第14話 演奏開始
『次は 最強のバンド(仮)』
スクリーンに表示されたバンド名が自分たちの背負っているものだと気づくまでに若干のタイムラグを有するも、龍次は気を引き締めて……というよりは重くなった気力を引き上げるような感覚で腰を上げた。
一個前のバンドが終わった後の準備やらなにやらで暗くなったホール。
そこに、自分たちの機材を放り込んでいく……のだが。
当方、驚くほど持っている楽器が少ないのでとてもあっさりしたものだった。
「……行くか」
ため息のような呟き一つ。
プログラム一個手前のバンドが色々とやらかしてくれたせいもあって、そしてこのグランプリがどうにも"まともじゃない"ことを薄々感じ始めていて、いくら龍次といえど気が滅入るというものだ。
ホール横の控室に通された四人。
持ち込む楽器などなどの最後の打ち合わせを軽くスタッフと済ませて、舞台に出る準備が万全に整ったを見ると、龍次は改めて額に手を当てた。
「……なあ、優子」
「なによ」
遠い眼をして高い天井を眺める彼を、優子は横目で眺める。
彼女は今回、アコーディオンを引っ提げながらボーカルを兼任するという、中々前例の少ないことに挑戦しようとしていた。それもあって、少しピリついている。アコーディオン下ろせとは、もう事ここに到っては言えない話だ。
「……前のバンド、そろばん弾いてたな」
「まあ、そうね」
「その手前、塩ビパイプ吹いてたな」
「そこのグループはバケツドラムとか家庭用品統一パだったじゃない」
「家庭用品統一パ」
「一貫性があるのはいいことね。音楽性の違いで解散することはあまりなさそうだし」
「や、楽器に統一感があったところで曲調の好みが違えばふつうに解散するとは思うが……一貫性ねえ……」
「なによそんな悩んだような声出しちゃって」
「なんというか」
鼻の先を掻く。
今回の盆倉町バンドグランプリ。
というよりも、発端から考えれば盆倉の町にやってきてからか。
龍次の知らない、考えもしなかった楽器ばかりがこの場所には溢れていた。
バケツをドラムにする辺りは、現代アートの流れとしてあることは分かっている。
しかし法螺貝だのソロバンだの、常軌を逸したアイテムばかりがごろごろ転がっているのが現状だ。
確かに"音"は鳴るだろう。だがそれを果たして奏でると言っていいのかどうかは怪しい。
けれど。
けれどそれでも、隣でのほほんとしているまどかを初めとして。
そろばんの彼は事情が違ったようだが、それぞれよく分からない楽器を持ってくるアーティストの殆どがとても、龍次がギターを弾いている時と同じように楽しそうだった。
「ギターが居て、ベースが居て、キーボードが居てドラムが居る。それは確かに完成された構図だったんだろうけど、完成形の一つでしかないのかもなあと思ったり。いやもうこれは思考が浸蝕されてしまっている可能性もあるんだが」
「むしろ凝り固まった思想がほぐれたと思いなさい。テレビで言ってたわ。あたりまえを疑えって」
「……それをテレビに言われて真に受けてることの矛盾はどうしようもねえなお前」
おどけたように肩を竦めて、龍次は優子に笑いかけた。
実際。
何が正しくて何が正しくない、なんて言ってたらそもそもアーティストになんざなれていないだろう。単純に奏者が自らを表現するために、都合がいい楽器がギターやベースであっただけで。別に軽音楽の世界でどの楽器を使えというルールがあるわけじゃない。
周囲からどんな目で見られようと、自我を通せる実力と創造性さえあればねじ伏せられる。
あたりまえと言えばあたりまえで、それでいて気づこうともしなかったこと。
「……まあ、だからと言って俺がギターを辞めたりするわけはねえんだが」
「三味線にしなさいよ」
「どっかの兄弟はかっけえけどあれは俺の目指すもんじゃねえから。ギターで最高のバンドを作るんだよ。最高の曲を紡ぐんだよ。それだけは不変事項だ」
「ならさ、龍次」
と。
もう、舞台に向かわなければならない、そんなタイミングで呼び止められる。
振り返れば、優子の隣に顔を出した二人。
まどかと、葉寅。
思い思いに、一番好きだと言っていた楽器を握って。
「龍次がギターであればいいってことだよね」
「あ、ああ。そう言った」
「……龍次。がんばる」
「そう、だな!」
言わんとせんことは、すぐに分かった。
葉寅も、まどかも、そして無言で腕を組んで笑みを湛えた優子も。
それぞれが抱えている思いは一緒。
何より、ここで演奏に失敗すれば――失敗しなくとも、優勝出来なければこの軽音部は無くなるのだから。
失いたくない、解散したくない。
そう思って、今彼女らからその言葉が出てくるのだとすれば、答えは一つ。
龍次がギターなら、他はなんでもいいのでしょう。
それなら、ずっとこれから先も。
龍次は息を吐いた。肺から絞り出すようにゆっくりと、そして深く大きく。
他のバンドがかましたエキセントリックな楽曲に色々と思考を奪われてしまいはした。
けれど、冷静になってみればそんなことを気にする必要なんてない。
優勝出来なければ意味の無い戦いで、他の誰かの演奏が良かったり、奇天烈だったりしたからと言って何だと言うのだろう。
全力を尽くして、優勝の盾を持ち帰ること。
ただそれだけに集中するべきだ。
「……うっし」
パン、と己の頬を両手で挟んで、龍次は軽く気合を入れた。
そろばんが何だと言うのか。うちの法螺貝の方がインパクトは上だ。
バケツドラムが何だと言うのか。シンバルの一撃の方が威力は上だ。
塩ビパイプが何だと言うのか。こちとらアコーディオン弾きながら歌唱するんだ。
そして。
ふつうのギター握ってる、この会場に居る全員。
俺はことこれに関しちゃ全国高校ナンバーワンだぞ。
自らに言い聞かせるように、呼吸を整えて前を見れば。
当たり前のように、三人は居る。
「おい部長。なんか言うことねえのかよ」
「……あー、まあ。そうね。こういうのはあたしの言うことか。龍次だとばかり」
「や、なんでだよ」
「仕切るの得意そうじゃん」
「部長がそれ言うの!?」
おっけーおっけー任せなさい。
手をひらひらと振りながら、龍次、葉寅、まどかの三角形の真ん中に立つと。
開口一番、優子は言った。
「負ければ廃部よ」
「っ」
まどかが、息を呑んだのが聞こえる。
普段ならここで龍次辺りが「なんでそういうことから言っちゃう!?」みたいなツッコミを入れていくのだが、横目でまどかが彼を窺えば神妙に優子を眺めるばかり。
「……今日、ここに集ったバンド数は12。その中で頂点取れって、そう言われてるわけ」
「12かー。結構多いネ」
「そう?」
「へ?」
まどかの若干暗い空気を察してか、おちゃらけたように口を開いた葉寅に、優子は挑むような笑みで答える。
12チーム。
その中で、一番を取らなきゃいけない。
確かにそう考えたら、不安になることも頷ける。
なんせ、町内だ。高校生だけがやっているわけじゃない。
最初の方の組など、隣で見ていた龍次がぽつりと「上手いな」と呟いたことも覚えている。
あの龍次が褒めるのだ。葉寅自身も凄い演奏だとは思ったが、彼の言葉はそれなり以上に重い。
だから正直不安は募った。
けれど、それを優子は笑い飛ばす。
「ねえ龍次」
「あん?」
「全国ジュニアバンドグランプリ。エントリー数幾つだった?」
「さあ。はっきり覚えてないけど……」
虚空を見上げて思い出すようにすること数舜。
龍次は、こともなげにその数字を言い放つ。
「十二万くらいだった気がするな」
「十二万!?」
「驚くほどのもんかよ。全国の高校生がエントリーできるんだ。そのくらいにもならあ」
「いや、でも、それ」
「……人、いっぱい」
改めて、目の前の男がその人数の中から優勝を勝ち取ったのだという現実味と。
まどかはその数字そのものに、きょとんとして目を瞬かせている。
そんな様子を見ながら、優子は。
「ね、たった一万分の一よ。今回の規模」
「たったって、優子」
「だってこいつ、今年のジュニアバンドグランプリで優勝する気なんでしょ?」
「へ?」
文字通り、きょとんと。
そういわれてみれば、龍次はそんなようなことを言っていた。
そのために転校してきたとも。
以前の仲間たちと離別して、単身で。
……冷静に考えてみると、この男は想像以上に凄いのかもしれない。
「なんだから、本当なら遊びくらいの気持ちでやらなきゃなんないのを、面白くないから負けたら廃部みたいにしてる。……そう考えたら、気が楽じゃない?」
「優子お前さも自分の過失を頭脳プレイみてえに言うのやめろや」
「いーじゃん別にー」
唇を尖らせて、龍次のツッコミを躱しながら。
「そんなわけで」
優子は、拳に力を入れて突き上げ吼える。
「優勝してあたりまえよ!! あんたら、気合入れていくわよ!!」
応、と即答したのは龍次だった。
当然だとばかりに、この男はもう場数が違う。
まどかも、龍次に続くように、彼の背中に飛び乗って拳を突き上げた。
彼女は彼女で、龍次がやれると言えばやれると思えるのだろう。
そして、葉寅も。
「よし、頑張ろう。似合わないもんね、負けて落ち込むとか」
「まあ、こんなふざけた構成な以上は"強くねえとだせえ"」
龍次が頷く。
それに答えて、優子は堂々舞台に進んでいった。
「さあ、始めようじゃない!」
ギター、アコーディオン、シンバル、法螺貝。
どうしてそうなったのか分からない面々の、最初の闘いが始まる。
演奏、開始。
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