第2話★入学、猫耳の女の子


『これで入学式を閉式します』


 パラパラと拍手が鳴る中、新入生が退場するのをうつむき加減で見守っている。


 入学式に出ている場合じゃない気がする。そんなことを思いながら、入学式が始まる前に、青年との会話を思い出していた。


「……つまり、お前は日ノ元コウタじゃなくて、別の人間だってことか?」

 

 その青年、名前を秋月エイタという彼は、特に驚いたといった様子ではなく興味津々といった様子で、気兼ねなく質問に答えてくれた。


 その反応は実に心強かった。彼も同じように混乱してしまったら、間違いなくどうしようもなくなってしまっていた。


 確かにエイタの立場になって考えてみると、今まで親しくしていた人物の中身が変わったとは言え、外見的特徴が変化した訳ではない。しかし、それが一番の理由ではないと思う。


 それならそれは何かというと、彼とはウマが合うと話してすぐに直感したからだった。どんな理由よりも信憑性が薄いが、すぐに打ち解けることが出来た。


「なるほど、なんか怪しいとは思っていたが、まさか中身が変わっているなんてな。……それで、さっきの話は分からなかった訳だ。……え? いやいや二度も言わない。――で、あんたの本当の名前は?」


 その質問には答えることが出来なかった。自分に関する記憶だけすっぽりとなくなっていて、名前や住んでいた場所や家族の事など、来歴に関して思い出せなかったのだ。


 思い出せるものとしては、知識として知っているもの。例えば車とかメーカーとかそんなようなこと。


 しかしそれらは、この世界では存在しないものが多かった。エイタにいろいろと聞いたが、「わからない」の一点張りだった。


「まぁ、名前があったら俺が混乱するし、無いほうが良かったのかもな。あぁ、俺のことはエイタと呼んでくれ。今更、エイタさんとか、その声で言われると虫唾が走る。……それで、この世界の事――例えば魔法とかは、本当に知らないんだな?」


 その言葉に頷き、エイタは少し考えるように腕を組んだ。


 魔法というのは、ファンタジーゲームに出てくるようなものという理解で大丈夫なのかと質問をした。


「ファンタジーゲーム? なんだそれは?」


 しかし、エイタはファンタジーゲームについて全く知らなかった。「ファ」から始まったり「ド」から始まったり、代表的なゲームのタイトルを出したが、ピンとこないのか首を傾げた。


 そうなると、元の世界での知識が、この世界では全く通用しないという不安に襲われる。


「……まぁ、魔法を使うには色々――っと、急がないと入学式に間に合わなくなるぞ」


 と、入学式が始まる関係であまり詳しく説明を聞けなかった。現時点でわかっていることは、元の世界とは別の場所、そして魔法が存在する、これくらいだった。


 しかし、魔法が実在する世界に来るなんて夢にも思わなかった。これは俗にいう転生というものなのだろうか。


 その証拠に、この体は別の人間の『日ノ元コウタ』という人のものだ。しかし、その体に入っている魂というのだろうか、それは私であり、『日ノ本コウタ』ではないのは確かだ。


 容器は違えど、魔法が普通に存在するこの世界でなら、魂の入れ替えが出来るのかもしれない。だとしても、なぜ自分が入れ替わったのか、その肝心なことはわからずじまいだ。


 ふと、私語があちらこちらから聞こえ、パラパラと鳴っていた拍手が鳴りやんでいたことに気が付く。どうやら新入生は退場したらしい。

 

 なぜか少し安堵感を覚えて、何気なく回りを見渡したら、ある違和感に気がついた。


 ――頭についているあれはいったいなんなんだ?


 本来ならば、頭に装飾品をつけるのは女子生徒だけなはずだ。しかし目の前に映っているモノはそれを否定している。男子生徒も同じものを身に付けていた。


 いやあれは装飾品なのか? 身に付けているというよりは、体の一部であるよう自然に生えているように見える。


 目を凝らすと、頭に三角形の耳と小さい翼。更には、大きな両角まで。


 唖然とした。あれはどう見ても、本物の獣耳と翼と角だ。角が生えている生徒の中に、竜のような見た目の生徒もいる。その種族は、周りの生徒より一回り大きな存在感を放っていた。


 今までなぜ気づかなかったのか、真っ白になった脳みそでひたすらに考えようと、


「どうしたの?」


 突然、後ろから声を掛けられビクッと、反射的に振り向いた。


 振り向いた先には、猫耳、そしてパッチリ二重の現実離れした可愛さを持つ少女が立っている。


「あ、いや、べつに……」


 え、可愛い。ちょっと待って、可愛すぎでは?


 咄嗟に身体からなにか溢れ出すような未知の感情が生まれた。


 目の前の猫っぽい女子生徒は、万人を一瞬で魅了してしまう、星の引力さながらの魅力を兼ね備えている。


 可愛いというのはこういうことなのか、そう思ってしまうほどの美貌だった。


 そんな様子を彼女は不思議そうに見つめている。探る様な視線に、頬が徐々に紅潮していく。


 しかし、私の様子など気にも留めないように、何かに納得したかのように頷いた。


「うんうん。列進んだし、行こ?」

 

 あまりの可愛さに悶絶していることをお構いなしに、彼女はグイッと袖を掴むと歩き出した。

 

 その可愛さに何もする気が起きなく、多分だらしない表情のまま彼女に先導され、見知らぬクラスへと誘われるのであった。




                 ☆★☆★




 気まずい。


 とにかく気まずい。


 あの後、猫耳の女の子に先導されるがまま教室へと入ったが、入った瞬間、この世界に来てよかったという思いが一瞬で消え去った。


 そこはまさしく異界の地だった。


 それは、彼女のように頭の上に耳が生えていたり、耳の代わりに翼が生えていたり、角が生えていたりとといった者達で埋め尽くされていたからだ。


 奇跡的というかこの体は、外見は見た感じ普通の人間と一緒だった。しかし、何かのはずみで内に秘められている何かかが飛び出すかもしれない。


 そんなことを思いながら、自分の席であろう場所(猫耳の女の子に案内されて)で、寝たふりをしながら回りの様子を伺っていた。


 教室は、私の知っている学校ではなく、貴族生まれの学生が優雅に過ごしてますといった、立派な内装だ。


 教室の内装に目を奪われている場合ではない。今は、目の前の状況が大問題だ。


 当然ながら、教室内にいる生徒達は、誰が誰だかわからないうえ、唯一名前を知っているエイタは、窓際の席に座って見知らぬ生徒達と会話をしている。


 ここは一緒に会話に混ざりに行くべきかとも考えたが、生徒達の名前がわからないし、見た感じ頭から翼が生えているし、怖くて話しかけたくなかった。


 とにかく、自分自身が現状を把握出来ていないからこそ、迂闊に行動するべきじゃないのではないか?

 

 そう思い、うつ伏せのまま寝ているふりをする事にした。とりあえず寝たふりをしているほうが、余計に混乱しないし、何より楽なところもある。


 はぁ、これからどうしたものか――


「ねぇ、具合でも悪いの?」


 今後の方針を考えようとした矢先、甘い声音の、先ほどの超絶可憐美少女が話しかけてきた。


「ちょ、ちょっとね……」

「えーほんとにー? コウタ君、治癒魔法使えるでしょ??」

「えー、あー、うん……」


 うつ伏せのまま答える。なぜか悪戯っぽい口調で、彼女の口から理解の範疇を超えた言葉が飛び出してくる。


 治癒魔法? 回復系の魔法だろうか? しかし、その治癒魔法を唱えるための手段を知らない。


 どうやったらその治癒魔法を唱える事が出来るのか、うつ伏せのまま方法を考える。


 相手からは表情が見えないはずだが、彼女の無言のプレッシャーを感じる。ここはやぶれかぶれで、「治れ!」と言ってみるしかないか、冷や汗をかきながら口を開き、


「コウタ、寝不足なんだってよ」


 そこに、先程まで他の生徒達と会話をしていたエイタが、ナイスなタイミングで会話に割り込んだ。

 

 ナイス! 心の中でそう言いながら、顔を上げる。


 そして、改めて二人の顔を見た。エイタの方は人間っぽいが、女の子の方はやはり猫っぽい。猫耳が可愛く動いている。


「え、寝不足なの? そうだったんだー。でも、なーんかコウタ君、最近変じゃない?」


 まさか正体がばれた? ギクッ、と顔を強張らせながら女の子の方を見る。

 

「な、なにが、変なのかな?」

「それは、いろいろが、だよー。でも何だか今日は随分と違うね?」


 そう言いながらと腕を組むと、真剣そのものといった表情に変わる。


「んんーなんだろ? あっ! 魔霧ましょうの色彩が昨日とはまるで別人??」


 女の子は、グイッと顔を近づけると、聞きなれない言葉を言った。


 すると、体の中を覗かれている様な不思議な感覚に陥り、隣に立っているエイタに目配せで助けを求めた。


 エイタはやれやれといった感じで、助け舟を出してくれた。


「遅かれ早かれ、ワカナちゃんの力を借る必要があると思っていたが、ちょっと早すぎだ。ほかの奴らに感ずかれる前に教室を出るぞ」


 エイタはそう言い席を立つように促すと、そそくさと教室を出てしまった。


 え、唐突過ぎないか? その唐突過ぎる行動に理解が追いつかず、ポカンとしていると、女の子はやれやれといった感じでため息をつく。


「……えぇっと? エイタは、いつもあんな感じなのかな?」

「そうなんだよー。いつもあんな感じでねー。ねぇねぇ、それよりもさ? コウタ君、別人なんだね??」


 ワカナと呼ばれた女の子は、再度グイッと近づくと、耳元で小悪魔のような笑顔を浮かべながら囁く。

 

 めちゃくちゃ良い香りがするのと同時に、裏がありそうな言い方に、思わず冷や汗が流れる。


「た、た、たた、確かに別人だけど、そんな簡単にわかるもんなの?」


 自分でも驚くぐらいきょどりながら、小声で質問をする。


「んっ、そういえば魔法のこと、知らないんだね? えっとね、さっきワタシが使ったのは、解析魔法に分類される魔法だよ。これを使うと、その人の先天アネイト魔霧ミスト、わかっちゃうんだー。っていっても、普通の人は唱えてもわからないんだけどね」

「は、はあ……」


 何を言っているのかこれっぽっちもわからないので、とりあえず相づちを打つ。


 というか、その解析魔法で中身が別人だとわかったのなら、もう少し反応があってもおかしくないと思うが。


 エイタしかり、ワカナもあまり驚いた様子が無く、それよりも興味津々といった感じだ。

 

「んっ? どうしたの??」

「い、いや、自分でも信じられないんだけど、これって本当に入れ替わったというか、なんというか……。と、とにかくなんで二人とも驚かないの? 別人だよ、別人?」

「あ、そう言われてみれば……。なんだろー? 確かに入れ替わってるけど、んー……なんか昔に会った気がする……から驚かないのかな?」


 昔に会った気がする? 私はそんなことは無いが、何かはぐらかされてる感じがしなくもない。

 

 まぁ驚かないのならこっちも余計に混乱しなくて済むし、そういうことだと割り切ったほうがいいのかもしれない。

 

 一つ、深呼吸をして何とか心を落ちるかせる。


「まぁ、今考えてもしょうがないと思うよ? そのこととかもエイタ君なら知ってるかもね!」


 彼女はそう言うと、立ち上がせようと手を掴んだ。


 柔らかい! 生まれてこの方、女の子と手を繋いだ事なんてなかったかもしれない。

 

 日ノ本コウタと女の子の関係性がこんなにも親しいものだったのか。


「じゃ、いこっか?」

「わ、わかった」


 そう促されるまま席を立ち上がると、二人でエイタの後を追いかけた。

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