第5話★転送、心躍る商業区その1

 僕達三人は、お互いの意思を確認するように拳を合わせた。


 ふと、エイタの拳に違和感を覚える。


「そういえば、さっきから気になってたんだけど、その黒い手袋はいつもしてるの?」

 

 僕の質問にエイタは「あぁこれか」と、言って自身の両手を見つめた。


 エイタは、出会った時からなぜか黒い手袋をしていた。


 少し不思議に思っていたが、今こうして拳を合わせた時に、彼の手から機械のような硬さと冷たさを感じたのだ。


「そういえば俺たちのこと、知らなかったな」

「俺達のこと?」


 エイタは意味深な事を言うと、おもむろに上着を脱ぎだした。


「えっ!? ちょ、エイタ!? こ、ここにワカナがいるけど!?」


 突然の行動に、慌てふためきながらワカナの方を向くが、彼女は特に気にした様子がない。


 僕の反応に小首を傾げながら、服を脱ぐのを黙って見ている。おいおい、マジか。


 その様子から、エイタは上着を日常的に脱いでいると察し、観念してワカナと同じく脱ぐのを黙って見守った。

 

 女性であるワカナが黙って見ているし、男性である僕が黙って見ていないでどうする。


 そんな、少し的外れな事を考えていると、エイタは上着を脱ぎ終えると同時に、目と口をあんぐりと開けてしまった。


「う、嘘……」


 思わず口に手を当て、上ずった声が出た。原因はもちろん、エイタの上半身だ。


 そこには、体の骨格に合わせて真っ黒いパーツの様な物がはめ込まれ、ちょうど胸の下にくぼみがある。そこに四角いガラスの様なものが埋まっていて、まるでサイボーグのような体つきだった。


「……ま、まさかとは思うけど、機械とかで出来てるの?」

「あぁ、もちろんだ。見ての通り、この体は機械で構築されている。俺のような者を機人きじんと呼ぶ」

「き、機人。そりゃまたすごいね……」


 正直、かなり驚いた。


 入学式の時に見た、ワカナのような猫っぽい外見をした種族と、頭から翼が生えているのと、見た目が竜そのものを彷彿とさせる、計三種類しかいないと思っていた。厳密には、僕のように目立った身体的特徴が無い種族を含めて四種類なのか。


「ほう、どうやらその反応を見るに、コウタが前に居た世界には、俺の様な機人は存在しなかったんだな」

「も、もちろんだとも! エ、エイタはともかく、ワカナの様な猫っぽい種族もいなかったよ!」

「ほう? それはまた珍しいな。じゃあ、この際だし、この世界にいる種族について簡単に説明しよう。まずは俺みたいな機人。そしてコウタのような普通の人。これらを含めて、汎人と呼んでいる。そして、ワカナのような動物的な外見をした人々を、亜人と呼んでいる」


 チラリとワカナの方を見た。彼女は笑顔を浮かべている。


「な、なるほどね……」


 ファンタジー世界の話ではよくあることだろう。


 機人と猫人ねこじん翼人よくじん竜人りゅうじん? とりあえずコウタの身体は普通の人間でよかった。別の種族になっていれば、あまりの衝撃で体中のあちらこちらをまさぐっていたに違いない。


「うんうん。――あっ! エイタ君? そういえば、この後時間ある?」

「いや、俺はこの後……。あれだ」

「えぇー、今日もなの?」


 ワカナの誘いに、エイタは少し視線を泳がしながら答えていた。


 あれとは何なのか気になるところだが、ワカナの申し出を断るとか、これは許されざる行為なのではないか。


 なんて考えていると、それを聞いたワカナはやはりというべきか可愛らしく、ぷくーっと頬を膨らませて、ちょっと怒った顔をしていた、可愛い。


「はぁ、しょうがないなぁ。じゃあ、また埋め合わせしてよね?」 

「あぁ、いいだろう。また今度な」

「期待しておくからね? じゃあコウタ君! 私がいろいろここのこと、案内してあげるよっ!」


 ワカナは残念そうな表情を改め、笑顔を浮かべてそう言った。


「案内? それってこの街のこと?」

「そうそう。ホントに記憶ないみたいだから、簡単に案内してげる! それじゃ、行くよっ!」


 エイタがワカナの申し出を断ってまで行くべきところがある事も気になったが、この世界のことを案内してくれるそうだ。


 そうなると、エイタの事情などどうでもよくなり、テンションがうなぎ上りになり、小さくガッツポーズを決める。


「……よし、やったぜ」

「おい、コウタ」

「ん、なに?」


 ワカナの申し出に、にやけ顔で喜んでいたところで、エイタに声を呼び止められる。

 

 なんだろうと思い振り返ると、エイタは僕の耳まで近づいて来た。反射的に飛びのこうとしたが、それよりも早く耳元で小さく囁かれる。


「ワカナちゃんは、笑顔が素敵で、誰からも愛される可愛い奴だが……、少し警戒しておけ」

「え、それってどうい――」


 感情の籠っていない口調。しかし、その単調さが逆に恐怖心を煽ぎ、思わず言葉の意味を聞き直そうとしたが――


言霊サモン遠方転送ディストランス


 エイタが言葉を言い放った途端、耳慣れない空気の抜けるような音が聞こえ、目の前にいたエイタが忽然と姿を消した。


 思わず目を見張ってしまった。数秒して、魔法を使った移動方法なんだと理解し、その便利さに思わず目を見張る。

 

 それより、エイタはワカナに気を付けろと、そういう意味合いを込めた言葉を言っていたが、あれはどういうことなのだろう。

 

 首を傾げながら数秒考えるが、いまいち理解できなかった。


 エイタはどこかせっかちな一面があるように思える。途中で説明を放り投げるし、言葉が端的だ。


 今考えても仕方が無いと思い、頭の片隅にその言葉を置いて、急いでワカナの後を追いかけた。


「ごめん! お待たせ!」

「もう、遅いよ! エイタ君になにか言われたの?」

「い、いや別に。それより、案内よろしくね」

「うん、任せて!」

 

 ワカナは少し先に休憩所を出ていた。先に行ってしまったが律儀に待っており、その行動に思わず気持ちが昂ぶる。


 先程エイタの言葉は忘れ、休憩所を出てすぐ近くにある桜並木を歩く。


 こうして二人で歩いていると、入学初日で運よく女の子と一緒に帰る事になったシチュエーションに見えなくもない。


 まぁ、僕はともかく、ワカナの方はある意味、新入生では無いので、そんな気持ちは感じていないだろう。


 そんな事を考えながら歩いていると、校舎を出た入り口が目に入り、そこを右へと曲がる。すると、目の前に大きな噴水が見えて来た。


 大きな噴水だ。その周りに数人の生徒が談笑している。


 噴水から流れ出る水が空気になって伝わり頬をすり抜け、気持ちの良い温度に顔がほころんでしまう。


 そして、噴水を抜けるとすぐそこは校門だった。いや、校門か? そう思ってしまう程、その校門はなんとも立派な佇まいをしている。


 どこか、城壁を彷彿とさせ、見た感じも堅牢な作りになっている。後ろを振り返ると、そこには目を見張る光景が広がっていた。


 神殿のような雰囲気を醸し出す、何とも言えない荘厳な建物が目の前にあったのだ。


 もちろんそれは学園と呼べるものではなく、ラスボスの根城とでも言うべきか、圧倒的なスケールだ。


「……ほ、ほぇー」

「んっ? 学園の外見、初めて見たの? ほんとに珍しいねー」

 

 情けない声を出しながら見入っていると、そんな様子に気づき足を止めていたワカナも、同じように学園を見つめていた。


「そうなのかな?」

「うん。私たちにとって、別段不思議な光景でもないし、外から来た人にとっては珍しい外観なんだね!」

「珍しいどころじゃないよ! これはほんとにすごいって、まさか外もこんな感じなの?」

「いやいや、こういった様式は学園だけだよ。――っあ、いまから向かおうと思ってたところは商業区なんだけど、ほらあれ見て」


 すると、ワカナは何かを思い出したように声を上げ、学園とは反対側を指さした。


 そっちに目を向けると、ぼんやりとだが遠くには不思議な形のオブジェクトが佇んている。


「な、なにあれ?」


 少し遠目で見えにくかったが、ワカナの指さす方には半透明で少し大きめな円形の筒のようなものが鎮座してた。


「あれは、テレポータルっていって、各区へ魔法を使わずに移動が出来るものなんだよ!」

「ほぉ、すごいねぇ……。え、魔法を使わず? さっきエイタは普通に移動する魔法? 使ってたみたいだけど?」


 その言葉を聞いたワカナは、少し苦笑いを浮かべ、口を開いた。


「そっか。魔霧ましょうのことも、詳しく知らないんだね」

「そ、そうなんだ。なんだか、申し訳ないんだけど、説明してもらってもいいかな?」

「うん、もちろん! えっとね、移動魔法っていうのは、多分コウタ君が思っている以上に魔霧力ましょうりょくを使うんだ。並の人間じゃせいぜい、数メートル先しか移動できないの」

「うわ、意外と距離が短いんだ……」


 てっきり、どこまでも移動が可能なのだとばかり思っていた。


 そうか、やはり魔法を使うために必要な魔霧には上限があるみたいだ。昔やったゲームにも魔力という魔法を使用する上限があった。


 魔霧力というのは文字通り、魔霧の量を示すのだろう。ゲームでは数値化されて見えていた。


 数値化されて見える訳では無いので、体感的によって自身の魔霧力を把握するしかない。


 といっても、体内に目を向けてみても魔霧というものが存在するかどうかもわからないし、把握するには魔法を限界まで使う必要がある。


「エイタ君の様な機人には、魔霧力とは別に人工魔霧じんこうましょうっていう、特殊な魔霧力があって、それがあるからいろんなとこへ移動できるんだ」


 ワカナは人差し指を上げながら、少し先生のような口調で説明を続ける。


 人工魔霧と呼ばれるものがあるおかげで、好きな場所に移動が出来るという訳らしい。何とも便利な力だ。


 皆、人工魔霧を保有できれば、どこでも行き放題という事になって、無茶苦茶になりそうな気がするが。


「はぁ、なるほどね。じゃあ僕やワカナは、移動魔法を唱えるために、十分な魔霧力を所持していないってことになるの?」

「うん、そういうことになるね!」


 正解と言わんばかり、ビシッと音が鳴りそうなくらい人差し指を出し、ワカナは歩き始める。その足取りはどこか軽やかで、機嫌が良いように見える。


 そして、ワカナが言っていたテレポータルには思った以上に早く着き、改めて見ると不思議な感覚になる。


 それは全部で4つある。まず目を見張るのが、ワカナの身長の三倍はある筒の周りを、青白く光る輪のようなものが浮遊している。


 そしてその中には、長方形の板が浮遊していた。


「ねぇワカナ。あの板はなに?」

「あれはね、転送用 煌魔石板こうませきばんっていって、魔法を唱えると、目的地に行けるんだ。……ちなみに一人用だからね?」


 ワカナが入ろうとしたポータルに、続けて入ろうとしかけたところで忠告を受けた。


 ギクリとし、その様子にワカナはくすくすと笑った。


 照れを隠せず慌てて、ワカナの隣のテレポータルへと入る。あまり広くないテレポータル内で二人きりになれると思ったのに残念だ。


「じゃ、私のあとに続いて言ってね! 三番街商業区・転移トランス!」


 ワカナが僕に聞こえるくらいの声でそう言うと、青色い光が包み込みんだ。


 光が強く、思わず目を瞑った。そして、次に目を開くとそのテレポータルからワカナの姿が消えていた。


「うわ、消えちゃったよ……。ほんとうに移動したか気になるけど……。やるしかないよな、よし! 三番街商業区・転移トランス!」


 ワカナが言っていた通りに言うと、煌魔石板が青白く光り、その光に耐え切れず目を瞑った。

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