第9話★邂逅、少女が待っていた人
「起きてください」
「っは! え!? いたッ!」
誰かに頬を叩かれ、反射的に飛び起きた。
またどこか知らない場所で倒れこんでいたのか。ジンジンと痛む頬をさすり、倒れこむ前の記憶を思い出す。
ワカナの家に謎の少女が出現したと思ったらエイタが現れ、彼らが少女を襲おうとしたところまでが記憶として残っている。
なぜこんな状況になっているのか全くわからず、とりあえず頬を叩いた人物に文句を言おうと顔を上げた。そして、目を見開いた。
目の前には中学生っぽい女の子がいた。その距離、目測で10センチメートル。
「ちかッ!」
その距離に驚いて、思わず後ろへ飛びのいた。まさか、僕の頬を叩いたのが中学生っぽい女の子だとは思わなかった。しかし、どこかで見覚えがある。
そういえばワカナ家に突如現れた謎の少女に似ている――というより本人だった。
見る見るうちに顔が青ざめていくのがわかる。終わった。ここで人生終了かと思いきや、ワカナの部屋にいたときとは違って、敵意のようなものがあるとは思えず、とりあえず苦笑いを浮かべながら握っていた拳を下ろした。
「えっと、君はさっきの?」
「はい、そうです。先程は失礼しました」
少女は礼儀正しく頭を下げた。それにつられて頭を下げる。まだ幼さの残る声だったが、ハッキリっとした口調で大人びた印象を受ける。
「い、いや、いいんだけど……。君、名前は?」
「名前ですか? ソラといいます。ソラと呼んでください」
「あ、よろしくね、ソラ。僕は……ひ、日ノ本コウタ」
「よく存じています」
その言葉通り、僕よりも日ノ本コウタの事を知っているようだ。気が付いたら目の前に居るし、理由は不明だが僕に用があるみたいだし。
「そ、そうなんだね。……それより、ここはいったい?」
「ここは、先ほどの場所から3ブロックほど南に行ったところにある、廃墟指定されている居住区のモニュメント前です」
ソラの説明を受けながら、改めて周囲を見渡した。
見たところ建物の形は先ほど居た学生寮とは異なっているし、草木が生え放題で人の手入れが全くされていないのがわかる。
言葉通り廃墟と化した場所だった。人の気配はしないし、どこか薄暗く怖さを覚え始める。
いったいこんな場所に連れ込んで何をしようというのか。気持ちが昂ぶりそうなことなら大歓迎だが、その逆は勘弁してほしい、そう願いを込めて視線を戻す。
「非常に聞きづらいんだけど……。えっと、どうして僕はここにいるの?」
「簡単です。あなたを攫いましたから」
「あー、なるほどね。……攫った?」
「そうなりますね。誘拐と言うそうですが」
まさかこんな少女に誘拐されるとは思ってもみなかったが、淡々という姿はそれが真実だと言外に告げているように感じ、思わず喉を鳴らす。
「で、ですよね。これから僕はどうなるんですか……」
「そんなに怖がらないでください。心配には及びません。彼らにとって残念ながらわたしは敵ですが、あなたにとってわたしは味方なのです」
「えっ? あ、うーん?」
ソラは努めて落ち着いた口調でいうが、そもそも今の状況になっている経緯が不明だし、頭の中は疑問符でぎっしりになっている。
彼らとは、言うまでもなくエイタとワカナのことだろう。さっきのやり取りを見れば明らかだ。そういえば、エイタはソラのことを敵だと言っていたが、そもそも敵というのは何らかの害を成しているからそう呼ばれているのか。
しかし、考えたところでちっともわからないので、そこら辺のことを教えて欲しいけど、ソラは応えてくれるのだろうか。
「混乱するのも無理ないと思いますが、まずはわたしと会話して安心感を得るのが最良の選択です」
「え? そういうことならお言葉に甘えて……。なぜに僕を攫ったんでしょうか?」
「と言いたいところでしたが、ちょっと待ってください」
「あれれ?」
ソラはそう言うと、ふいに手を差し伸べて来た。何かの癖だったのか、反射的に手を握り返してしまい、後悔するよりも先にソラは優しく微笑んでいた。その微笑みに吸い込まれるよう同じように笑顔を浮かべてしまう。
「やっと会えました。きっとこの時が訪れると、あの人が言ってました」
「――え? あの人って、誰?」
「
僕の問いかけにソラは答えず、代わりに右手を少し強く握って魔法を唱えた。
握力強いなと思った次の瞬間、空間が浮遊した。この感覚は学校から商業区に移動したときに感じたものと同一のものだ。
意識する間もなく、辺りの空気が変わったと気が付いたら、本がぎっしりと詰まった書斎のような場所に突っ立っていた。
「あ、え? 移動したの?」
「そうですよ。さ、こちらへどうぞ」
場所の移動は、エイタの様な機人の専売特許と思っていたが、まさかソラも使えるとは思わなかったところで、先程ワカナが言っていた言葉を思い出した。
ワカナはソラを見て「魔霧が機械的だね」と言っていた。つまり、ソラも機人かもしれないと思った所で、ソラに書斎を出るように促された。
ソラに促されるまま書斎を出ると、うす暗い廊下に出た。電機のスイッチは無いかと目を凝らすが、そのようなモノは無く、彼女は明かりなど気にした様子も見せないで廊下のつきあたりにあった扉に触れるて、中へと入っていく。
置いて行かれる訳にも行かないので続けて入ると、その部屋にはベッドが一つあるだけで、見たところ寝室のようだ。
ソラはそのベッドの上へ静かに座る。
「さ、どうぞ」
「なんとぉー!」
思わず叫んでしまった。
叫んだことに恥ずかしさを覚え、コホンと急き込んで、目の前のソラを見つめる。
これは、告白イベントだったか。なるほど、僕を誘拐してまで言いたかった理由というのはそういうことか。
しかし、ここで誘惑に乗ってしまっては、エイタのことやワカナが言っていたことに対して何か裏切ってしまうような気がした。いやきっとあの二人なら、別に何も気にはしないと思う。なら、男たる者、ここで引くわけにはいかない。
「コウタ?」
「は、はいぃ!」
急に呼ばれたことに驚き、上ずった声が出た。
「どうしたんですか? ……そういえばここに来たのは初めてでしたね」
「はは、は、初めてっ!」
ソラの一言が焦りを生み、とんでもない誤解をしてるかもしれないと気が付きつつも、一度そう思ってしまうと、心臓の鼓動が大きくなっていく。あぁ、情けない。立っているだけで精いっぱい。
そんな情け無い姿を、困惑した様子で見つめている視線に気が付き、思わず姿勢を正してソラへと向き直る。
「だったら教えますね……この世界のことを」
「お、お願いします! ……って、え?」
「ですから、この世界のことです。わたしの後ろに座ってください」
「了解しましたっ!」
ちょっとした期待感を持っていたが、そんな展開になる訳でも無く、ソラの隣へと腰を下ろす。
若干、さっきより距離が空いているようにも思えるし、こんなこと他の人には言えないから、後でソラに釘を刺しておくのを忘れないでおこう。
「いいですか? あなたは魔法世界に来て間もないのに、色々なことが起きて混乱しています。そのため、まずはリラックスすることが必要です。リラックスしてもらうには、わたし的に落ち着けるここがベストだと判断したので、今寝室に居ます」
「な、なるほどなー。いや、僕のためにそこまで気づかいをしてくれて、感謝感激だよ!」
「いえいえ。あなたは大事な客人です。万が一のことがあっては困ります。何より、一番の理由はここが安全だからです」
「えっと、安全? もしかして誰かに狙われてるの?」
エイタが敵だと言うあたり、ソラを狙っている者がいてもおかしくはない。ちょっと待てよ、見方を変えれば、ソラは何かしらの犯罪に加担しているようだが、本当にそうなのだろうか?
「そうです。わたしを言うなれば、囚われの姫。……いい大人が、わたしを襲うんです」
「……それ、冗談だよね?」
ソラは、目線を床に落としながら、神妙そうな声で言った。まさか、自分の状況を囚われの姫と表現するとは思わなかったので、困惑してしまった。
表情を伺うが、悲しそうに瞼を閉じている。しかし、口元は吊り上がっている。それが冗談か本気か全くわからなかった。
「事実ですよ」
心のうちを見透かしたかの様な言葉だが、嘘など微塵も感じない程、ハッキリとした口調だ。なるほど、本気でそう思っているのだろう。
「な、なんて物騒なんだ……。いたいけな少女に寄ってたかった襲うなんて」
ソラに便乗して、深刻そうに言った。
僕の反応に、ソラは深く何度も頷き、軽く腕を組み始める。
「そう思いますが心配には及びません。わたしは無敵なので」
「……え?」
「? 無敵です。おかしなこと言いましたか?」
ソラは強い口調でそう言った。
一瞬、変な空気が流れるが、ソラはキョトンとした様子で、僕の方を見ている。
「いやいやいや!? 無敵? そ、それは……自分で言って恥ずかしくないの?」
耐え切れず、思わず突っ込んでしまった。
確かに、中学生っぽい外見のソラが、そういったことを言うのに違和感が無い訳ではないが、キッパリと言うものだから疑ってしまうのは仕方がないと思う。
「? 事実なので、恥ずかしくは無いですよ」
「そ、そうっすか……。それは、安心出来ますね……」
そんなソラの態度に、少し呆れた声を出しながら目を瞑ってしまった。
自分の事を無敵だと自負する少女なんて見た事があるか? ある訳ないし、先程エイタ達にやりこめられていた所を見てしまっているので、ちょっと信憑性に欠けているのには気が付いているのでしょうか。
ゆっくりと目を上げるが、ソラの表情に変化はなく、むしろ自身に満ち溢れている。
「あの、どうしたんですか? やはりまだ、わたしのことを信用してもらえてないということでしょうか」
「いやいや、そういう訳じゃなくてさ! まぁ、何と言うか。ソラみたいな変わった人初めてだから、動揺しただけっていうか」
「……あなたは、初対面の相手に対して結構言うんですね」
「――あっ! いや! その……」
妙に会話が弾んでいるものだから、口を滑らせてしまった。初対面の人に「変な人だねー」というなんて、あまりにも失礼過ぎる。
「大丈夫です。わたしは全く気にしていません。いや、ある意味気にしていますが、大丈夫です」
「ご、ごめんって!」
ソラは表情や声にこそ気にした様子が無いが、言葉には気にしている様子があったので、慌てて平謝りをする。初対面のしかも可愛い少女に対して、言葉を選ぶことが出来なかった事が恥ずかしい。
僕の態度をどう捉えたのかわからないが、薄く笑みを浮かべたのが見えた。どうやら、許してくれるみたいだし、あまり気にしないようにしよう。
先程とは打って変わって、敵対するような意思も感じられないし、むしろ親身に話をしたいという思いが伝わるからこそ、こうしてちょっと踏み込んだ会話が出来ているのかもしれない。
「それよりも、この世界の事を、教えさせてください」
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