第15話 new image


『次は、最強のバンド(仮)に登場していただきましょう!! let's party!!』


 静まり返ったホールは暗闇と熱気の中の静謐さに支配されて。


 観客たちは、次なるバンドの出番を今か今かと見守っていた。


 一つ前のチームによってごたついた場面はあれど、その混沌さは既に鳴りをひそめており。

 その代わりとばかりに、彼らの周囲にあるのは徹底した沈黙。


 理由として挙げられる幾つかは、むろん先ほどの騒動やマナーといった部分ではあるのだが。


 もっと、それよりもっと。大きなものが三つある。


 まず一つ目が、この"最強のバンド(仮)"と名乗る盆倉高校軽音部が今回のグランプリ演奏のトリを飾るということ。


 既に十一のチームが演奏を終えたのだ。

 その時点で大方の予想がつくと言っていい。

 あのバンドは良かった、このバンドが優勝するのではないか。そんな推測を立てるには十分すぎるタイミングだ。しかしてそれを決して観客が口にしないのは、ラストにこそ大きな渦が待ち構えていることを理解しているからだった。


 これがただエントリー順に並んだ結果だとしても、それでもトリには期待する価値がある。


 滑り込みの参加や、ぎりぎりになっての結成。


 何れにしても、ドラマチックな展開が背景にある可能性が一番高いのは何を隠そう最後の演奏。


 そんなドラマに憧れる、熱い魂を持った面々でなければ軽音などに入れ込むことはない。


 ただギターをじゃんじゃか弾くためだけにチームを組むような奴が、わざわざ大会に出る理由がないのだから。



 続いて二つ目が、事前に知らされている楽器構成だ。


 ボーカルがアコーディオンを引っ提げていること。

 シンバルという、ピンポイントでしか働かない楽器がメンバーに居ること。

 そしてそもそも読めない人間すら居た、法螺貝というイレギュラー。


 控えめに言って、そんな連中が集ってまともな演奏になるかどうかなど怪しいものだ。


 観客たちはそれを分かっているからこそ、逆に興味をそそられる。


 トリ、というのが大きく働いた。

 先ほどまで、幾つものバンドが前衛的な楽器を持ち出し、それを見事演奏してみせたのだ。


 だからこそ、このバンドに向けられる"謎の楽器"への期待値は非常に高いものがある。


 町内バンドグランプリ。

 小さな大会だからこそまかり通る、イロモノで興味を引き演奏で魅せるという手法。

 それを十全に活かした状態であると言えた。


 そして、三つめの理由。


 いくらなんでも、先ほどまでの二つの理由だけでここまで期待を引き、演奏前に渦巻く熱気を沈黙という形に押さえつけられるわけがない。


 どうしたって、「次の連中はどうなるんだろう」だとか、「これで酷かったら笑えるぜ」といった軽口を、一緒に見に来た友人らに囁いてしまう人間というのは居るものだ。


 それが重なり膨れ上がって、ざわめきというのは完成する。


 このような、熱膨張しきって破裂直前のたぎるような静かな昂りを構築することなど出来やしない。


 故に、その三つめの理由というのは、前者二つの理由を全てメリットに見せるための演出。


 絶対的な信頼、必ず何か素晴らしいものを見せてくれるという安心感。


 つまり。


 壇上でギターを握る男の存在。


 全日本ジュニアバンドグランプリを一年生ながらに勝ち抜いた、最高峰ともいえるバンド"シェイド"のギタリスト。船河龍次が居るからに違いない。


「……ふっ」


 気合を入れて一呼吸。


 暗闇の中、自分が独りで居られる時間はもう幾秒も存在しない。


 すぐに大量の光源がメンバーに向けて降り注ぐことだろう。そうなればそれは、音響が混ざり合い氾濫するショーが始まる合図。


 リズムを取るべく、葉寅の小声がカウントダウン。


 その数字が動き出したら。

 龍次が指の一つでも動かしたら。

 優子がブレスを入れたなら。

 まどかが口元に法螺貝を添えたら。


「123(ワントゥースリー)」


 その瞬間、"音楽"が始まる。



 響き渡るサウンドは間違いなく最高の入りを魅せた。


 かち合うようなギターとシンバルの重なり。

 寸分の狂いもなく入った、かき鳴らす龍次の前奏はソロ。


――見せ所だ。


 高速の指使いを見せつけるように、パフォーマンス宜しく舞台のぎりぎりに立って一瞬で観客の心を奪い去る。


 まさしく絶技。

 たかだか高校生に出来る次元を超えたその速く美しい旋律でまずこの曲そのものへの意識を客席に叩き込む。


 ホール、ということが幸いした。

 舞台を囲むように作られている段々の高さの客席は、龍次の演出を見せつけるには持ってこいだ。


 メロディを刻めるメンバーが心もとない現状、とにかく最初は龍次が中心に居座る必要があった。前奏の時点で、客席の不安感を拭い去る。


 すげえ奴らが来たのだと、そう思い知らせる。


 あまり表には出てこない龍次であったから、逆にその力を勢いよく発揮する必要があった。


――これで!


 弾くように最後のコードを刻んでピックを掲げるように腕を跳ね上げる。

 その瞬間、右から聞こえてくるのは通りの良い清らかではじけるような歌声。


「さぁ、始めよう!!」


 歌いだしは完璧だ。

 客席前方を見れば、既に勢いよくリズムに乗って腕を振る人々で溢れかえっている。

 座ってなんていられない。そうだろう、と龍次自身も刻むように腕を振りつつ、弾き語りよろしくアコーディオンの蛇腹を器用に動かしながら歌い続ける優子に軽く視線をやった。


 Aメロを流してBメロへ。

 この曲は"シェイド"が扱ったオリジナル楽曲だ。

 作曲は龍次自身が行ったもの。誰にも文句は言われない。


 吹き荒れるような音響の嵐に、そして新たな風が参戦する。


「……いく」


 その小声に反応出来るものなど、アンプと跳ね返る大音量の音楽に吹き飛ばされて誰も居ない。


 まどかの法螺貝が、盛大に吹き鳴らされる。


 優子の歌をかき消さないように、普段の呑気で無駄に大きな音とは一線を画した旋律。


 最初に龍次が聴いた時も驚いた。こんなことが可能なのかと。

 しかし、可能だからこそ現に彼女は楽しそうに、そして嬉しそうにその曲がりくねった彼女だけの楽器をひたすら奏でている。


 葉寅が、勢いよくシンバルを打ち鳴らした。


――サビだ。


 一層の声量をもって、優子が歌を響かせる。

 マイクにノイズが走らないように美しく計算された、そして精一杯をホールに充満させるようなその歌声。


 龍次はギターでリズムを刻み、バックの法螺貝と併せて強調させていく。


 優子の流れるような指捌きで放たれるメロディを汚さず、逆に利用して拡散させるような演出。


 わっ、と観客から歓声が上がった。

 サビの歌い切りが完璧だったことに心の中でガッツポーズをしながら、龍次は表情を引きしめる。


 ここだ。


 この曲、シェイドの"new image"は実は未完成の曲だ。それはそうだ、法螺貝やシンバルを使った楽譜なんか書いていないのだから。しかし、それでも。この間奏からサビにつないで終わらせる二分半の演奏は可能にした。


 そう、他のバンドに比べてパフォーマンス時間が短いのである。

 故にサビから間奏、そしてラスサビの流れで全力を尽くす必要があった。


 中だるみが無いのは長所だが、そもそもの時間が短ければ技量の面ではマイナスを受ける。


 なら、それを払拭するレベルの実力を、見せつけてやろうじゃないか。


 間奏は、龍次の独壇場だ。


 勢いよく前へ出て、一気に優子から観客の目を奪う。


 搔き乱すような旋律を引っ提げて、龍次は"股の間にネックを通した"。


 ポール・スタンレーの得意技、ネック足クロス。


 KISSの演奏を見て、一瞬で真似してやろうと心に決めた中学生の時期。

 それからずっと練習していた、左足でネックをまたぐパフォーマンス技だ。


 左手を一瞬手放し、それを跨いだ後でつかむ。観客に笑いかけながら、ノールックでコードを刻んでいく。


 歓声が一段と大きくなった。


 こんな演出、龍次は殆どすることはない。

 だが今回に限っては客の視線の中心を優子と龍次で奪い合う必要があった。


 龍次のソロ間奏が終わり、最後に弾くような大きな音を出して〆る。


 同時に、今度は歌いだしから力を振り絞るような優子の声量が会場を支配した。


 その一瞬で龍次は足を戻し、優子のバックアップに切り替える。

 熱気は最大、エンドまでは最速。


 最後の力を振り絞るような、最高の声量で優子は最後の一句を勢いよく歌いきる。


「それが私たちのイマジネーション!!」


 葉寅のシンバルが遠慮なしに放たれた。





 爆発したような観客の歓声を背に、龍次たちの演奏は幕を閉じた。 

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