第8話★強襲、飛び交う魔法は混乱を呼ぶ

 目の前の少女は僕を探していた? じゃあ、コウタの知り合いなのか?

 

(き、君は誰だ!)


 しかし、声が出ない。口をパクパクさせながら心の中でそう叫ぶと、ベンチから慌てて立ち上がり少女から後ずさる。


 突然、知らない少女に謎の魔法を掛けられた。そんな状況に、何が起こったのか理解する前に恐怖が体を支配していた。

 

 更に最悪なのは、目の前にいる少女が更に魔法を唱えようとしている。体から嫌な汗が吹き出し、これ以上は恐怖で体を動かすことが出来ない。


「……はい、了解です。言霊サモン――」


 少女は独り言のように、いや誰かと会話をしながら、右手を僕の方に向けて魔法を唱えようとしていた。

 

 ――あぁ終わった。何かを成す前に終わってしまうんだ。

 

 そう諦めかけた瞬間だった。少女は右手を僕の方では無く真後ろへと向けた。同時に、耳を劈くような爆音が辺りを襲う。

 

 突然の事態に、その音から逃げるように両耳を塞いだ。少女から顔を背け次に視線を戻すと、目の前に炎の柱がいくつも出現していた。


 目の前の状況を理解するよりも早く、その柱のようなものがすぐに爆炎へと変わり、爆風となって襲い掛かる。


 今度は両手で爆風から耐えるように両手で塞ごうとしたが、火傷しそうな熱さに思わずその場に転ぶようにして身を投げた。


 な、何が起こっているんだ! これは火傷で済まない、体ごと燃えてしまう!

 

 状況がわからないまま、唯一分かったことがある。この炎の魔法は、明らかに少女が唱えた魔法ではないということ。この魔法は誰かが、少女に向けて放ったものだ。

 

 倒れながら少女の方を見る。少女が居た場所には赤熱のレーザーを思わせる魔法が一直線に突き抜けていた。


 一瞬、少女を貫いたと思った。しかし、少女は寸前でレーザーを避ける。


 なぜか安堵感を覚えたが、しかし、誰かの魔法で辺りが灼熱の如く燃え上がり始め、急激に体温が上がったことで、別の意味で汗が噴き出し始めた。


「あ、あっつ! って、声がでる!? どうなってんの!?」


 熱風が肺を焼いてるような感覚がし、思わず咳き込む。

 

 いつの間にか喋れるようになっているが、地面が鉄板のように熱くなっているし、本当に何が起こっているんだ。

 

 先程まで少女が居た場所は、今は爆炎で囲まれているし、全く理解が出来ない。


「おい」

「――う、うわぁ!」


 背後から突然声を掛けられ、ビックリして叫んでしまった。


 後ろを振り返ると、煙の中で煌々と紅く光を放つものが見える。目を凝らすと、仁王立ちで男性が佇んでいるのに気が付いた。


 誰だ――いや、この人見たことがある。


「も、もしかして、エイタ!?」

「もしかしなくても俺だ。大丈夫か、コウタ」

「え? いや、だだ、大丈夫だけど……」

「そうか。ならいい」


 まさかエイタがあの魔法を? こんな状況にも関わらずなんら変わりのない、やけに冷めた態度。


 それが逆に冷静さを取り戻してくれた。

 

「エ、エイタ? こ、これはいったいなに!?」

「敵だ」


 エイタは吐き捨てるように言うと、少女がいたであろう場所へ向かって、更に魔法を唱えようとしている。


 敵? 敵ですか。それはいったいどういう立ち位置の方で、エイタはいったいどんな立場でそう断定しているのか。


 とにかく、続けて魔法を唱えようとしているが、あの爆炎の中で生きられるはずがない。さすがにこれ以上はやりすぎなのでは……というか、今の状況って相当ヤバいのではと思った時、爆炎の中で魔法が弾けた。


 爆炎が外へ外へと押し出されていく。どうやら少女が唱えた魔法のようで、生存に喜ぶのも束の間、エイタが唱えた魔法が少女に向かって飛んでいく。

 

 エイタが唱えた魔法は、それはまるで竜のような炎。少女を飲み込むべく、凄まじい勢いで向かっていく――しかし、それは突如出現した無数の氷の壁に阻まれる。

 

 炎の魔法と、氷の魔法がぶつかった。衝撃で凄まじい音と水蒸気が発生し、辺りがすぐに霞んでいく。


「ちょ!? に、逃げようよ! って、うわぁ!?」

「大丈夫だ。それよりも少し離れていてくれ」


 エイタは僕を思いっきり突き飛ばすと、追い打ちを掛けるように別の魔法を構築し始めている。エイタの左手に魔霧が集中していた。

 

言霊サモンフレイム

 

 エイタは小さく魔法を呟く。すると、先程とは比べ物にならない程の灼熱の炎が出現していた。

 

 それを氷の壁へと向けると、今度は氷が解け始め辺り一面が炎上し始める。


 溶ける事の無かった氷が解け始めていく。その事に驚いたのか、少女から息を飲む声が聞えた気がした。

 

 もうすぐ氷の壁は溶けてしまうだろう。エイタは左手で氷を照準しながら、少女の出方を伺っているようだ。

 

 熱風に堪えながら、どうなってしまうのか見守っていると、


「ちょっと、コウタ君! こんなところで、こんな規模の魔法唱えるなんて何考えてるの!? 障壁も破られてるし、ものすごく暑いし何をやって――な、なにこれ!?」


 と、間の悪いタイミングで、広場の入り口の方からワカナの驚愕した声が辺りに響いた。

 

 そうえいば、こんな状況にも関わらず、生徒が一人もいないということに今更ながらに気がつく。

 

 ワカナが言っていた『障壁』という言葉が関係しているのか? その言葉を聞き、広場の外へ目を向ける。広場を取り囲むようにして障壁のようなものが形成されているのが見えたが、今はそれが破れ掛かっている。

 

 ワカナの声に少女が振り返った。

 

 危ない、咄嗟に声を掛けようとしたが、それよりも早くエイタの追撃が続く。少女はエイタの魔法を対処するために、また僕らの方へと振り返る。


「ワ、ワカナ! こっちに来たら危ないよ!?」

「えっ、コウタ君の方が危ないよ!?」

「そ、そうなんだけど!」


 エイタの後ろに隠れながらワカナに向かって叫ぶ。聞こえているかはわからないが、こんな状況でワカナが来るのは不味いのではないか。


「え、エイタ! ワカナが来ちゃったけど――」

「心配ない。予め来るように言っておいた」

「え? それってどういう――」


 しかし、続きを言い終える前に、少女が放った新しい魔法の音で掻き消されてしまった。

 

 少女が唱えた魔法は巨大な水の玉だ。その数は凄まじく有に百は越えている。

 

 エイタが唱えている魔法は直線的なもので、それを側面から対処しようとしいるのだろうか。しかし、続けて土の壁が出現する。その魔法が、少女の魔法を防いでいく。


 間もなくして辺りの熱風や煙は消え去り、少女の姿がハッキリと見える。所々服が熱で破けたのか、何とも痛々しい姿がそこにあった。


「おまえ、まだやるつもりか?」

 

 その少女に向かって、エイタはどこか諭すように言った。


 一方的に少女を襲ってたとしか見えなくて、そんな言葉に思わず苦笑いを浮かべてしまう。エイタの方がやる気満々な気がする。

 

 遠くに居たワカナが少女を警戒しつつ、僕らと合流した。その間少女は、ワカナに何か魔法を唱えることはせず、静かに見守っているだけで、手出しをする気はないようだった。

 

 そして、ワカナは合流するなり魔法を準備し始めた。

 

「忠告! いますぐ投降しない場合、身ぐるみ剥いで街のモニュメントに吊るすからね!」

 

 物騒な言葉とは裏腹に、口調はどこか楽しさを含んでいるのは気のせいかな。


 その口調は本気か冗談かわからないが、ワカナは本心で投降を促すように言っていると感じた。少女はワカナの言葉など聞こえてないように、何もない空間を見ている。

 

 そして、突如として少女から戦意のようなものが消え失せた。代わりにどこか達観した面持ちで僕等を見つめる。


 その急な変化に戸惑うが魔法での戦闘は終わったみたいだ。しかし、少女の様子に変な汗が流れてしまう。

 

 まるで別人のような雰囲気で、さっきまで戦闘をしていたとは思えない違和感が少女から漂ってくる。


「エイタ。あの少女は、誰なの?」

「あれは誰でもない。敵だ」

「て、敵って……」


 その雰囲気に飲まれないに、隣に立っているエイタに質問をしたが、返って来たのは思った以上に冷めた言葉。


 萎縮までとはいかないが、その言葉に声がつまり、続けて質問しようとしたが言えなかった。


「どうやら外傷も少ないようだ。やはりお前は向こう側の者か?」


 エイタは少女にそう問いかける。しかし少女は沈黙を返して、まったく答える気配がない。というか、言っている意味がわからない。


「用意周到なのは評価できるが、ワカナちゃんだけだからと油断したな? 甘く見られたものだ。……ちなみにだが、領域干渉系の魔法は、この場所では効力を持たないぞ?」

 

 エイタは話の途中で得意げに言い放つと、それを聞いた少女はピクッと反応を見せた。


「それで、ワカナちゃん。わかったことは?」

「んーっと……キミは見た感じ、人間に近いけど、内部の魔霧力ましょうりょくが機械的――そうだね?」


 ワカナは魔法を唱えながら少女を見つめて得意げに言った。

 

 その言葉を聞いた少女は、どこか感心したように細く笑みを浮かべる。


 何が起こっているのか。ワカナの言った、人間に近くて魔霧力が機械的という言葉の意味もよくわからない。


「…………」


 と、少女が何かを呟いたの。それが合図だったかのように、一体の生物が少女の隣に突如として出現した。


「うわぁ!? なにあれ……え、竜?」

「その竜……やはり、お前は魔法犯罪組織ソールの者だったか」


 あまりの禍々しい出立ちに思わず息を飲んでしまう。一目では竜とは思えないような外見。大きな両翼と尻尾がなければ判断が出来なかった。

 

 そしてその竜を見た瞬間、エイタの言葉に初めて焦りが含まれているように聞こえた。


 ほぼ平坦な口調だった、エイタの口調が変化したということは、それほどまでな存在だということなのか。それよりも、魔法犯罪組織ソールってなんだ? ちょっと名前がかっこいいと思ってしまった。


 目の前にいる竜は警戒心丸出しといった感じで、低く鳴いている。それを宥めるように少女は竜の体を撫でた。その様子はいやに慈愛に満ちていて、今の雰囲気にはとても不釣合いだ。


 このタイミングで竜が出現したことも含めてさっぱり状況が理解できない。それをよそに、エイタとワカナは何かを知っている様子だし、僕だけ蚊帳の外というのだけは理解した。


「ワカナちゃん、もう少しで魔法使が着くかもしれない。その前に真相を確かめるぞ」

「うん、もちろん。コウタ君、後で説明するから待っててね」

「……あ、うん」


 何か言うよりも早く、ワカナからそう言われてしまったら、矢継ぎ早に質問しようと思っていた言葉が霧散する。


「なぜお前がここに現れたのは大方想像がつく。視ていたな? それか、その場に居合わせていたか……どっちにしろ、ここでその化けの皮を剥させて――」


 エイタが言葉を放った瞬間、広場の空気が激しく揺らいだのを感じた。

 

 不思議な感覚だった。それと同時に、視界が大きく歪み始め、思わずバランスを崩してその場に倒れ込んでしまう。


 そして、少女と視線が合った。


 綺麗な瞳だった。青々としたまるで海がそこにあるかのような、綺麗な瞳。

 

 その瞳に吸い込まれていくような感覚がして、視界が真っ青に染まっていた。


 え? 前が見えない。どうなっているんだ――あれ、遠くからエイタとワカナの声が聞こえる――あれ、急に――意識が――

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