第3話★説明、魔法世界についてその1
廊下に出ると、ちらほらと生徒が歩いており、今更ながら本当にここは学校なんだなと思う。
それと同時に、前を歩く猫耳の女の子の後ろ姿を眺めていると、頭には猫耳ということは、もしかしたら尻尾もあるのではないか? という疑問が思い浮かんだ。
見た目は明らかに猫だし、そんな好奇心の元、徐々に視線を下げ、彼女のスカートあたりを凝視してみる。
見たところ尻尾がありそうな膨らみは無い。猫耳だから尻尾があると思ったんだけど……もしかしたら、上手い具合にスカートで隠れている可能性も――
「……んっ、背中に何かついてる?」
と、彼女は足を止めて、突如こちらへと振り返った。
背中に眼があるのかよ! と驚きかけたが、ここで驚いてしまっては不審な様子を悟られてしまうかもしれない。
なんとか悟られないよう、自分でもわかるくらいぎこちない笑顔を浮かべて「何でもないよ」と、口にしながら両手を振りまくる。
やってしまったか? そんな様子に彼女は小首を傾げていたが、特に気にもしなかったのか再び歩みを進めた。
はぁと、一つため息をつく。あまり余計な詮索はよそうと心に決める。プライバシーもある、余計なことはしない。
そこからは視線を固定させて、廊下にいる生徒達の喧噪を聞きながら歩いた。
道中は特に会話もなく、階段を降りて広い廊下を抜け校舎を出た。そこで彼女がどこに向かっているのか、おおよそ察しがついた。
彼女は校舎を出るなり右側への通路へと向かい、少し歩くと目の前に薄紅色の桜が目に飛び込んできた。やはり、入学式が始まる前に訪れた、あの休憩所のような場所に向かっているのだろう。
綺麗に咲き誇る桜を横目で見ながら、途中にある隙間に入ると、そこは入学式前に訪れた休憩所があった。そこには、既にエイタがいた。
そういえば、ここにいても大丈夫なのだろうかという、今更ながらの疑問が思い浮かぶ。入学式の後だから、もしかしたら何かしらホームルーム的なものがあるのではと思い質問をしようとしたが、
「大丈夫だよ。入学式終わったら、自由解散だったから」
「あ、そ、そうだったんだ」
先に言ったのは、いつのまにかエイタの隣に立っていた猫耳の女の子だ。心を読んだかのような発言に思わず言葉が詰まる。
「それで、彼は誰なの? コウタ君にしか見えないけど、さっきの魔法で魔霧は別の人っぽいし……あなたは、誰なの?」
「い、いや……それは……」
猫耳の女の子は一転、明るい表情から明らかに疑いを込めて問いかけた。
思わず背筋が伸びる。天真爛漫そうな少女が突然疑わしい表情を浮かべるのは、尋問されている様で冷や汗が滲み出そう。
「……ちなみにだが、隣に立っている彼女の名前は、
「あ、ワカナだよ! よろしくねっ! って、エイタ君でもわからないんだっ!?」
「当たり前だ。人間の中身を入れ替える魔法なんて聞いたことが無い」
エイタは、私の方ををチラリと見つめると先に猫耳の女の子の紹介をした。一応名前は知っていたが、苗字は夜桜というのか。
「こちらこそよろしくね、ワカナ。……それで、エイタにも私――いや、僕がどうして日ノ本コウタ君の体にいるかはわからない?」
さすがにこの外見で『私』というのは違和感バリバリだ。少し幼ない印象を受ける外見なら『僕』の方がしっくりとくる。
それよりも、頼みの綱にしていたエイタにも、この世界で生きていた『日ノ本コウタ』と、入れ替わった原因がわからないと言われると、思っていた以上にガッカリとしてしまった。
「……ワカナちゃんに何を言われたかは知らないが、俺も所詮は学生だ。そこまで物知りって訳でもない」
「えー、ほんとにー? エイタ君なら、魂の入れ替え? の魔法とかも知ってそうだと思ったんだけどなー」
「……まぁ、知らなくはないが、一般的なことしか知らないぞ?」
少し思案顔だったエイタは、何かを思い出したかのように言った。
「ほら! やっぱり知ってた!!」
「ぼ、僕も知りたい。何か原因がわかるかもしれないし」
「あぁ、わかったわかった。今のコウタは知識が無いに等しい。折角だし、順を追ってこの世界の事を説明してやろう」
「それは助かる! ぜひ、教えてほしい!」
ワカナの言葉に乗っかるように食い気味でお願いすると、エイタはこの魔法世界についても教えてくれるようで、非常にありがたかった。
これでようやく不安な気持ちから解放される。どんなことでもいいからこの世界の事を知りたいのが本音だ。
「ちょっと待って。コウタ君、ここのこと何も知らないの?」
「……コウタはちょっとした記憶喪失になっていてな」
しかし、その反応にワカナは驚いた表情を浮かべていた。その反応を見て、エイタは少し間を開けて疑問に答えると、目配せをしてきた。
どうやら、ここの事を知らないっていうのは、よくないことらしい。ここは話を合わせておこう。
「そ、そうなんだ! ちょっと思い出せないんだよね」
「へー、魔法の後遺症なのかな?」
「そういう訳だ。さて、まずはここについて説明しておこうか。ここは、空中浮遊都市群の中にある、三番目の街だ。街名は――」
「ちょ、ちょっと待った!」
エイタの説明を、手を挙げながら遮った。エイタは首を傾げると、疑問点を言うよう目線を向ける。
「あの、空中浮遊都市群って……。ここ、空中に浮いてるの?」
「そうだが?」
「ほ、ほんとに!?」
驚きを隠せないが、エイタは無表情で肯定しているあたり、本当なのだろう。
てっきり、足は地に着いているし、そもそも空中に浮遊しているなんて発想にはならなかった。
しかし、こういった世界では空中都市なんてざらにあるものなのかもしれない。あまり深く考えないでそういうことだと思おう……。
「あぁ、まぁ確かに空中に浮いているような浮遊感は無いが、ここは実際に、空中に浮遊している」
「は、はぁ。にわかには信じがたいけど、エイタがそういうなら浮いてるんだね……ん? ちょっと待って? 空に浮いてるってことは、地上はどうなっているの?」
それを聞いたエイタは、やや難しそうな表情をした。
「……難しい質問だな。だが、答えは簡単だ」
「その答えって?」
「地上世界は我々人類が住めない環境になっている」
「それって……?」
「文字通り言葉通りだ」
「ちょっと、エイタ君! それじゃ説明になってないよ! 途中でめんどくさくならないでっ!」
困惑した様子でエイタを眺めていると、今まで黙っていたワカナが口を挟んだ。
その言葉にハッとし、説明途中に矢継ぎ早に質問をしてしまったからか明らかにめんどくさそうな態度をしている。
「じゃ、地上世界については、ワカナちゃん説明頼んだ」
「――え? 私!?」
このタイミングでワカナに説明役投げるのか。ワカナは、その様子に一瞬目を丸くして、すぐに唇を尖らせて抗議を露わにしている。
「もうっ! えっとね? 地上世界は大昔、魔物達が大暴れしちゃって、環境がめちゃくちゃになったの。それで、人類も大きな被害を受けちゃって。そこで、私達の祖先は、人類を存続させるには、空に逃げるしかない! って考えたの」
「また、突拍子もない事を考えたんだね……」
この世界の技術水準がどの程度かはわからないが、空に逃げたという事はかなりの技術力を有していたのだろう。
そうでなければ、何とか地上世界で生きようとしたはずだ。魔法もあるし、何とかなる気もするが、ワカナが言うからには何とかならなかったのだろう。
それよりも、魔物達が大暴れして、地上の環境がめちゃくちゃになるなんて、想像も出来ないような事だ。
ワカナも、お伽噺を話しているような語り口調だし、地上世界の事は言い伝え程度なのだろう。
「そうなの! それで今は空の上で生活をしているの。ちなみに、空中浮遊都市は全部で八つあるんだよー」
「え!? 八つも!?」
「うん、そうなの!」
「うわぁ凄いな、それ……」
普通に地上にいると思っていたし、他にも浮遊都市があるなんて驚くしかない。
そうなると、ここから別の浮遊都市が見えるのだろうか?
遠くの方を見ようとしたが、この休憩所はちょうど桜並木が邪魔して、外の景色は伺えない。
そもそも、肉眼で見える距離に他の空中都市があるのだろうか?
「えっと、話をまとめると……。大昔に地上世界が魔物に蹂躙され、その結果この空中都市が生まれ、今に至る。そういうことでいいのかな?」
「そういう事だ。さて、続きの説明をしよう」
「もう! 最初からエイタ君が説明してよね」
エイタはぷんぷん怒るワカナを見ながら、謝罪の意思表示なのか軽く手を振りながら話を続ける。
「さっき言いそびれたが、ここの街名は『アマカルカ・ルマ』。第三浮遊都市の名称をそのまま流用している。そしてここは、国立の学園『
「はぁ、聞きなれない名前だね。その街の名前とかって、何か由来とかあるの?」
「由来? それはわからないな。というか、考えたこともない。ワカナちゃんは何か知っているか?」
「……んー。私もわからないぁ」
二人は互いに知らないといった風に首を傾げた。
「ま、それはいいや。続き、いいよ」
「わかった。詳しく知りたかったら書物を漁ってくれ。で、次に魔法の事を話そう」
エイタの言葉を聞いた瞬間、心の中でこれを一番待っていたのかもしれないという程、心が躍った。
「魔法というのは、詳しくは『
「ほう……、なるほどね」
「まず魔法を唱えるには……ワカナちゃん、あれを」
エイタがそういうと、隣でうんうん頷いていたワカナが首に掛けられていたペンダントを見せてくれた。
「これ、わかるかな? 魔法を唱えるために、必要不可欠なものなんだけど?」
「えっと、普通のペンダントのように見えるけど……これは、石? なんか真ん中あたりが輝いているように見える……」
「これ、『
そのペンダントは、太陽の光に当てられ赤く煌めいている。そして、微かだが魔霧と呼ばれるものが揺らめいているような気もする。
「煌魔石は、魔法を使うための触媒ってことなのかな?」
「まぁそうだな。触媒となるものもあるし、ただ単純に魔法を使うための道具と思ってくれれば良いだろう。これが、魔法を扱うためのツールで、一般的にはアクセサリーとか、ペンダントとかに埋め込まれて使われている」
「そうだったんだ。じゃあ、僕もそれ持ってるんだよね?」
そこまで言って、実は同じように首にペンダントを掛けていことを思い出した。
コウタにはこういった趣味があるのかと思っていたが、どうやら違う様だ。
「そうそう、それがコウタ君の煌魔石だね!」
「へー、これがそうなんだ」
右手で触りながら、外の光に少し照らしてみる。
見たところ、十円玉程度の大きさのものだ。この中心に煌魔石という、特殊な石が埋め込まれていて、光に当てるとほんのり輝きを放っている。
「もしかして、これがないと魔法は唱えられない感じ?」
「そんなことは無い。ただ、今の主流はこの煌魔石だな。あと、数ある魔法を学生の内から唱えるのは固く禁じられている。学生の者は、煌魔石に組み込まれている魔法しか唱えてはいけないことになっているからだ」
魔法といえば、敵にダメージを与えたり、味方の体力を回復したりと多種多様なものが想像できる。
実際にどんな魔法があるかはまだわからないが、エイタの言う通り多くの魔法を学生の内から使えたら、様々な問題に発展するのは想像に難くない。それを抑止するために『煌魔石』と呼ばれる、制御装置を学生に与えたのか。
しかし、僕とワカナはともかく、エイタにはそういったものを身に付けていないように見える。
「エイタは、どんな煌魔石を持っているの?」
「あぁ、俺はちょっとな。――さて、実際に魔法をやってみるか」
「あ、うん。お願いします」
すると、エイタは話題を急に変えると、ベンチから立ち上がった。
聞いちゃまずかったのかな。詮索は気が引ける。
エイタは立ち上がるなり、左手を桜の花びらに向けていた。
「いいか?
エイタの口から、聞きなれない言葉が出る。呪文だろうか。
すると、エイタの左手から、何かが外へと流れ出るのが見えた。そして、その先に花びらに触れると、あっという間に花びらが燃え上がった。
エイタが唱えたのは、火属性の魔法だ。というか、本当に魔法が使えるんだ!
思わず頬をつねったり、驚きを隠せない光景で瞬きを繰り返してしまった。
「すごい! これって、僕にも出来るの!?」
目を見張りながら、自分でも驚くほど興奮気味の声が出ていた。
やはり、一度は魔法を使ってみたいと思うだろう。それが今現実になろうとしている。興奮を抑えるなんて、出来そうもない。
「もちろん! コウタ君もやってみれば?」
「わかった。エイタと同じように魔法を使えばいいんだよね?」
「そうだ。花びらを燃やすイメージを持ちながら、唱えてみろ」
ふぅと、息を吸い込み、先程の魔法を見よう見まねでイメージをする。
「よし、コウタ。今だ」
「……燃えろ!
気合十分、先ほどエイタが言った呪文を叫ぶ。すると体内から不思議な流れが生まれ、右手に魔霧が集まる感覚がした。
それを意識するよりも先に、桜の花びらが燃え上がりそして、爆散した。
「おぉ! すごいな、これ!」
本当に魔法を唱えることが出来た。爛々と目を輝かせながら両手を見回す。
嬉しさを噛みしめながら二人の方を振り向くと、二人は目を見張りながら、僕の方を見ていた。
「……何か、マズいことした?」
「いや、何でもない。いい魔法だった」
「う、うん! とってもよかったよ!!」
そう言われると何だか嬉しくなってしまう。
「他にも魔法は無いの?」
「無いこともないが、まだ話の続きがある」
「え、それって?」
「さっきも言ったが魔法は、煌魔石に刻印されたものつまり、政府が定式化したものしか使えない」
「政府が定式化したのも? さっきのはそれに該当するの?」
「そうだ。とりあえず教科書通りの魔法を使えば、とがめられることは無い」
教科書通りの魔法を知らないから、いまいちどんな魔法があるかわからない。
エイタは、そのことについては喋るつもりはない様だった。教科書を見ろよと、存外に言っているのを感じた。しっかりと、勉強させていただきます。
「ちなみにだが、この学園は魔法使の育成機関でもある」
「魔法使? それは職業っていうこと?」
「そうだ。かつては魔法使いと呼ばれていたが、この魔法世界の秩序を維持するための組織だ。そこで働く者のことを魔法使と呼んでいる」
「なるほどね。じゃあ、僕も一応は魔法使を目指さないといけない感じ?」
「そうなるな――さて、前置きが長くなった。まだ聞き足りない事もあるだろうが、お前には言っておかなければならないことがある。それは、『
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