー! っていう儀式をやるの?」
と、配膳を終えたワカナが、面白おかしく僕の真似をするものだから、慌てて止めに入ってしまった。
「いやいや!? たまたま! そう、たまたまだから!」
恥ずかしいから、真似をするのやめてほしい!
「そうなのー?」
「そうなんです!」
僕の必死さが伝わったのか、それ以上ワカナは特に言ってこなくて良かった。
間もなくして、目の前に朝食が並べられる。目の前に並べられたのは、見たこともないような料理の数々だ。
なんと説明すれば良いのだろうか、パンのようなもの(食パンのより分厚い)に、おそらく肉(見間違いでなければ、脂肪分が煌めいている)が乗っていて、その下にはよくわからない板状のもの(ナプキン的なの)が敷かれている。
少し、食べづらい見た目だったが、匂いはものすごくよいので目を瞑って食べようとしていた。
両手でつかみ、粗食。
まず入ってくるのは、煌めく肉の香ばしい香り。そして、芳醇なパンの食感。口の中で奏でられる、料理たちが見せた朝焼けが弾ける、無限のハーモニー。
「んんー……。あぁぁ……。見た目はともかく、女の子の作る朝飯。いやぁ、最高だなぁ」
一口一口味わいながら、感慨深そうに頷く。
「そうだな、毎日が最高だ」
「羨まし――って、エイタ!?」
話しかけて来たのは、いつの間にか隣の座布団に座っていたエイタだった。
「どうした、コウタ? 手がとまってるぞ?」
「――いやいやいやっ!? それ、エイタのせいだからね!?」
「あぁ、これくらい気にしていたらこのさきやっていけないぞ? なにしろ、何かと移動するとき俺は、この魔法を使うからな」
そういいながらエイタは、移動魔法を唱えていた。
「――っあれ? 今度はどこ行ったの?」
すると、今まで黙って朝食をとっていたワカナが急に立ち上がり、居間のドアを開けて廊下へと出てしまった。
そして、
「こらぁ! エイタァァァ!! 勝手に部屋に入らないでよっ!!」
と、今まで聞いたことの無いような、ワカナの絶叫が家中に響き渡った。
驚いて声のした方へ向いてしまう。しかし、耳に伝わって来たその音は、何とも心地の良い可愛らしい声なのだから、本当に罪深いです。
「悪い。つい、コウタを驚かせたくてな――」
「そんなの理由になってないよっ! もうっ!」
と、ギャーギャー言いながら二人は、居間のドアを開けてきた。
「二人とも仲良いね……」
その様子を見て、そう感想を持った。
長年の付き合いだと言うことが伺える。
「どこを見たらそうなるのよっ!」
ワカナはぷんぷん怒りながら、長机の前に敷かれている、汎発性の高い座布団の様な
ものにドスンと座り、ご飯を食べ始める。
「ちなみに……、朝、エイタはどこ行ってたの?」
ワカナが落ち着いたところで、エイタへ、そう質問をする。
エイタの前にはコップが3つ置かれているだけで、朝食の様なものは用意されていなかった。その一つを手に掴みながら口を開く。
「あぁ、いや、なに。朝、日課である散歩をしていたら、ここら辺を縄張りとする『マカルガル・ドラゴン』に、襲われてな」
「ど、ドラゴン!?」
オウム返しと言わんばかり、思わず聞き返してしまった。
ドラゴンに襲われたって、至極当然のようにエイタは言ってのけたが、それってとんでもない事ではないのか?
「ああ、そうだ。コウタはまだ見たことなかったんだな」
そういいながらエイタは、持っていたコップをテーブルの上に置きながら立ち上がり、勢いよく左手を前に突き出した。
「
と、魔法を唱えた。
エイタが左手を突き出す先、そこには一頭の口が三つに割れたおぞましいドラゴンが突如として、出現した。
「うわあああああぁぁ――――ぁぁ!?」
そう叫んでしまう程の迫力だった。
そのドラゴン、いやドラゴンの首には、円形の鎖が等間隔に並んでおり、ドラゴンの両手は、身もけもよだつような触手が生えている。そこまで見てそれがドラゴンじゃなくて、化け物だ。
それを見て、背筋が凍ってしまう。ここら辺は、こんな世にもおぞましいドラゴンの縄張りなのか!?
「こ、これを倒したの!?」
にわかに信じがたいが、エイタなら倒せそうと思ってしまった。
「そうだ」
エイタはあっけからんという。
いやいや、どうみても物語クリア後に出てきそうな、凶悪モンスターなのだけれど、これを一人で倒したのか……。エイタの底知れぬ実力に、思わず戦慄する。
「わ、ワカナも倒せるの?」
そう質問したのも、そのドラゴンの出現にも気にした様子がなく、おそらく慣れているのだろう、朝食を黙々と食べていたからだ。
「そんなわけないじゃない。こんなの倒せるのはエイタ君とか、十二星の旅団くらいだよ」
どこか素っ気ない感じでワカナはそう言った。
やっぱそうだよね。ワカナの様な女の子が、こんな凶悪なドラゴンを倒せる世界なんて、恐すぎてビビってしまう。
「……そういえば、十二星の
ワカナが言ったおかげで、思い出すことが出来た。
ソラが、十二星の旅団を復活させると、昨日言っていた。
十二星の旅団に関する事は、脳内ライブラリを検索するが、合致する記憶が無かった。ソラにこの世界の知識を与えられたが、もしかしたら意図的に教えなかったのかもしれない。
「……そうだな、簡単に説明しよう」
エイタは魔法やめ、ドラゴンが姿を消す。
エイタは再びコップを持ち、口を開く。
「十二星の旅団というのは、魔法士の中でも相当な実力がある十二名の事を指す。まぁ、今は九人しかいないけどな」
「へぇー、そうだったんだ……。他の三人は、どうしちゃったの?」
「三人とも、行方不明なんだって」
説明を受けるたびに、ふっと記憶が蘇ってくる感覚がある。
もしかしたら、その言葉の説明を聞かなければ、しっかりと知識が思い出せないのかもしれない。
十二星の旅団は、魔法士局という魔法士達の頂点に立つ組織で、この浮遊都市を管理、運営している者達の事だ。
エイタが言ったとおり、相当な実力がなければ所属することが出来ない。
その実力というのは、高難度の魔法を唱えられるかとか、実績を上げたとかだ。
「それにしても、エイタはそんな人達が倒すような怪物を倒せるんでしょ? これってすごいことじゃない?」
「ほんと! すごいことなんだよ! でも、なんかわからないけど、エイタ君、スカウト受けてるのに、それ断ってるんだ」
「え? もったいないじゃん!」
「……確かに勿体無いが、もし仮に入ったら二度と学校には行けなくなる。両立なんて不可能だ。……だから、そんなのはごめんだ」
と、エイタらしからぬ声で否定をした。
「……ふふ、やっぱり学校生活一番楽しんでるの、エイタ君じゃん」
「…………」
ワカナは得意そうな表情を浮かべ、それを見たエイタはやれやれと、いった風に首を振った。
青春してるなーと、年甲斐もなく思いながら、今は学生に戻っているんだ、やった! と、ガッツポーズを決めそうになった。
そして、この話はここで終了と言わんばかり、エイタは再び飲み物を机の上に置いた。
「二人とも、早く飯を食わないと、学校に遅れるぞ?」
エイタの忠告を聞いた僕達は、慌てて箸を進めた。
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