第11話★連絡、謎をよぶ羊皮紙

 ソラの笑顔が一瞬で消え去り、浮遊感が体を包んだと思ったら、強い衝撃を受けて思わずうめき声を上げる。


 「いったぁ! あー……、ソ、ソラ?」

 

 めちゃくちゃ痛い。どうやら背中から固い地面にぶつかったようで、痛みが引くのを待ちながら、辺りを見回し少女の名前を呼んだ。


 しかし残念ながら辺りには誰もいないようで、答える声は無い。


 ここはどこだろうと思い立ち上がると、少し遠くに見覚えのある建物が見えた。


 あれは確か学生寮だ。それを見た途端、安堵の気持ちが溢れ、思わずその場に崩れてしまう。


 よかった。また変な場所に居たらどうしようかと思ってたから、ソラには感謝をしなければならない。


 しかし、当の本人はいないから、静かに心の中で礼を言いながら歩き出す。


 いつの間にか辺りは夜になっていて、あれから数十分と経っていないようだったが、この世界は夜が早いようだ。


 魔法世界だからといって夜に何も起こらないとも限らないので、とりあえず学生寮に向かおう。


 街灯を頼りに歩き、学生寮の前まで来ることが出来た。


 あの時の衝撃で辺り一帯が封鎖されているとも思ったが、どうやらそんな大事にはなっていないらしく、特に変わった様子は見受けられない。


 学生寮の扉を開き中へと入る。 


 改めて見ると、最初入った時は気づかなかったが、何か薄い膜の様なモノが入り口を覆っているのに気が付いた。


 何だか不気味さを感じるも、じっくりと目を凝らす。見た感じ、魔法で作られているものなのかな。


 魔霧が渦巻いているように見える。防犯対策か、学生を識別するためかはわからないが、見た感じは害はなさそうだ。というか、一度通っているはずだからその心配はないだろう。


 そう思い魔法で作られた膜のようなものをくぐると、体内の魔霧ミストが僅かに放出されるのを感じた。


 それとほぼ同時に、先程まで生徒の人だかりが出来ていた場所に、忽然とテレポータルが現れた。


 そのテレポータル内には人が乗っている様で、到着するやいなや慌てた様子で飛び出してきた。


「コ、コウタ君! 大丈夫? はぁ、よかったぁ……心配したんだよ? 何か変なことされなかった?」


 なんと、テレポータルから出てきたのはワカナだった。


 今にも泣きそうな表情をしているのは、僕のことを思ってのことだろう。あれ、なんだが目から涙が零れそうな、もらい泣き良いでしょうか。


「うん、大丈夫。変なことは……されなかったかな?」


 涙を見せる訳にもいかないので、努めて明るく答える。


 若干言葉に詰まったが、何もなかったと両手を広げた様子を見て安堵したのか、ワカナは笑顔を見せた。守られたいこの笑顔。


「よかったぁ……。エイタ君が『あいつは、人体実験されている。もう元のあいつじゃなくなっている』なんて、物騒なことを言うから心配したよぉー……」

「そ、そんなこと言ってたの? それは心配だったろうね……」

「ほんとに、エイタ君が言うと冗談に聞こえないから気が気じゃなかったよ……」


 おそらく、自分がワカナの立場だったら同じことを思うだろう。


 というかエイタの発言が物騒すぎる。確かに、得体の知れない人体実験の一つや二つされててもおかしくなかったが、ソラからは危害を加えるような素振りは感じなかった。

 

 まずはソラへの誤解を解くのが先だ。彼女について語ろうとした瞬間、情けない音がお腹から刻まれた。


「あれ? お腹空いてるんだね?」

「あー……は、恥ずかしながら、そうみたい……」

「そっか。そうだよねっ! けっこういろんなことしたしっ! じゃあさ、今日は家、泊まっていく?」

「うん、そうする――んんん???」


 ワカナは、今とんでもない事を言わなかったか?


 すごい軽いノリで言ったが、家に泊まっていかないかと提案をした。いや、まさかそんなことは無い。いや、日ノ本コウタ君はもしかしたら頻繁にお泊りをしていた仲だったのかもしれない。なんとも羨ましい。いや、今は彼の姿だ、なにも羨むことはない。そうだ、これからが肝心なのだ。


「おーい、コウタくーん? 聞えてますー? 大丈夫ですかー?」

「――ぇいや! だ、大丈夫だよ! うん、大丈夫!!」

「ほんとに?? やっぱり、何か変なことされたんだねっ……! 待っててね今私が魔法を唱えて……」

「だ、大丈夫だって!! ほら! 見ての通り普通だよ?」


 ワカナの声にハッとし、大振りな動作で無事をアピールする。


 「本当かなー」という声と共に不審な視線を感じたが、それもすぐに消える。


 良かった。魔法を唱えてくれるのは構わないが、これ以上心配を掛けたくないというのが本心だった。


 とにかく、ワカナの部屋に一刻も早く戻らなければならないと思い、テレポータルへと向かう。


 どうやら、ここのテレポータルは一人用ではないみたいで、確かに商業区にあったものと比べると一回りは大きく見える。


「すぐ着くからね。はい着きました!」

「は、え、はや」


 気が付いたら、大きなエントランスの中心に立っていた。


 辺りには暖炉や大きめのソファが置いてあり、数人の学生が談笑しているのが目に入って来た。

 

 しかし、あまりの到着速度に我を失いかけていると、軽快なワカナの声が聞こえて意識が戻ってくる。


「コウタ君。こっちだよー」

「あ、はーい。今行きます!」


 ワカナの声に呼ばれるがまま奥の方へ進むと、見た事のある廊下が見えて来た。


 この先にワカナの自室がある。


 学生寮だから他の部屋にも生徒がいるはずなのだろうが、外からだと物音ひとつしない。


「着きましたっ! じゃ、二度目ましてだねー!」

「お、お邪魔しまーす!」


 最初のときより幾分か緊張を隠せないまま、再びワカナ宅へお邪魔する。


 さて、今晩はどのように過ごすか。まずは、ソラに捕まっていたことなどを話すべきか、それともここでの暮らしのことについて尋ねるか。なかなか楽しみな――


「無事だったか」


 その幸せな思考を強制終了させたのは、仏頂面で椅子に座っているエイタの声だった。


「もう、無事だったよ! エイタ君が変な事言うから、物凄く心配して――あれ? コウタ君、どうしたの? やっぱり具合が悪いのかな?」

「あーいや! ちょっとした疲れがこう、一瞬体を駆け巡ったけど、とにかく何もないよ! うん、なにも!」

「そう? 無理しないでね?」

 

 ワカナの笑顔は、よからぬことを企んでいた不届きな心を抉っていく。


 普通に考えたエイタもいるよね。まぁ今は再会を喜び合おうじゃないかと気持ちを切り替えようとするが、やはりすぐに切り替えるのは難しくため息をつきそうになる。


「無茶は良くないが、俺が見てやろう。なに、心配するな。大した魔法じゃない」

「お、お願いします」


 そんな様子を見かねてか、エイタは座った姿勢のまま魔法を唱えて、目を瞑った。そして、すぐに目を開けると、何故か親指を立てた。そのサムズアップは何も異常が無い事でいいのかな? 


「体を弄繰り回されているかと思ったが、どうやら読みは外れた様だな」

「は、外れてよかったよ。エイタの言った通りになってたら、もうそりゃ大変だったろうね」


 どうやら、エイタは本気で僕の体が弄繰り回されていると思っているらしく、未だに油断ならない表情をしている。


 それを見てワカナがそわそわしているから、ぜひとも落ち着いてほしいが、何か腑に落ちないのか続けて妙なことを言いだした。


「それで、彼女はどうだった? やはりだったか?」

「は? レア? なんのこと?」

「いや、なんでもない。忘れてくれ」

「は、はぁ……」


 何のことだかさっぱりだが、その質問をしたことに満足したのか、エイタの体からは緊張感が抜けているみたいで、ワカナは安心した表情を浮かべている。


 とにかく、ソラのことなどを聞こうと口を開く前に、エイタが一枚の紙を手に取って眺めている事に気が付く。


「その紙は何?」

「あれはね、魔法政府から速達されてきた手紙なの。なんだかいやーなことが書かれててね? それもあって、コウタ君のことが心配だったの」

「そうだったんだ。魔法世界に手紙ってのも気になるけど、どんな内容が書かれていたの?」


 そう言うと、エイタは無言で紙を差し出してくる。


 どうやら言葉で説明するより読んだ早い内容なのかもしれない。


 エイタから受け取り、早速手紙の本文へと目を向ける。


「えぇっと……」


 手紙には以下のことが短く書かれていた。


『保護対象の安否は不明。厳重な違反行為を行ったため、捜索活動は自粛するように。また、太陽に翳りが確認されており、今後の方針を再検討する』


 つまり、どういうこと?


 保護対象というのは、僕のことでよいのだろうか。厳重な違反行為というのは、エイタが唱えた魔法の話しだろうか。


 そんな感じで前半の文章は何となく理解できたが、後半の文章は意味が分からなかった。


「太陽に翳り……?」


 太陽が翳るということは、日食でも起きるのだろうか?


 まさかそんな訳がないだろう。こういう時は、エイタに聞くのが一番だと思い顔を上げると、まさに待ってましたと言わんばかり、僕の方に視線を固定していたエイタと目が合った。


 若干の恐怖を覚えつつ、瞬きすらしないその姿勢にドン引きすると、エイタは勝手に喋り始める。


「太陽というのは、魔法犯罪組織ソールの事だろう。自らを太陽ソールと位置づけ名乗っているくらいだからな。それが翳るというのは、内部で統制が取れていない、または何らかの反乱がおこる前兆ではないかと推測できるな。ただ、気になるのは今後の方針に――」

「お、おっけー、おっけー! と、とりあえず理解できました!」

「本当か?まだ話の一割も喋ってはいないが」

「めっちゃわかった! こう何というか伝わって来た!」

「そうか?」


 話しが長くなりそうだったので、思わずエイタの言葉を遮ってしまった。


 とにかく、何となくだが手紙に書かれていた内容は理解できていた。


 太陽に翳りというのは、ソラの行動を指しているのだろう。もしかしたら具体的な内容までは魔法政府も把握できていないかもしれないし、これは結構貴重な情報になるのではないか?


 そう思うと、やはりさっきのことは話しておくべきだと思い始め、寝そうになっているワカナの頬をつねろうとしているエイタに声を掛ける。


「えっと、さっきの話をしたいんだけどさ。あの後って、ここではどうなっていたの?」

「……簡単だ。この寮の監督生と警備員がすっ飛んできて物凄い質問攻めにあった。まぁ俺の巧みな話術で、事は簡単に解決したがな。これが――」

「それは嘘なんだけどね? もうひどい説明の仕方だったから、ちゃんと事情を説明したら納得してくれて、コウタ君を助けにいく話まで出てたんだよ?」


 どうやら、大事になりかけていたようで、エイタの話はともかく、いきなり迷惑を掛けてしまった。


 結局、僕が戻ってきたのがすぐだったので、救助隊に助けられることは無かったのだが、何とも言えぬ気持ちでとりあえず二人には感謝と謝罪の言葉を伝えた。


「気にするな。俺の対応が少しお粗末だっただけだ、心配することない。それで、続きを聞かせてくれないか?」

「あぁ、えっとね? さっきその少女、名前をソラっていうんだけど、その子が言うには、失われた魔法を復活させるために、十二星の旅団スターズクランを再結成するためだって言ってたんだけど……」

 

 そう言った瞬間、エイタとワカナの表情が険しくなっていく。


「な、なんかまずい事言った?」

「……いや、別にそういう訳じゃない。十二星の旅団スターズクランは既に存在する。存在するのにも関わらず、再結成するっていう意味がわからなかっただけだ」

「それと失われた魔法だよね? そんな魔法があるなんて聞いたことなかったけど……そのソラって子はちょっとあれなのかなぁ」


 エイタは何か釈然としない様子で、ワカナは何故か心配そうに身を案じている。


「そういえばコウタ。ここの知識があるようだが、魔法で教えられたのか?」

「え? あぁ、うん」

「そうか」


 エイタは突然そう聞いてくると、そのまま口を閉ざしてしてしまった。


「んーとね? もう知ってるかもだけど、その魔法は高等魔法に分類される魔法だから、口には出来ても簡単には効果が表れないの」


 ワカナの言葉を聞いて、確かにその通りだと納得がいっていた。僕の中にある、先程ソラに教えられた知識がそう言っている。


 高等魔法というのは言葉以外に、魔法を唱える所作や、魔霧を形作る想像力、これが一番重要なのだが、唱えるためにはまず資格が必要だ。


 資格というよりも免許のようなもので、煌魔石が普及している魔法世界では、その煌魔石の種類によって唱えられる魔法が区別されている。


 学生はこの魔法だけ、大人はこの魔法だけ唱えられるといった感じに、魔法政府が定式化したものしか使うことは許されていない。


 という事は、ソラはその資格を有しており、プロ顔負けの実力者ということになる。まぁ、最初会った時から、只ならぬオーラを感じていたので少し納得がいく。


「つまりあの少女は、それほどまでに特殊な人間だ。しかも、見た目はまだ幼い。しかし、聡明な知識は生まれつきにしても、内包する魔霧量は後付されたものだな……」


 エイタは途中で、ぶつぶつと聞こえない声量で言うと、再び考え事を始めてしまった。


 というか、その少女を押さえ込んでいた目の前で考え事をしている方も、相当な実力者ということに気が付くと、ワカナは小声で僕を呼んだ。


 ほいほい顔を近づけると、耳元で甘い囁き声が聞こえ、危うく意識が持っていかれそうになってしまった。


「コウタ君はもう気が付いたと思うけど、エイタ君はちょっと特別なの」

「そ、それは何となくわかってたよ? 機械人だからってのもあるんだよね?」

「そうそう。機械人ってのが大きいかな。それ以外にも、エイタ君にはいろいろあるから注意が必要だけど……どうしたの? 顔が赤いよ?」


 熱でもあるのかなと言いながら、僕のおでこに手を置くワカナ。


 ほんとうに心配している様子が伝わってくるが、それは逆効果です。


「なぁ、コウタ。俺の力を肌で感じてみる気はないか」


 すると、今まで考え事をしていたはずのエイタが背後に立っており、凄まじいプレッシャーを放っていた。


 ワカナが居なければ卒倒していたかもしれない。それほどまでだった。


「ぼ、僕は遠慮しておきます……」

「そうか? またのない機会だと思うがそう言うのならいいか。それよりもだな」


 そういうと、エイタはテーブルの上を指さして言う。


「晩飯の時間だ。ワカナちゃん頼んだぞ」

「あ、はーい! ちょっと待っててね!!」


 そう言うと、ワカナは廊下へと向かい、そしてすぐに両手いっぱいに料理を乗せて戻って来た。


「今日は豪勢にいっちゃうよー!」

「ま、ま、待ってました!!」


 詳しい話はまた後ほど。


 ワカナの手料理を見た瞬間、胃袋が限界を超えている事に気が付き、盛大な音が鳴り響いた。

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