第17話 エピローグ的なプロローグ
「音楽ってえのは、そうだな。俺に言わせりゃ"心そのもの"……みたいなものかも、しれねえな」
ぽろろん、とギターの弦をゆっくりかき鳴らしながら、龍次は遠い眼をしてそう言った。
ニヒルな笑みを浮かべて、組んだ足にギターを載せたその姿。コメントも合わせればまるで有名バンドマンがインタビューにでも答える時のような、斜に構えながらも熱意を湛えた風貌。
――ボエ~……ボエェエエエ……――
ナカノワックスの三番でナチュラルにキメた黒髪の一束を視界から払うように決めるサマは、言動と実績が伴っていればそれなりにカッコよくも見えたかもしれない。
「俺の指先が一本一本の弦を弾く度に聴こえてくるんだよ。ハートっていうのかな。今の気分やくだらない感情や無意味な雑念を打ち砕いて、心の底の律動と、衝動と同調するような心地のいい音色が……もっと響いてくれ、もっと歌わせてくれって」
――ボエエエエエ! ボエエエエエエエエエエ!!――
ギターの弦が震える、凛としたのびやかな音色に合わせて目を閉じて。
自分自身に陶酔した彼は、そっとギターのネックに手を乗せて、労わるようにそっと撫でつけたあと。誰もいない虚空に向けて笑いかけた。
「だから、歌わせてやるのさ。こうして――」
『ボエエエエエエエエエエエ!! ボエエエ!! ボエエエエ!! ボォエェェエエェエエ!!』
「――人がせっかく自分の世界に浸ってる時に限ってご機嫌に法螺貝吹きまくるのやめてくれませんかねえ!?」
龍次は勢いよく立ち上がって吼えた。
本人としては痛烈なツッコミをぶち込んだつもりだったが、楽しそうに法螺貝を吹いていた眼前の少女にとっては割と些細なことらしく。
ほう、と息を吐いて唇から法螺貝を離すと、龍次の方を見て微笑んだ。
「……いいセッションだった」
「欠片も合わせた覚えねえんだけど!?」
龍次は自慢のギターをぽろろんとつま弾いていただけだ。
間違ってもあの騒音公害亜種一級と音を混ぜていた覚えはない。
にもかかわらず、少女――まどかはとても満足そうだ。
「そんなことない。だから今がある」
「いや良いこと言ったつもりかもしれんけど今のと町内グランプリ何も関係ねえよ!?」
「……関係なら」
ある、と言おうとしてまどかの口の動きが止まった。
バァン、と勢いよく叩きつけられるような扉の音。
随分無駄に盛大に登場したのは、わがバンドの残り二名。
「あたしたちが居なきゃ始まらないわ!!」
「そのとおり!」
アコーディオンを引っ提げた我儘部長と、シンバル抱えた少女(?)。
キメポーズ宜しく背中合わせの二人を視なかったことにして、龍次はまどかを諭す。
「……いいか。セッションっつーのはお互いの音を合わせて楽しむことだ。即席であってもな。だからこう、好き勝手に音を勝ち合わせることじゃない。バレルロールするような音の奔流が交わることがセッションなんだ」
「バレルロールする音の奔流」
「いや伝われよそこは!!」
何故俺の比喩表現はこうも通じないのか。一人沈む龍次を後目に、無視された二人がやってきてがっしゃがっしゃと音を立てる。
「僕のは音を重ねてなんぼだからね! 分かるよ龍次の気持ちは!」
「分かってたらシンバルなんざ出てこないだろうが!」
「龍次もいい加減諦めて三味線にすればいいのに」
「この状況で俺まで別の楽器に変えたらいよいよ纏まらなくなるでしょうが!」
「……龍次も法螺貝、する?」
「ホラガピエンスは一人で十分だ!!」
シンバル・アコーディオン・法螺貝・法螺貝なんて悪夢にも等しい。
ひと昔前の自分だったら「ふざけてんのか」とブチ切れること請け合いだ。
というよりも。
「……一人で十分」
ふむ、とどこか納得したように頷くまどか。
「え、なに」
「ナチュラルにあんたが法螺貝認めてるからでしょ」
「しぃまったああああああああ!!」
「誘導とかされたわけでもないんだけどね。龍次も少しおっちょこちょいが出てきたかな」
「人を元からお茶目キャラみたいに言うのやめてくれる!?」
猛抗議宜しく長机を叩く龍次だが、もはやほほえましいものを見る目で見下ろされては何も言えない。
葉寅の言う通り誘導尋問でも何でもなかったにも関わらず、気づけば言質のような状態で
「音楽が出来ればもっと楽しいんだがな」
「してるじゃない! あたしのアコーディオンが火を噴くわ!」
「世紀末じゃねえか」
龍次のツッコミもむなしく、部屋の中心にまで歩いてきた優子は天高く指を突きつけて言う。
「さあみんな、大事なことを決めるわよ!」
まどか、葉寅も注目する中で彼女は飾られた表彰状を指さして。
「バンド名を決めよう!!」
優勝"さいきょうのばんど(仮)"
「つーわけでまあ、優勝しました」
今日の部活もつつがなく終了。
いつかよりもずっと音と音が触れ合った充足した時間であったことに満足しつつ、龍次は一人フェンスに寄りかかっていた。
眼下には、グラウンドの整備をする運動部の姿も見えている。
『なにがつーわけでだよ。てめー、そんなちっぽけな大会で一位取ったくらいでなんでそんな勝ち誇ってんだ』
「勝ち誇ってねえだろものっそい適当な報告だったろ!」
耳に当てたスマートフォンから聞こえてくるボイスは、信じられないほど口が悪い。度々言い返しつつ、何とかバンドをやれていることの報告をぽつぽつと。
と、向こう側から盛大なため息が聞こえてきた。
『うるせーよ、オレと関係ないとこで大会とか出やがってこのやろ。許さねーからな』
「なにが!?」
『なんでもだ! ……それで、今年の大会にエントリーはできんのかよ』
「まあ多分な」
がしゃん、とフェンスを背もたれにしてしゃがみこむ。
一個の大会をぎりぎりで突破したというのに、もう次のことを考えなければならない現状。楽しいのも事実だが、正直疲れだってある。
『多分ってなんだよ』
「いやほら、盆倉高校軽音部はともかく、"船河龍次"がエントリーできるかどうか怪しいところだろ」
『……ムリにでも通させる。安心しろ』
「シェイドの権力やべえな」
『そら天下のシェイドだしな。そのギターが別のバンドで突っ込んでくるなら、是が非でも相手させて貰うに決まってるじゃねーか』
「とは言っても影薄で有名な、いや無名なシェイドのシェイド(笑)だけどな!」
『……』
あっはっは、と高笑いしている龍次とは違い、電話の向こうの相手は無言だった。
一頻り龍次が渇いた笑いを終えたところで、相手は小さく言葉をこぼす。
『……なー、龍次』
「なんだよ。……止めたってやめねぇぞ」
なにを、とは言わない。
『いや、それはもう……オレも何も言わねー。けど、その。あーチクショウ、言いたくねーけど、さ』
「なんだよ」
『……もう二度とあんなことすんなよ。新しくできた仲間に、あんなことすんじゃねーぞ』
「……分かってる。ちょっと今回他の部活と揉めかけたことがあったけど、今回は穏便に収めた。安心しろ」
『ん。……それじゃ、またな。絶対こいよ……グランプリ』
「わぁってるよ。どうにかする」
『ん。期待してっから』
ぷつり、と通話が切れた。
画面を見れば、"通話が終了しました"という分かり切った文章と、それから相手の名前が記載されている。
和泉 沙奈
今も全国を沸かせる、全国トップの高校生ボーカリストの名前だった。
これからが龍次にとっての正念場だ。
ただ一人、だれもいない学校の屋上で、龍次は空を睨んで息を飛ばした。
誰かが駆け上ってくる足音が聞こえて、表情をいつものものに戻して立ち上がる。
さあ、今日からまたふざけて楽しい盆倉バンドの始まりだ。
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