高校生バンドグランプリ

第18話 シリアスはキャラじゃないんです



 一人自転車を引きながら、龍次はいつものように斜陽の帰り道を歩いていた。

 ギターケースを背負い、河川敷沿いを、川で戯れる子供たちを眺めつつ。


 ただただぼんやりとこうして帰る時間が、中々どうして好きだった。


「転校してきて、早三か月か。随分とまあ、時の流れは早いもんだ」


 パックの野菜ジュースを握りつぶして、道沿いのクズ籠に放り込む。


 思い返すのはこの高校での部活の日々であり、そして前の学校での思い出。


「……どうにかして、今年のグランプリに出場したいもんだが」


 今回の町内大会においては、龍次たちは古巣である"シェイド"の曲を使ってお茶を濁した。


 だが、次はそうもいかない。

 なんせ同じ土俵に"シェイド"が居る。そんなところで、いかに自分が作曲したとはいえシェイドの曲を使うわけにはいかないのだ。


 オリジナル楽曲が、新しい歌詞が必要だ。


 それも、予選三回と準決勝、決勝を含めた五曲が。


「……どうしたもんかねえ」


 その気になれば、というよりも自宅に帰れば楽曲制作ソフトは揃っている。

 MIDIキーボードもDTMソフトもミキサーも、それなりのものをバイト代で賄った。


 だからイメージさえ固まれば曲作りの一つや二つは出来ると思うのだが、残念ながらその骨子が決まらなければ曲も物語も始まらない。


 どうしようかと、うろこ雲が夕日に翳る空を見上げて悩んでいた時だった。


 ポケットの中で振動するバイブ音に気が付いて、龍次はそっとスマートフォンを開く。


 指紋認証式の便利なツールに半ば感動しつつ、でもこれ冬は乾燥して指紋が変わるのか役立たずなんだよなあとも思いつつ、明るくなった液晶に目をやればそこに映っていた名前は"和泉沙奈"。


 古巣のボーカリストの名前だった。

 つい最近電話をしたばかりの相手から、またしても連絡とは何事だろうか。

 思案は数瞬、すぐにコールをつなげて耳に電話をあてがった。


「よ、どうした」

『っ、随分軽ぃなおい。一週間ぶりくれえだけど、そっちはどうなんだよ』

「どう、って」


 言われても。

 答えに窮した龍次。


 沙奈との電話は、彼女が言った通り一週間ぶりくらいだ。

 というのも、ちょうど町内バンドグランプリから一週間。あの時に報告を入れてから、特に何かが変わったわけでもない。


 相変わらず部室では法螺貝が吹き荒れているし、アコーディオンとシンバルもまた然りだ。

 正直なところ、町内バンドグランプリだったから良かったものの高校生バンドグランプリに出したら一次予選で落選する未来しか見えないのが現状だった。


『……てめ、分かってんだろーな。必ず決勝でオレたちと当たる。そう約束したから、てめーが抜けることを許したんだ。予選落ちでしたー、なんて言ってみろ、首切るぞ』

「おっそろしいこと言いやがるなお前。どうにか八月までには形にするさ。そうじゃなきゃ、絶対に間に合わねえ。……ただ、そもそも俺出場できるのか?」


 その問いは、龍次の本心からのものだった。

 電話口の沙奈は一瞬押し黙り、ゆっくりと口を開く。


『その報告に電話したんだ。……委員会に直接オレが打診したんだぞ。あのこええ爺相手に』

「おおう、それはそれは。なんかすまんかった」

『全くだぜ。どんだけ肝冷やしたと思ってやがる。……その結果、お前の出場には許可が出た』

「っ」


 ぴくりと龍次の眉が動いた。

 次いで、大きなため息が飛び出す。


「はあああああああ……! なんとか、なったか。さんきゅー。ぶっちゃけそれだけが懸念だったんだわ。いや、それだけじゃねえな。悩みのドッペルゲンガーなら毎日見てる」

『いや意味分かんねえけどよ。……ただ、龍次。一つだけ言っておくぜ』

「あん?」


 姿が見えなくても、あのちんまい元リーダーが人差し指をぴんと立てたのが分かった。

 伊達に半年間、死ぬ気で一緒にバンドをやっていたわけではない。あのころはあのころで物凄く楽しかったし、だからこそ今がある。

 そして、毎回沙奈の忠告は正しかった。


 だから今回もきっと。


『今回、てめーが出場してひでえ体たらくを見せたら。もう二度と、日本で音楽をやるチャンスはなくなると思えよ』

「……あー。俺そんなに恨まれるようなことした覚えないんだけどなー。やっぱりケツ持ちとはいえ大人気バンドのギターが辞めるのはまずかったかなー」

『……龍次』


 どこか、沙奈の声が泣きそうな雰囲気があったので龍次は黙る。


『なー龍次……オレは、いや、オレたちはみんな、』

「やーめーてー。そーゆーのよくない、やめよ。ね? 俺はお前らの仲間であれてうれしかったし、こうして沙奈が性懲りもなく俺に電話してくれるのも嬉しい。だから、それでいいんだっつーの。……他の連中も、元気か?」

『……ああ、元気で音楽楽しんでるよ。オレもな。だからまあ、そーな。てめーも頑張れ』

「おう、それで十分だ。ありがとな、沙奈」

『うるせぇ。んじゃあな』

「ああ、また」


 通話が終了しました。

 画面に刻まれた文字を確認して、龍次は大きくため息を吐いた。


 そして、河原に誰もいないことを確認してから、大きな声で叫ぶ。


「シリアスはキャラじゃないんですうううううううううううううううううううううううう!!」


 ですぅ、ですぅ、ですぅ、ですぅ……。


 反響する龍次の声が、尻つぼみに溶けて消えた。


 何れにせよ。


 沙奈の言う通りだとすれば、龍次に残されたチャンスはあと一回。

 気を引き締めるように、龍次は自転車に跨って。


「とりあえずあの馬鹿どもと曲を作るところからだな!!」


 気合一閃、ペダルをこぎ始めた。


 高校生バンドグランプリ予選まで、あと二か月。

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