第13話 町内バンドグランプリ……?

 町内バンドグランプリ当日。


 龍次たち盆倉高校軽音部の面々は、大会が開かれるという公民館を訪れていた。


「思ってたよりちゃんとした場所でやるんだな、これ」


 ギターケースを引っ掛けてやってきて、仰ぐのは煉瓦作りの赤茶けた館。


 入口の鉄門は学校にあるようなスライド式で、高さとしてはまどかの身長くらいか。

 それも既に開かれており、隅っこには立てかけられた白い看板。


『盆倉町バンドグランプリ』


 の文字。


 龍次は思わず喉を鳴らした。


「今日ここで優勝できれば、廃部の危機は免れるってわけだ」


「そういうことね。気合入れていきましょ」


 ギターと、シンバルと、アコーディオンと、そして法螺貝。


 半ば以上心配しかないパーティというかバンド構成であるが、ここまで来てしまったのだから仕方がない。


 何せ、この大会で優勝出来なければ廃部なのだ。

 そうなればあの部室では、もう馬鹿なことをひたすら続けるなど出来ようもない。


 葉寅、優子、まどか。三者三様にあの居場所に対して思い入れがあり、そして龍次もまた部室を捨ててまた別の場所で活動を、などとは考えていない。


 故に、やることは一つ。


「……うっし」


 両手を突き合わせ、前へと進む。


「行きますか!!」


 気合一閃。龍次たちは、会場へと足を踏み込んだ。

























 のが、数時間前の話。


 町内バンドグランプリの会場はそこまで広くはない円形のホールだった。

 客席は1階分で、だいたい収容人数は百五十人ほど。

 手前側には関係者……つまりは出番を待ったり演奏を終わらせたバンドが待機する席も用意されており、龍次たちも漏れなく四人仲良く席に座っていた。


 響き渡る、スピーカーで拡散される爆音は耳の感覚を麻痺させるほどに胸に心地よく、オレンジ色の灯りが灯る薄暗いホールは終始盛り上がっている。


 流される曲に合わせて腕を振り、行儀も遠慮もなく騒ぎ立てる一般客。

 しかしそれは間違った行為ではなく、軽音部に属する者ならば誰もが受けることを許される反響のシャワーだ。


 ノリにノッた客たちに合わせて、舞台上の奏者たちもぐんぐん熱を挙げていく。


 一体感すら伝わってくる客とバンドの感情に挟まれて、関係者席の龍次はしかし頭を抱えていた。


「ヒュー!! いいわねいいわね!! ノッてるじゃないあいつら!!」

「優子、知らない人をそういう風に言うものじゃないよ。でも、楽しいね!」

「……ん!」


 龍次の隣に並んだ少女三人は、目を輝かせて出演者たちを応援していた。

 関係者とはいえ、彼女らの振る舞いこそが観客としてあるべき姿。


 間違っているのは龍次なのだが、彼には彼で勿論言い分がある。


「……なあ、おい」


 掻き乱されるような騒音は、客と奏者に挟まれたからこその不協和音が故。

 楽曲に酔うことが出来ていない以上、背後からの音を乱すような声援も否応なく耳に飛び込んでくる。


 混沌の中やけにげっそりとした龍次が吐いた言葉は、運よく隣の少女に拾われた。


「ん、なによ一人だけしゃがんじゃって。聴き入ってる人の真似?」


「せめて聴き入ってるの? って聞けよ! なんでこんなとこで誰にも見られねえ物真似披露せにゃならねえんだ!」


「いやなんかあたしたちに"俺はお前らとは違うんだぜ"アピールでもしてんのかと」


「俺のイメージどうなってんの!?」


「気取ったにわか?」


「お前にだけは言われたくねえなその台詞!?」


 すー、はー、と深呼吸。


 がなりたてるような氾濫する音を左右に、龍次は優子を見て。


「じゃなくてだ。それよかもっと重要かつおかしなところがありますねここは!」


「おかしなところ……?」


 若干の困惑を孕みつつも、彼女は周囲を見渡した。

 どこもかしこも、音に乱され乱れ踊る人々のみ。

 ここがバンドの奏でる音が主役のサーカスである以上、ひどく当たり前の状況。


 優子は首を傾げ、龍次を見据えて問いかけた。


「……え、どこが?」


「オーライオーライ。疑問符が雁首揃えて円卓囲んでるのはよーく分かった」


「あたしはちっともあんたの言ってることが分からないんだけど」


「そーだろうな! なんたってこのグランプリに何の疑問も持ってないんだからな!」


 思わず、と言った風の龍次のツッコミは響くまでもなく楽曲の波にさらわれて消えた。


 しかし大きく開いた腕は健在。指で示すは舞台の上と、そして舞台左上に設置された液晶映像。


「だから何よ」


「はいバンド構成を見てみよう!!」


 壇上には五人。

 

 メインとなって中心で歌うボーカル。


 舞台右手で外れるんじゃないかというほど首を振りながらかき鳴らすチェロ。


 後方で狂ったように打ち込まれる木琴。


 左手で汽笛のように鳴り響くソプラノリコーダー。


 全力で五本の指を駆使して奏でられるそろばん。


「お か し い だ ろ」


「音楽とは、表現よ」


「俺はバンドをやりに来てるんだ!!」


 現在上演中のバンド名「バス打ちコンドル」とやらの名前が表記されたその液晶には、それぞれの楽器がわざわざ表記されている。


 なにもバス関係ない。コンドル要素どこ。


「誰も疑問に思わないのかよ!!」


 龍次の心からの叫びはしかし、誰もが気にも止めないようで見向きもされない。


「やっぱりあんたがおかしいのよ」


「なわけあるか!! 全日本ジュニアバンドグランプリに出場した連中は軒並み俺の知ってる"バンド音楽"だった! この盆倉町がおかしいよなどう考えたって!!」


「そういう凝り固まった頭が、老いて邪魔者になる人間の理想形よね」


「前衛的なら何でも許されると思うなよ!?」


「許す許されるじゃない。あたしたちは、抗うために音楽で叫ぶのよ!」


「なんでそういう精神だけはロックなんですかねあんたらァ!!」


 龍次が吼えると同時。


 ワッ、と歓声が上がった。

 

 どうかしたのかと彼が舞台を見れば、ちょうど演奏を終えた"バス打ちコンドル"が各々余韻に浸るようにして楽器を弾き終えた体勢で留まっている。


 曲と評していいのかも分からない音の烈風が止んで明るくなったホールでは、拍手喝采。釈然という言葉がどこかへ消え失せた龍次は目が点。


「あれが……いいのか……?」


「ふっ。もはや何も分からぬか愚か者め」


「いやなんでそんな強者の笑みなんだよ。絶対おかしいだろ」


「強者じゃないの。あたしは弱者。でも、だからこそ抗うのよ、ルールという敵にね!」


「やっぱりルール上おかしいことは分かってんじゃねえか!!」


「そ、そんなことないわ。ええ、もちろん。抗うんだから」


「……ちょっと待て。さっきからいちいち抗うだのなんだの言ってるが、最近なにしてた?」


「鬼と戦うアニメ見てるわ」


「モロ影響されてんじゃねえか!!」


 いつもの調子の優子に振り回されて呼吸を乱した龍次は、一息ついて、というよりは言いたいことをひとまず飲み込んで目線を舞台に向けた。


 そこでは、先ほどまで演奏に夢中だった"バス打ちコンドル"とやらにインタビューがされている真っ最中であった。


『はい、お見事な演奏でした! "バス打ちコンドル"の皆さまでしたー! リーダーの三星さん』


『ありがとうございます。我々の全力を魅せることが出来たと自負しております』


『そうですか! ボーカルとして、メンバーに思うところはありますか?』


『もう、感謝があるのみです。みんな、この大会に出たいと言った俺の我儘に付き合ってくれて……』


『なるほど、それではみなさんは学校の部活の仲間というわけではないと』


『ええ、オーケストラ部の由井に、梶田。吹奏楽部の吉見と、数学部の勅使河原。みんな本当に良い奴なんです』


『特異なバンド編成ですものね』


『僕ってば友達が少ないものですから、頼める相手もいなくて。頼みの綱の勅使河原が楽器に触ったことがないと言った時には絶望すら覚えましたよ』


『なるほど……それで、その、楽器? を?』


『ええ、無理だと尻込みする彼に、僕は言ってやりました。いつも触っているじゃないか、最高の楽器に! と!』


『……そろばん?』


『そうです。音を奏でられれば楽器。そうでしょう? 勅使河原も何かに目覚めたように目を輝かせて頷いてくれて』


『ほんとかよ』


『お陰で素晴らしい演奏が出来ました! みんな、ありがとう!』


『勅使河原くん、「やっぱり楽器じゃないよねこれ、ははっ」とか死んだ目で俯いてるけど。ねえ』


『そんなことありませんよ。……おい勅使河原!! そうだろう!?』


『恫喝じゃねえか!!』


『や、まさかまさか。きっとそろばんの魅力に目覚めてくれると』


『一番の魅力は計算早いことであってそれ以上でもそれ以下でもないんだけど』


『楽器が一番、二番は靴、所詮計算なんて二の次ですよ』


『クトゥ!?』


『ほら足の裏につけてすいーっと。あ、勅使河原今度それで学校こいよ!』


『だからイジメじゃねえか!!』


『そんなわけないですって! 楽器としての良さ! それを僕は全国に――』


『なんで自分でやらなかったんですかねえ……』


『え、や、華のボーカルがそんなもん持ってたら見た目悪いじゃないですか』


『とんでもねえやりたい放題だなお前!?』


『さっきからなんなんですかあんた! 初対面の人にため口で!』


『勅使河原くんがそろばん照明に透かして達観したように微笑んでるじゃん! 可哀想だろ!!』


『なんだとこのやろう!』




 果ては言い争いが始まり、慌てたように劇団員のようなチョッキを着た人が数人止めに入っていた。



 龍次は、この光景からハイライトの消えた目で左上へと視線を移す。


『次は 最強のバンド(仮)』


 液晶に表示された絶望の一文。



「……これのあとに、やるのか」


 こぼれた言葉は、今度は消えず響いていた。

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