第10話★邂逅、真相への近道
「あっ、どうぞどうぞ」
そうだった。ソラが僕をここに連れてきたのには訳がある。
わざわざ、ワカナの部屋に突然現れてまで、無理やりに連れ出すほどなのだから相当な要件なのだろう。そう思うと、手に汗が滲んでいた。
「その前に、魔法を唱えます」
ソラは静かに呟いた。 そして、左手を口元に動かし、魔法を唱えようとしている。
「な、なんの魔法?」
「そのうちわかります」
「そのうち? って、え!?」
そう言って、僕の頭に左手を置いた。
まさか、いきなり頭を撫でてくれるなんて夢にも思わなかったもんだから、若干の緊張が走るのと鼻の下が伸び掛ける。
こんなの生まれて初めてで、異世界素晴らしきかな。
なんて、そんな様子を悟られないようしょうもない事を妄想していると、ソラは左手を動かす。もしかしたら気が付いていたのかもしれない。僕が想像していた優しさなど微塵も無く、ただ撫でているだけだった。
「この記憶。この欠片。全てを貴方に――
スッと、頭の中にソラの言葉が入り、その音が心地よくて思わず目を瞑った。
そして目を開くと、僕は砂浜の上に立っていた。
振り返ると、青く煌めく大海が広がっている。
上空を見上げると、眼前には光輝く星々が広がっていた。
星々は、全てがここにあるかのように、全てを知っているかのように、静かに光輝いている。
「はい、これで大丈夫ですよ」
まだ幼さの残る声に呼ばれ、瞑っていた眼を開いた。
そこは砂浜でもなく、ベッドのだけある質素な部屋だった。
先程見たものは何かを聞こうとして、思わず目を見張った。
「な、なにこれ? 僕に何をしたの!?」
しかし、その咄嗟に出た質問とは対照的に、脳内ではそれが何なのかが理解できていた。
僕の様子にソラは、満足そうに頷いている。
脳内には先程までは無かった魔法世界の事が、漠然とだが、まるで生活をしていたかのような知識が、頭の中にあるのだ。
「さっきの魔法は高等魔法に分類される、知識を対象者に付与する魔法です」
ソラが流れるように言った言葉の意味が理解できている。
それは、言葉の意味を知っているだけでは確実な効果が表れない魔法だ。
そして、その魔法を認識している自分に、思わず驚愕してしまう。
ソラが魔法を唱えるまでは、魔法の事は愚か、この世界の万物すらほとんど理解できていなかったのだ。それが、今は理解できている。
「……今、僕の中にあるこの知識は、ソラが持っていたものっていう事でいいのかな?」
「厳密には違いますが、そうです」
ソラは頷く。信じられないと思い、思わずため息が漏れてしまう。
そこでようやくと言っていいのか、ソラの存在がとんでもなく特異であると気が付いた。
僕の様子に気がついたのか、ソラは少し苦笑いを浮かべている。
「そうですね。簡単に私の事、お話ししますね」
その言葉にハッとし、思わず身構えた。
ソラは僕の様子に、何故か薄く笑顔を浮かべて、ベッドの上に座り直す。
「名前はソラ。これは先程言いましたね。年は十四くらいで、住まいは――」
「えっ? 自己紹介から入るの?」
思わず、ソラの言葉を遮ってしまった。
「? はい、わたしの事、知らないでしょう?」
「あ、いやぁ、そうだけどさ……いや! 続けてください!」
「? それでは、不都合があったら言ってください。現在の住まいは仮ですがここです。それで、気になっていたと思いますが学校には通っていません。ですが、近いうちに通う予定です」
残念ながら学校に通っているということは、ソラが言うまで全く考えてもみなかった。
確かに言われてみれば、ソラは僕よりも若く見える。おとなしい印象を受けるが、中学生くらいだろうか。
そういえばと、ソラの服装を確認する。もちろん僕達が着ている学生服では無くワンピース姿だった。所々焼け焦げてはいるが、衣服としての機能は残っている。
「それと、ご存知かと思いますが、わたしは整体魔法士。つまり、機人です」
「――っえ!? 機人って、あの機人?」
「そうです。機人です」
全然知らなかったということが伝わってしまったのか、若干の苦笑いを浮かべていることに気恥ずかしさを覚える。
てっきり機人は、エイタと同じように体が機械のパーツで出来ていて、サイボーグを彷彿とさせる恰好だと思っていたこともある。
エイタは体全身を覆っていた制服を脱いだことで気が付いたが、ソラはワンピース姿なので全く気が付かなかった。
そういえばと、ワカナが言っていた『
ということは、外見は普通の人間と何ら変わりは無いが、体内を巡っている
「猫人の彼女が言っていたように、わたしの魔霧は機械的――つまり人の手によって作られています」
「それで、移動魔法や召喚魔法も短時間で唱えられていたんだね……」
「はい、そういうことです。ちなみにわたしは、ある組織に加盟していて、ある目的のために、あなたと接触を図りました。それから――」
「――え? 組織? ある目的?」
「そうですが、今のあなたなら理解できると思いますよ」
「そ、そうだけどさ」
話の流れから、思わず聞き逃してしまうところだった。
おまけ程度だと言わんばかりの口調だったが、おそらく学校に通っているいないという話しより重要なことだと思う。
ソラの言う通り、確かに魔法のおかげで理解は出来ているが、情報量が多すぎて整理が追いついていないのが本当のところ。
休む間もなく頭をフル回転させて疲れを意識し始めているが、ここが正念場の様な気がするから頑張ってくださいと気合を入れ直す。
まず、ソラは何らかの組織に加盟して、その組織が何らかの目的のために、この世界で暗躍をしている。
組織は、エイタが口にしていた『
そんな様子を気にも留めていないのか、ソラは続きを口にする。
「組織のことは、ご存じの通りですので割愛しますね。目的についてですが、今のところ誰にも言っていませんので、あなたには言います」
「え? それって僕に言っていいことなの?」
「もちろんです。だってあなたは転生者ですから」
「そ、そうなんだ? て、転生者って、そんなに重要なんだね……」
ソラは不敵に笑った。その笑顔が開けてはならない箱を開けてしまったかのように思え、背筋が凍りそうになる。
「もちろんです。転生者は、
「はい? ス、
その言葉を聞いた途端、どこかで聞いた事のあるような気がした。なんか、名前がかっこいいから、昔読んでいた雑誌に書いてありそうな組織名だったが、そういった類で見たものではない。
必死に思い出そうと眉間にしわを寄せるが、ダメだ出てこない。そんな様子に気が付いたのか、言葉を止めていたソラの視線に気が付き、小さく咳ばらいをして先を促した。
「
「う、失われた魔法?」
「はい。あっ、でもその魔法が何なのかは、わたしにもわかりません」
ソラの口調はどこかお伽噺を話すかのようで、いまいち信憑性に欠けるが、嘘偽りは一切感じないから本当のことを言っているのだろう。
「なるほど? とりあえず、僕がこの魔法世界に来たのは、
「今のところは、そう思って頂いて結構です」
「ということは、この後はその魔法を唱えるためにどこかへと連れていかれる、そういうことでいいのかな?」
自分で言って、自分で体を震わせていた。
ソラが言ったことはそういうことだろう。目的を達成するためにこうして僕を攫った。
失った魔法がどういった効果をもたらすか全く見当が付かないし、そもそも僕にそんな力があるとは思えない。
その是非を問おうと口を開きかけたところで、異変に気が付く。
ソラは両手を震わせ、何かに耐えるようにしていたのだ。
「ソ、ソラ?」
「……ます」
「え? ごめん聞き取れなかった……」
「ですから、違います!!」
僕の問いかけに、ソラは怒り露わに叫んだかと思うと、両手を思いっきり握ってきた。
何かまずいことを言ったのかと思い返すよりも、憤怒を覗かせる瞳がそれを飲み込んでいく。
「わたしは違います。彼らとは違うんです。わたしはあなたを救いたい。そのために今までもこれからもと思い――」
そこまで言ったところで、僕の驚いた顔に気が付いたのか言葉を切って両手を離す。
ソラは一つ深呼吸をすると、先程と同じように感情を見せない大人しい表情に戻っていた。
びっくりした。大人しそうな少女がいきなり叫ぶから心臓が飛び出るかと思ったし、噴出した汗がそれを物語っている。
「失礼しました。今のことは無しにしてください。いえ、無しにしないでください」
「と、とりあえず落ち着いて?」
「わかりました。何と言われようと、わたしはあなたの味方です。味方ですから、ここに連れてきました」
言葉には落ち着いた様子が見られないが、真剣さはひしひしと伝わってくる。
どうやら、ソラの言った組織の目的は本人が目指すところではないみたいだ。
現に、突然怒りを露わにしたところを見ると、何やら反感を持っているような感じがする。
「味方なのはわかったけど……じゃあ、ソラの目的は別にあるということ?」
「そうです。わたしはあなたを護るため、そしてこの世界を護るために日ノ本コウタを攫いました」
「そ、そうだったんだ……」
まさか少女に攫われた理由が、そんなスケールの大きい事だとは思ってもみなかった。
「はい。ですので、この後は二人……ふふ……ふたり……ふ……」
「ん? ソラ――」
と、突然喋る言葉を忘れたかのように言うので、何事かと思い隣を向くと、冷や汗を流しながらどこか一点を凝視している姿があった。
明らかに今までとは違う様子だ。怒った時以上の変化で、戸惑いを覚える。
「ど、どうしたの?」
「あ、い……う……ばれました」
「ばれた? 何が――」
そう言い終える前に、ソラは突如僕の体に抱き付いて、押し倒す形でベッドの上に転がった。
「え、ちょ? 何!? 何事っ!?」
「……みつけてください」
突然の行動に頭が真っ白になって、ラッキーと思うよりも早く異常に気がついた。
先程とは打って変わって、どこか虚ろな目をしたソラは、何かに抗うよう小刻みに震えている。
「見つけるって何を……? というか、大丈夫?」
「こ……ここに……あるもの……あなたのもの」
「え、僕のもの? それよりも顔がちか」
「みつ……みつけてください……」
ソラは懇願した。僕の両手を強く握り、何度か意識を失いそうになりながらも、必死に思いを伝えようとしている。
そして、ソラの身に何が起こっているのかを理解した。彼女は何者かに憑依されかけていると、知識がそう教えてくれる。
どうにかしようと魔法を唱えようともしたが、返って逆効果になりかねないし、どうすればよいか見当も付かない。
見当も付かないから、逆にソラの手を握り返した。
すると、僅かにソラの瞳に光が戻ったような気がして、その光を消さないよう憑依されている不届き者にも向かって言葉を放つ。
「見つける! 僕に任せてほしい!!」
咄嗟に言った一言。深くは考えず、ただ思ったことを口に出していた。
もっと気の利いた一言が言えなかったのかと後悔しかけるが、その言葉を聞いてソラは満足したのか、その瞳に意思が宿りかけていた。
「ま……また……会いましょう。
ソラは最後に移動魔法を唱えて、何かを言う前に視界が暗転し始めた。
僅かにソラの表情が見え、僕が彼女を守らなければならないと、そう思わせるのに十分な笑顔を浮かべていた。
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